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06.想定外の邂逅

 町の大通りを中心部まで進んだ馬車は、数ある建物の中で一際目を惹く煉瓦造りの大きな宿屋の前で停車した。


「お待たせしました」


 外見から高級だと分かる宿屋に隣接した立派な馬屋へ馬車を預けたヴァルンレッドは、先に馬車から下りていたラクジットの手からさりげなく旅行鞄を受け取る。


「今夜は此処に泊まります」

「分かりました」


 さも当然のようにメリッサは頷き、ヴァルンレッドから書類を受け取った。


「え? 此処?」


 前世は庶民だったせいか、前世でいうハイクラスホテルに宿泊するのは躊躇する。

 こんなに立派な宿屋で、馬車まで置かせてもらうとなるとかなり宿泊費がかかるのではないか。


 黒騎士の給料はどれだけ貰っていて、ヴァルンレッドの貯金はどれだけあるのかは知らないが、躊躇無くラクジット用の高い買い物をするし高級宿屋に泊まるし、贅沢をしても大丈夫かと心配になる。

 宿泊手続きをメリッサがしている間、ロビーのソファーに座って待つラクジットへのウエルカムドリンクとしてシナモンが入ったミルクティーを用意されていた。


「もっと庶民的な宿でいい」と申し出たのだが、二人同時に「駄目です」と言われ却下された。

 安宿だと警備と衛生面が悪く、危険なのだとメリッサに言われてしまえば引き下がるしかない。とはいえ、逃亡生活なのに、待遇が良くてもいいのか。



「ねえヴァル、危ない町なのに馬車を預けてもいいの?」


 ふと浮かんだ不安を遠回しに聞いてみれば、ヴァルンレッドは不敵な笑みを返す。


「ご安心を。あの馬を排除できる者はそうそういませんよ。かなりの手練れの者で無ければ喰われますから」

「えっ」


 荒野で襲って来た怪鳥をバリバリ食べた後、口元を真っ赤に染めて上機嫌で走る馬型魔獣の姿を思い出して、ラクジットはひいっと体を震わせた。




 馬車の旅を始めてから幌付きトレーラーで寝ていたせいか、数日振りのホカホカお風呂とふかふかベッドが気持ち良くて、ラクジットはベッドに入ると直ぐに眠ってしまった。


 翌日、メリッサに手伝ってもらい身支度を整え朝食を済ませたラクジットは、食料等旅に必要な物資を買い揃えるために宿屋を出た。



 旅装束から軽装に着替えたヴァルンレッドとメリッサに挟まれ、店頭に並ぶ品物を見ていたラクジットは体に絡み付くような視線に気が付き、首を動かして周囲を見渡す。


(何だろう? 誰かにじろじろ見られている気がする)


 誰に見られているかは分からないが、建物の影や広場の街路樹の影、向かいの店先から此方の様子を窺う視線を感じた。


 道行く若い女性達がヴァルンレッドへ熱い視線を送っているのかと思ったが、どうもこの視線は違う。

 建物の壁に寄り掛かる頬に傷跡があり、いかにも裏の仕事をしていますといった男と目が合った。

 固まるラクジットに向かって男は厭らしく笑った。笑う男が気持ち悪くて、ラクジットの全身に鳥肌が立つ。

 次の瞬間、一気に顔色を青くした男は逃げるように走り去っていった。


「ラクジット様」


 大きな手のひらがラクジットの肩に触れる。

 横に立つ手のひらの持ち主を見上げれば、攻撃せんばかりの鋭い目付きとなったヴァルンレッドが険しい顔つきで周囲を見渡していた。


 じっと見上げるラクジットの顔を見下ろし、眉間に皺を寄せたままヴァルンレッドは深い息を吐く。


「ヴァル? どうしたの?」


 苦虫を嚙み潰したような表情を見せる彼は珍しくて、御者台に座り風に当たり続けていたせいで体調が悪くなったのか。


「早く貴女の力を抑えなければなりませんね。このまま成長されたら……心配で目を離せませんから」


 ぶつぶつ呟きヴァルンレッドは盛大な溜息を吐いた。

 呟きの意味が分からずきょとんとするラクジットへ伸びたヴァルンレッドの手は、彼女がかぶっているフードから顔を見えないように頂点を手の平で押す。


「わっ、ヴァル、なにするの?」

「もっと顔を隠してください」

「これ以上深くかぶったら前が見えなくなっちゃう」

「ふふっ、ヴァルンレッド様ったら」


 今にも抱き上げてしまう勢いで密着するヴァルンレッドと、頬を膨らまして彼を見上げているラクジットのやり取りが微笑ましくて、メリッサはくすりと笑った。



 一通りの買い物を終え、宿屋へ戻る途中に通りかかった広場に異様な雰囲気を放つ人だかりが出来ているのが気になり、ラクジットは歩く足を止めた。

 人々の隙間から大きな鉄格子の檻が見えたのだ。

 見間違えでなければ檻に入れられていたのは、人だった。


「メリッサ、あれは、何?」


 隣に立つメリッサに訊ねなくても、鉄格子の檻に入れられている人達はどんな立場なのか知識として分かっている。

 それでも、広場で繰り広げられている光景が信じられなくて訊ねてしまった。


「あれは、奴隷市ですね」

「奴隷? でもあの子達はまだ子どもだよ?」


 檻に入れられているのは幼い少年や少女ばかりで、中には幼児といっていい年頃の小さな子もいた。

 大人ならいいという訳ではないが、ラクジットの中の常識や倫理観が子どもの奴隷を認めたくは無い、と叫んでいる。


「エディオンは奴隷制度が根強く残っている国で、中流以上の者が奴隷を使うのはほぼ当然の事とされています。貧民街があるこの街は、貧しさから売られた子どもや誘拐された子どもの売買が盛んに行われているのでしょうね。ラクジット様、国が変われば常識は変わります」


 だから仕方がない、とヴァルンレッドは淡々とした口調で説明する。


「そっか……」


 彼等を哀れんでも同情しても、奴隷となっている全ての子どもは助けられない。

 私は権力を持つ王様でも聖女や女神ではないのだ。ヴァルンレッドの言っているように、国が違えば生活も常識も違うのは仕方がないこと。


 半ば諦め似た気分で下を向いていたラクジットは視線を動かして、ハッと息を飲んだ。


「っ!?」


 人と人の隙間から見えた鉄格子の檻の中、この国特有の小麦色の肌をした少年達に混じって明らかに一人だけ違う、色白の少年が居たのが見えた気がした。


「どうされました?」


 固まるラクジットにメリッサは怪訝そうに声をかける。


「あ……ううん、何でも、無い」


 大丈夫だと伝えたラクジットの声と震え、表情は強張っていた。


「一人だけ、違う感じの子が、いたから」


 小麦色の肌と焦げ茶色か黒髪の少年達に混じり、色白で淡い金髪の華奢な少年の姿は目立っていた。

 値踏みする男達から気持ちが悪い視線を一身に浴びても、高潔で強い光をアイスブルーの瞳に宿した少年はうつむくこともせず、真っすぐ前を向いていたのだ。


 人の壁が動き、ラクジットと少年の間に数秒間だけ隔たりが無くなり、アイスブルーの瞳が大きく見開かれる。

 檻の中の少年と視線が合ったのが分かり、ラクジットの心臓は大きく脈打った。


「他国から流れてきた少年でしょう。見目麗しい子どもは価値があるらしいですからね」


 目を細めて言うヴァルンレッドの言葉は全く頭に入って来ず、震える手で口元を覆う。


「あの子、あの時の?」


 昨夜見た前世の夢、テレビに映し出されたゲーム画面に出てきた少年だった。


 あの時の少年は何者かに追われていた。

 もしかして、あの後追っ手に捕まり奴隷とされてしまったのか。もしくは、逃亡中に人買いに捕まったのか。


 彼が奴隷市に出されていたのは驚くことだが、もっと衝撃的なのは此処で彼と出会ってしまったということだ。

 何故ならば少年は、ラクジットの記憶が正しければ.とても重要な人物だった。


「カイルハルト……」


 前世のラクジットが画面越しに見知って彼は、奴隷として檻の中に入れられている少年の姿ではなく、ヒロインや攻略対象キャラと同じ年齢に成長した青年の姿。

 ゲームに一キャラクターとして登場した姿より幼く弱々しい少年の名前を思い出して、ラクジットはぎゅっと拳を握り締めた。


(何故、この町に彼がいるの? イシュバーン王国に関わるゲーム内容しか考えていなかったけれど、今はまだゲーム開始前だったのね。すっかり忘れていたわ)


 少年はトルメニア王国の学園を舞台としたゲームで、ヒロイン、ヒーローに並ぶほど重要な役割を持つキャラクターだった。

 奴隷に身分を落とされた彼が、これから歩むだろう過酷な運命を思い出したラクジットは、人の壁で見えなくなった檻のある広場中央を見詰めた。


ゲームの重要キャラが登場しました。

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