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07.ラスボスとなる少年

 “カイルハルト・ディレイ・トルメニア”


 昼間広場で見掛けた、奴隷として競りにかけられていた少年の名前を思い出したラクジットは、宿へ戻り夕食を食べ終わり早々とベッドで横になった。

 両腕で枕を抱えて悶々と、前世の記憶を思い出して頭の中で時系列に整理していく。



 奴隷の少年カイルハルトは、【恋と駆け引きの方程式~魔術師女子高生~1】に出てくる重要なキャラである。


 攻略対象キャラではない彼が重要な役割だというのは、カイルハルトがゲームのメインヒーローであるレオンハルト皇太子ルート、無印ルート、逆ハーレムルートにおけるラスボスになるだからだ。


 名前に“トルメニア”と入っていることからして、カイルハルトはトルメニア帝国の皇族、それもゲームの舞台となるトルメニア帝国皇太子レオンハルトの兄。

 正確には、カイルハルトは正妃から生まれた第一皇子で、レオンハルトは側妃から生まれた第二皇子である。


 二人は同い歳で、顔立ちは母親違いのためあまり似ていないのもあるが、自信満々俺様といった性格が全面に出ているレオンハルトに比べ、カイルハルトは感情を表に出さず冷たい印象を与える容姿をしていた。

 一ヶ月早く生まれたカイルハルトが第一皇子となり、それをこころよく思わないレオンハルトの母である側妃は実家の力を使い、幾度となく正妃とカイルハルトを亡き者にしようと画策していた。


 今考えれば前世のラクジットが画面越しで見たのは、側妃の放った暗殺者に追われたカイルハルトが皇后宮の奥の森の中まで逃げていた場面だったのだ。


 ゲームのラストバトル前に彼の口から語られた話では、幼い頃に側妃の送り込んだ刺客に母を殺害され自身も命の危機に襲われ逃げている途中、奴隷商人に捕まり奴隷の身分まで堕とされた。

 奴隷商人に連れられてエディオン国へ流れたカイルハルトは、母を暗殺して皇帝の正妃の座を得た側妃と、ぬるま湯に浸って我が儘な皇太子として生きているレオンハルトに復讐することを糧に、死と隣り合わせの過酷な日々を生きてきたという。

 カイルハルトの回想シーンで、エディオン国のミンシアへ送られた彼は裏社会のドンに買われ犯されかけるといった場面があった。

 裏社会のドンは小肥りの脂でギラギラした爺として描かれていた。

 そんな変態爺に襲われるなんて、いくら悪役とはいえ可哀想だ。


 復讐の思いからか生来の才能か、武と魔法に長けたカイルハルトはとても強く、長期戦を強いられたと記憶している。


 ラスボス戦後のレオンハルトルートのハッピーエンドは、ラスボスのカイルハルトを倒した後に彼がリーダーとなって起こした内乱を終息させ、目出度くヒロインはレオンハルトと結婚して皇太子妃となる。

 無印エンドではヒロインはラスボス戦後に元の世界へ戻り、逆ハーレムエンドではカイルハルトを倒して帝国に平和をもたらした後、ヒロインの功績を皇帝に認められて学園卒業後に宮廷魔術師としてこの世界での身分を得る。「私、この世界で頑張って生きる」という独白で終わっていた。


 前世では心をときめかせていたハッピーエンド。しかし、今のラクジットからしたらヒロイン、ヒーローだけはハッピーで終わる、二人と周囲の者達しか幸せになれない酷い結末だと思う。



「カイルハルトは全く救われないじゃない」


 帝位継承権の陰謀に巻き込まれ暗殺されかけた上に、奴隷に堕とされて地を這いずるような生活を送らされた挙げ句、反乱を起こした反逆者として処分される運命だなんてあんまりじゃないか。


 我が儘俺様甘ったれ皇子レオンハルトより、苦労して反乱軍のリーダーまで上り詰めたカイルハルトの方が民を重んじる皇帝に成れるのではないか。というかヒロインにもっと頑張って欲しい。


 全てのルートでカイルハルトはヒロインに倒されて終わるのではなく、何故、国外脱出させるとか救いの道を残さないのかとか、反乱を起こす前にカイルハルトに出会うルートもあるのに彼を止めればいいのに。

 思い出せばゲームをやっている間も、色々疑問に思った気もする。

 実際問題として、カイルハルトを生かしていたら彼の強大な魔力とカリスマに魅せられた者達によって、レオンハルトよりも皇帝に相応しいという者が出て来るだろうから無理なのだろう。



 檻に収容されていても、生を諦めないという強い光を宿す綺麗なアイスブルーの瞳が、ラクジットの脳裏に甦る。


(このままではカイルハルトが酷い目に遭う。助けなきゃ)


 音をたてないよう、慎重にラクジットはベッドから上半身を起こした。

 ラスボスであろうと反逆者であろうと、今の彼はラクジットと変わらない年頃の子ども。

 あれだけ綺麗な男の子なら、何を目的とした奴隷として買われるのかなど深く考えなくても分かる。


 この感情は、同情でも正義感からではない。

 ただ、カイルハルトの存在を、彼を待ち受けるだろう未来を知っているラクジットが耐えられないだけ。



「ごめん、行ってくるね」


 隣のベッドで眠るメリッサに強制睡眠魔法をかけて、寝巻きの上に上着を羽織ったラクジットは慎重にドアを開け、灯りが落とされた暗い廊下へ出た。




(よし、いない!)


 周囲の様子を伺いながら忍び足で歩みを進め、角を曲がれば階段へ続く廊下へ出るところまで歩く。


「……何処へ行くつもりですか?」


 突然、背後から低い声が聞こえ、ラクジットは盛大に体をびくつかせた。



「ひっ」と、上げそうになった悲鳴は何とか喉の奥へと押し込める。

 声をかけた人物が誰かなど、振り返らなくても分かるし怖くて振り返れない。

 抑揚を消した平坦な声色の時は、彼が静かに怒っている時なのだから。


「ヴ、ヴァル」


 無言の圧略に負けて恐る恐る振り返れば、やはり背後に居たのは壁に背をもたれ掛けて腕組みをして立っている黒い服に身を包んだヴァルンレッドだった。


「奴隷の少年を助けに行くつもりですか?」


 ラクジットが部屋を抜け出すとあらかじめ予想していたのだろう、無表情のままヴァルンレッドは問う。


「奴隷達の収容場所も、奴隷商の屋敷も分かっていないのに? こんな夜更けに外へ出たら、ラクジット様が誘拐されるだけですよ」


 ヴァルンレッドの薄い唇を吊り上がり、作ったと分かる嘲笑を浮かべる。


「それに、あの少年は直ぐ買い手がついたようでしたから、今頃は変態爺の餌食になっているでしょうね」


 何時もは優しい濃紺の瞳が、今は冷たく射るような視線となってラクジットを見下ろす。


「そんなっ……それでも、助けてあげたいの」


 たとえカイルハルトの貞操を守れなくても、全く救いの無い彼の未来を少しでも光が見出だせるものにしてあげたい。

 救いの無い未来はラクジットも一緒だから、見捨てることは出来ない。


 涙を瞳いっぱいに溜めてヴァルンレッドを見上げれば、彼はフッと笑ってから視線を逸らした。


「はぁ、仕方がないな」


 諦めたような愉しんでいるような、複雑な笑みを浮かべてヴァルンレッドはもたれ掛かっていた壁から背を離した。


「駄目だと止めたら、私の可愛い姫は自力で何とかしようとして、無茶をしでかすでしょうね。仕方がありません。貴女の望みを叶えましょう」


 不本意だ、とばかりに溜め息を吐いてから、ヴァルンレッドは身を屈めてラクジットと目線を合わせる。


「私が戻るまで、部屋から出てはいけませんよ」

「うんっ」


 ありがとうの想いを込めて、ラクジットはヴァルンレッドの腰に抱き付き顔を擦り寄せた。




 ***




 懐中時計の微かな秒針が響く静かな部屋で、ラクジットはソファーで膝を抱えて座っていた。


 時刻は既に深夜。

 ヴァルンレッドが宿屋を出てから、早くも二時間は経過していた。

 黒騎士ヴァルンレッドが危機に陥るとは思えないが、カイルハルトが貞操を奪われて悲惨なことになってはいないだろうか、と不安になる。


 襲いくる眠気に負けそうになりながら、ラクジットはヴァルンレッドが連れて来たカイルハルトにどんな言葉をかければいいのか何度も脳内でシミュレーションを繰り返していた。




 カチャリッ


 ドアノブを手で押す音が聞こえて、ラクジットはソファーから勢い良く飛び降りた。


「ただ今戻りました」


 疲弊した様子も無く戻ってきたヴァルンレッドが肩に担いでいたのは、ぐったりと意識を失っている色白の少年だった。

 彼の羽織るガウンに似た簡素な服は乱れてはいたが、目立った傷と汚れは無さそうだ。


「少々汚れてしまったため彼を清拭したいのですが、メリッサは眠っていますか?」

「強制睡眠魔法をかけちゃったから朝まで起きないと思う」


 ぐっすりと眠るメリッサは、これだけラクジットが騒いでいても起きることはないだろう。


「あっ、でも、お風呂は沸かしてあるよ」

「おや、準備が良いですね」



 ソファーまで大股で歩いて、ヴァルンレッドは肩に担いでいたカイルハルトを下ろす。


「だって、その、何があるか分からないから……」


 横を向いてモゴモゴ言い、頬を赤く染めたラクジットの言いたいことが分かったヴァルンレッドは、プッと吹き出した。


「ラクジット様ご安心ください。彼は貞操を自力で守っていましたよ。汚れているのは全て返り血です」


 チラッと見たカイルハルトの肌には、返り血だという血液以外の気持ち悪い液体とか鬱血した痕とか見当たらず、ラクジットは胸を撫で下ろす。


「本当だ。何もされてなくて良かった」


 傷付いた彼への慰めの言葉を考えていたラクジットは、安堵のあまり全身の力が抜けていくの感じてソファーの背凭れを掴んだ。

カイルハルト救出劇は次話。他視点となります。

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