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04.旅の目的地

旅が始まります。

 イシュバーン王国を離れたからか、ヴァルンレッドは以前より表情と雰囲気がやわらかくなった気がする。

 じっと、ラクジットがヴァルンレッドの顔を見詰めていると、不意に彼は横を向いてしまった。



「メリッサ、そちらの手配は終わったか?」

「はい、出来ております」


 急に問われたメリッサは、空になったカップへ紅茶を注ぐ手を止めて答える。


「手配って何?」

「馬車旅での消耗品等の手配ですよ。私がお側を離れていたのは、馬車の手配のためです。転移陣で一気に移動したらラクジット様の鍛練にはなりません。乗り合い馬車だと、何かと危険ですしね。メリッサ」


 ヴァルの指示でテーブルからカップをどかし、メリッサは折り畳まれた紙をテーブルの上へ広げた。


「此処から南方のエディオンへと向かいます」


 テーブルに広げたのは、イシュバーン王国がある大陸の地図。


 地図の上をヴァルンレッドの人差し指が滑り下りていき、荒野が広がる大陸南部の国、エディオンと表記された文字をなぞる。


「南方? トルメニア帝国に行くのかと思った」


 オディールから山脈を越えた先にある大陸一の大国、トルメニア帝国。

 乙女ゲーム、“恋と駆け引きの方程式~魔術師女子高生~”の舞台となる国であり、この世界屈指の軍事大国でイシュバーン王国と同じくらいの歴史ある、華やかな文化遺産を持つ国である。


「今のラクジット様を連れて帝国には入れませんよ。三百年前のトルメニア帝国とイシュバーン王国の戦争はご存知でしょう。貴女の纏う色はイシュバーンの王族の、竜王陛下の血を引いている証の色。そのままの姿で帝国に入って王族だと気付かれたら騒ぎになります。帝国は大敗した歴史から、イシュバーン王国を、竜王陛下に連なる者を脅威だと思っているようですからね。ラクジット様が捕らえられたら、無理矢理皇子の花嫁に据えられるか人質にされるかもしれません」

「えぇ、それは嫌だなぁ」


 トルメニア帝国皇子で釣り合う年齢の相手は、恋と駆け引きの方程式~魔術師女子高生~1のメインヒーロー、レオンハルト皇太子。

 金髪碧眼の王道王子様といった外見は完璧な彼は、性格は強引な俺様でゲームのメインヒーロー。とはいえ、言動が自己中心的で好きにはなれなかった。

 好きにはなれない相手でも、暗黒竜の生け贄になるよりはレオンハルト皇太子の嫁の方がマシなのか。


 うーん、と考えてラクジットは首を横に振った。

 俺様ヒーローとは仲良くなれる気がしない。それに、政治的に利用されるのは御免だ。



「ご存知の通り、ラクジット様はイシュバーン初代の王、竜王陛下の血を濃く継いでいらっしゃいます。その為に、染め粉や魔法では貴女の纏う色は誤魔化せない。先ず、外見と魔力を目立たないようにしましょう」

「染め粉も魔法も駄目なら、どうするの? 髪の毛を剃る? 私、頭の形が悪いからスキンヘッドはちょっと嫌だなぁ」


 眉間に皺を寄せて言うラクジットに、一瞬だけポカンと口を開けたヴァルンレッドはフッと吹き出しかけて声を堪えて笑う。

 横を向いたメリッサも口元を押さえて肩を小刻みに震わす。


「くっ、剃らなくとも、私の、昔馴染みの、魔道具を研究している変わり者なら、ラクジット様にあった物を、作り出せる筈です」


 二人揃って笑いを堪える姿に、変な事を言ってしまったのかとラクジットは困惑して眉間に皺を寄せる。

 笑いを堪えて話すヴァルンレッドは初めて見て……安心した。いつも完璧で冷静な彼も、人間らしい感情を持っているのだと。




 ***




 白い幌付き馬車が颯爽と草原を走る。

 御者として走る馬の手綱を持つのは、見目麗しい黒髪の青年。

 青年、御者をしているヴァルンレッドの背後からラクジットは顔を出す。


「ラクジット様、中に入っていてください」

「嫌。外の景色を見たいもの。それに馬君の走りも見たいし。馬さん、頑張ってね」


 ラクジットの声に応えるように、荷台を引く馬がヒヒーンと嘶く。


「ねぇヴァル、馬さんが返事をしてくれたよっ」

「はぁ、仕方無いですね」


 ご機嫌で隣に座るラクジットを戻すことを諦め、ヴァルンレッドは苦笑を返して視線を前方へ戻した。


 風のような速度で荷台を引く赤い目をした馬は、一見すれば大型の普通の馬に見える。

 普通の馬に擬態させているだけで、実は炎の鬣と炎の蹄を持つ魔獣だ。

 何処からかこの馬の姿をした魔獣を連れてきたヴァルンレッドは、しれっと「魔国の森へ行き、捕らえて服従させました」なんて言いラクジットとメリッサを絶句させた。



 風に煽られた髪を押さえながら、ラクジットは隣に座るヴァルの顔を見上げた。


(やっぱりヴァルンレッドは格好いいな)


 風に煽られて舞う黒髪、すっと通った鼻筋に濃紺色の瞳と涼しげな目元に形のいい薄い唇。

 細身ながら筋肉質で背も高い大人の色気を感じさせる美丈夫で、黒騎士一の実力を持つ彼が攻略対象だったなら美形揃いのヒーロー内でもトップクラスの人気が出たと思う。


 敵である黒騎士ヴァルンレッドと異世界少女の禁断の恋……前世のラクジットだったら身悶えする設定だ。

 今のラクジットは子どもで、保護者代わりの彼は残念ながら恋愛対象には当てはまらない。

 11歳のラクジットが恋愛対象になったなら、冷静沈着な黒騎士ヴァルンレッドは少女趣味の危険な騎士になってしまう。


 もしも、ヴァルンレッドが誰かと恋をしたら。例えば、ゲームのヒロインが彼の前に現れてヒロインに惹かれ自分の側から離れてしまったら?


(ヴァルが居なくなったら、私以外の女の子の側に行ったらどうするのかな? 想像するのも嫌だな。でも、嫌だって引き留めるのはヴァルを縛るみたいで、もっと嫌だ)


 ゲームのヒロインとヴァルンレッドが寄り添う姿を想像するだけで、胸の奥がモヤモヤしてラクジットは溜め息を吐いた。



「どうされましたか?」


 前方へ向いていたヴァルンレッドは、ラクジットの方へ視線だけ動かして……真顔になり舌打ちした。

 ヴァルンレッドの左手がラクジットの肩を押さえ、右手でグイッと手綱を引く。


「ヒヒーン!」


 手綱の動きで御者の意思を察した馬は嘶き、走る速度をゆるめた。


「どうしたの?」

「魔獣です」


 こっそりヴァルンレッドを見て色々考えていた心の声が聞こえてしまったのかと、内心焦っていたラクジットは、きょとんと言われた台詞を暗唱してから意味を理解した。


「魔獣? 見えないよ?」


 目を凝らして辺りを見渡しても、身を隠す物が無い草原で魔獣らしきモノは見当たらない。

 素早く魔法を組み立てたヴァルンレッドは馬車の周囲に強固な結界を張る。


「空から来ます」


 短く告げたヴァルンレッドは、ラクジットを守るために自身の方へ抱き寄せた。

次話、戦闘シーンが入ります。

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