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05.襲撃

魔獣に襲撃された続きです。


 バチチチチッ!


 結界の上方に鋭利な物が連続して当たる音が響く。

 体を縮込ませるラクジットの頭を優しく撫でて、腕の中から解放するとヴァルンレッドは御者台から飛び降りた。


「ヴァル!」

「結界を張った馬車の中から出ないでくださいね。メリッサ」

「ええ、ラクジット様、中へお入りください」


 トレーラーの中から顔を出したメリッサが、飛び降りようとしたラクジットの手を掴む。


「でもっ」

「言う通りにしてくださらないと、ラクジット様が心配でヴァルンレッド様が戦えません。ヴァルンレッド様の足を引っ張ってはいけません」


 言い切られてしまい何も言えなくなった。

 ろくに戦えないラクジットに来られても、足手まといにしかならないのは事実。ヴァルンレッドは手助けを必要としないくらい強いのだから。


 ぎゅっと唇をきつく結んで、ラクジットはメリッサに従い御者台からトレーラーの中へと戻った。




 腰に挿した剣を右手で抜いたヴァルンレッドは、既に黒騎士ヴァルンレッドの顔へ変わっており、剣の刀身に埋め込まれている魔石に魔力を込める。


 ゴウッ


 刀身が炎に包まれ、ヴァルンレッドは口の端を吊り上げて不敵に笑う。


「この種族は、この辺りでは居ない筈だが……フン、リズリスか」


 魔獣を送ったリズリスは、ヴァルンレッドを倒す目的ではない。奴の目的はヴァルンレッドへの嫌がらせだろう。


「私に戦わせて、姫を怯えさせたいのか。舐めた真似を」


 大事な姫には決して見せない、残忍な笑みを浮かべたヴァルンレッドはクツリッと喉を鳴らす。

 ただしそれは口元だけの笑みで、鋭い視線は襲撃してきた巨大な怪鳥へ向けられていた。


 赤紫色の羽と長い尾、首から上は七面鳥と似た怪鳥は三つある血走った目をギョロギョロ動かし、標的を結界で覆い隠したヴァルンレッドを敵と認識して睨み付ける。


 バサッバサッ!


 両翼を羽ばたかせた怪鳥は、ヴァルンレッド目掛けて勢いよく無数の羽を雨のように降り落とした。


 バチチッ!!


 空から降り注ぐ羽を全て剣で斬り落とし、ヴァルンレッドは御返しに魔力を込めた剣を振るった。

 剣に纏わした紅蓮の炎を衝撃波として一気に放出する。


「ぐきゃああー!」


 ドスンッ!


 炎の衝撃波に片翼を根元から斬り落とされた怪鳥が、甲高い声を上げて草原へ落下した。


 草と砂埃を巻き上げ、怒りと痛みに残った片翼を滅茶苦茶に振り回して暴れる怪鳥の上へ、ヴァルンレッドは飛び乗る。

 剣に魔力を込めたヴァルンレッドは、風魔法を纏わせた青白く輝く刃を心臓へ狙いを定めて一閃させた。


「ギャー!!」


 怪鳥が上げた断末魔の声が空気を揺らし、トレーラーに付いている小窓から戦いを見守っていたラクジットは思わずメリッサにしがみつく。



 水魔法を発動して剣に付着した血液を流したヴァルンレッドは、剣を一振りして水滴を落としてから鞘に納めた。

 馬型魔獣の側まで歩み、魔獣を繋いでいた綱を外したヴァルンレッドは、魔獣の顔を撫でる。


「喰っていいぞ」

「ヒンー!」


 歓喜の嘶きを上げた馬型魔獣は、心臓を貫かれてもまだ完全に事切れておらず、小刻みに痙攣をしている怪鳥の元へ走っていった。




 黒騎士ヴァルンレッドの圧倒的な強さ、“ヴァル”とは違って好戦的な顔をする彼が“ヴァルンレッド”本来の姿。

 それらを目の当たりにしたラクジットは、しがみつくメリッサの服をぎゅっとを握り締める。


「ラクジット様」


 馬型魔獣が大きく口を開けた瞬間、視界を覆い隠すためにメリッサは青ざめるラクジットを抱き締めた。

 バキッぐちゃっ、という馬型魔獣がお食事をする音が聞こえて、込み上げてくる吐き気にラクジット顔を歪めた。




「終わりました」


 馬車へと戻ったヴァルンレッドは先程まで放っていた殺気を消して、何時も通りのやわらかい笑みをラクジットへ向けた。


「ヴァルは、怪我して無い大丈夫?」

「ええ、大丈夫ですよ。あの程度の魔獣では、私に傷一つけられませんからね」


 さらりと、ヴァルンレッドは襲撃してきた魔獣が雑魚だったと言ってのける。

 確かに圧倒的強さを見せつけた彼は、涼しい顔で息切れ一つしていない。


(はぁ、良かった。いつものヴァルに戻っている)


 ヴァルンレッドモードだったら嫌だと心配だったラクジットは、安堵からへにゃりと笑った。




 ***




 お腹が一杯になった馬型魔獣は快調に速度を増して走る。


 日が傾く頃には、馬車の外の景色が草原から徐々に剥き出しの土や大きな石が転がる、荒れ野へと変化していく。

 吹き抜ける風も、温く乾燥したものへと変化していた。


「ラクジット様、これよりエディオンへ入ります。荒野を走る準備のため、この先のミンシアで宿を取りましょう」


 御者台に座るヴァルンレッドが、振り返って国境を越えた事を告げる。


「エディオン国のミンシア?」


 何処かで聞いたことがある街の名前。でも、何処で聞いたのかが思い出せず、ラクジットは首を傾げた。


「国境近くの大きな街ですよ。治安はあまり良くないので、くれぐれも! 一人で行動しないでくださいね」


 地図を広げて街の場所を指で示すメリッサに、くれぐれも、を強調して言われてしまい、前科があるラクジットは何も言い返せず素直に頷いた。


 馬車は荒れ野を走り、日が沈む前にミンシアの町まで辿り着いた。


「壁に囲まれた要塞みたいだね」


 ミンシアの町の外側は高い壁しか見えず、ラクジットは首を反らせて見上げる。


 周囲を高い壁に囲まれた町というより、前世の記憶にある中世の要塞都市に近い印象を受けた。

 荒れ野の風と砂から町と人を護るためと、戦争時の防衛上の関係から街を囲む高い壁が造られたのだろう。


 入り口の大きな門をくぐり、馬車の中から街の様子を眺めたラクジットはメリッサの方を向く。


「大きな街だけど、何か荒んでいるね」

「そうですね。この街はあまり治安がよくないようです」


 町並みを見たメリッサも頷く。

 大通りは整備されていても、明らかに今まで立ち寄った町と比べ周囲に漂う雰囲気は荒んでいるのだ。


 夕方から夜に変わる時刻だからか、馬車が通り過ぎる際に、値踏みするような視線を向ける胡散臭い男や、御者台に座るヴァルの姿に悩ましげな視線を送る色っぽい女性達が顔を出す、派手に装飾された店まである。

 さらに、大通りから一本奥の道へ入った先には、酒場や賭博場が建ち並んでいるのが見えた。



「ラクジット様」


 馬車の小さな窓から街の様子を見ていたラクジットに、御者台に座るヴァルンレッドが声をかける。


「この町は住む者達の貧富の差が大きく、高位の者が住む区画から中間層、貧民街まであります。特に貧民街では強盗や誘拐、殺人が横行しているとのことですからラクジット様とメリッサ、二人とも私の側から離れないでくださいね」

「うん」

「はい。ラクジット様」


 返事と同時にメリッサの手が動き、窓からラクジットを引き剥がし急いでカーテンを閉めた。


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