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02.垣間見えた狂気

残酷描写があります。

苦手な方はご注意ください。

 ガッ! ガキンッ! ドォーンッ!


 覚悟していた痛みと衝撃の代わりに、空気を切る音と硬い何かがぶつかる音が聞こえ、ラクジットは恐る恐るきつく閉じていた目蓋を開いた。


 舞い上がる砂埃の中、鈍い光を放つ漆黒の刃。

 全速力で走って来たのが分かるうっすら額に汗を滲ませた真剣な表情で、ラクジットを庇うように立つヴァルンレッドが其処にはいた。



「御無事ですか?」

「ヴァルー!!」


 来てくれたと思った瞬間、気がゆるみ両膝が震えだす。

 尻もちをつきかけたラクジットの腰へ、ヴァルンレッドの腕が素早く伸びて彼の胸の中へ抱き寄せられる。


「こんな輩に目をつけられて追われるとは、貴女は危機感が足りない。その上、魔法を暴発させるとは。町を破壊するつもりですか」


 眉間に皺を寄せたヴァルンレッドは、ラクジットを抱き締めながら深い息を吐く。

 何時もより低くなった彼の声色は、呆れたのか苛立ちからか掠れていた。少し乱れた黒髪から全力疾走して助けに来てくれたのだと分かり、ラクジットの瞳から新しい涙が溢れ出す。



「ラクジット様ぁ~」


 立ち上る砂埃の向こうから、涙を流すメリッサが駆け寄って来る。

 すぐ側までメリッサが走って来ると、ヴァルンレッドは腕の中から泣きじゃくるラクジットを解放し、抜き身の剣を腰に挿した鞘へと収めた。


「ヴァルンレッド様、申し訳ありません! 私が目を離してしまったからこのような事に」

「ひっく、メリッサは悪く無いよ。私が勝手なことを、したから……ふぇ、うぇ、怖かったよ~!」


 メリッサに抱きつき声を上げて泣き出したラクジットを見て、何かを言おうと口を開きかけたヴァルンレッドは声の代わりに深い息を吐いた。


「はぁ……御無事ならばもう責は問いません。ラクジット様はメリッサと一緒にこの場から離れ、宿で休んでいてください」


 片手で前髪を掻き上げたヴァルンレッの視線は、未だに炎が燻る前方へと向けられていた。


「私は、あの者達を始末してきます。フフッ、ラクジット様の姿を見た記憶をあの者達の記憶から消すだけですよ」


 剣呑な光を宿す濃紺の瞳を目にしたラクジットは、ギクリッと肩を揺らす。

 底冷えするくらい冷たい笑みを浮かべているのは、護衛騎士のヴァルではなく黒騎士ヴァルンレッドの冷笑だったのだ。


 指の痕が付くほど強く掴まれていた肩と二の腕は、ヴァルンレッドに回復魔法をかけてもらい痛みが癒えた。

 黒い煙の向こうに炎に焼かれて火傷を負った男の姿を見つけて、ラクジットは零れ落ちんばかりに大きく目を見開いた。


 背後からラクジットを押さえていた男は、炎の熱を至近距離で浴びたため上半身全面の服の殆どは焼けて無くなり、残った布片は赤黒く焼き爛れた皮膚に貼り付いていた。

 髪や眉毛睫毛は熱で燃えて無くなった顔は、苦悶の表情を浮かべているのがかろうじて分かった。

 逃げるために必死で放ったとはいえ、自分が放った魔法で人を傷付けてしまった恐怖で上げそうになった声は、口元を押さえて何とか堪える。


「ラクジット様、もう大丈夫ですよ」


 ぶるぶる震えるラクジットの体をメリッサが優しく抱き締める。

 抱き締めてくれるメリッサの胸に顔を埋めたラクジットの頭を、ヴァルンレッドの大きな手のひらが一撫でした。


「貴女は何も悪くない。後は、私がやります」


 崩れた石壁の残骸から未だに炎が燻っている。

 火傷を負った男達が倒れている方へ、視線を向けたヴァルンレッドの上着の裾をラクジットは引っ張った。


「あのね、ヴァル、酷いことはしないでね」


 大きな瞳いっぱいに涙を溜めたラクジットは、ヴァルンレッドの顔を見上げてお願いする。彼はやわらかい微笑みを向けて頷いた。


「大丈夫ですよ。自警団が駆け付ける前に、この場の後始末をするだけですから」


 やわらかな口調と優しい微笑み。

 しかし、優しい笑みの裏側では黒騎士ヴァルンレッドの冷徹な顔が見え隠れしている気がして、ラクジットは唇をきつく結んだ。彼が言う“後始末”とは一体何を始末しようとしているのか。


(この現場? それともこの人達を?)


 どちらなのかと問えば、笑顔で「両方です」と言いかねないと思い、これ以上は問えなかった。


「すぐ終わりますから、メリッサと一緒に宿でお休みください」


 ヴァルンレッドの言葉には、有無を言わせない強い力がこもっていて、ラクジットは素直に頷くことしかできなかった。




 ***




 乳母に手を引かれ不安そうに何度も振り返っていた、幼い自分の主の足音が完全に遠ざかるのを確認してから、ヴァルンレッドは崩れ落ちた石壁に挟まれて呻いている男達の方へ足を向けた。


 不穏な空気を纏うヴァルンレッドが近付いてきても、炎による火傷と石壁の破片による裂傷による激痛で男達は身動きが取れずに、四肢を小刻みに痙攣させる。


 魔法の基礎しか教えていない、年端もいかない少女が咄嗟に放っただろう魔法。それがこれほどの威力があるとは。

 じっくり知識を与え、経験を積ませたら幼い主はどう変わっていくのかが楽しみだと、口元がゆるむ。


 至近距離で放たれた火炎魔法の熱で、体を焼かれて指先の一部が炭化した瀕死状態の男を見下ろす。

 赤黒く爛れた体には似つかわしくない、輝く銀糸を数本握りしめているのに気付き、ヴァルンレッドは眉間に皺を寄せた。

 それは、炎に炙られても燃える事も無く輝きを失わない、竜王の血を色濃く引く主の一部。


「……穢らわしい」


 瀕死の男の手から銀糸を取り上げ、焼け爛れた手を踏みつければ簡単にグチャリッ、と音を立てて指先は潰れた。


「ぎぃやあぁー!」


 手を踏み潰された男が焼けた目を見開き、獣じみた絶叫が響き渡った。

 周囲には、余計な邪魔が入らぬように防音と封鎖の障壁を張ってある。

 主の、姫の髪に触れたあげく引き抜くなど、赦せない行為。

 死すら生温く、有りとあらゆる苦痛を与えてやりたいくらい、ヴァルンレッドは怒りを感じてい。


「もっと、泣き叫ぶがいい」


 久方ぶりに湧き上がる嗜虐の悦びに、ヴァルンレッドはクツクツと喉を鳴らした。



「ひっ、ひいっ」

「助けてくれっ!」


 指を踏み潰した男から離れた場所に倒れていた二人の男は、残虐なヴァルンレッドの行動を目にして悲鳴を上げた。

 まだ意識が残っているらしい、睫毛と眉毛を焦がし顔の半分を焼け爛らせた男は、痛みと恐怖に表情を歪ませて呻き声を漏らす。

 足の骨が折れて、関節とは逆の方向に膝から下が曲がっている男は、何とかして逃げようと腕の力で這い擦る。


「そうだ。もっと泣き叫べ。我が姫に触れ、傷付けた報いだ」


 絶望しながら泣き叫び、生を望み足掻いてくれなければヴァルンレッドの溜飲が下がらない。


「クククッ、貴様らはそう楽には死なせんよ」


 剣で切り刻むのは刀身が汚れる。

 口元に指を当てて数秒思案したヴァルンレッドは、男達を葬るための魔力を練った。


「う、あ、何、だ」

「助けてくれ……」


 自ら切り裂いてやりたいところだが、僅かにでも男達の残滓が刀身に付着するのも許せない。


 男達の痕跡を残したまま戻れば、心優しき幼い主が男達の末路を哀れむだろう。

 僅かでも、彼女の心にこの卑しい者達の存在を残させるなど、赦しがたいことだった。


「姫を傷付け泣かす者は、全て消し去らなければならない。たとえ姫が許しても、私の気が済まぬ。欠片一つも現世に残すものか」


 冷笑を浮かべたヴァルンレッドが言い終わるや否や、男達の真下の地面に魔方陣が出現した。

 魔方陣の紫紺色に輝く文字が妖しく浮かび上がり、闇に生きる者達を召喚する。


「なんっ、ぎゃあぁっ!?」


 地面に倒れる男達を贄に、赤黒い霧が魔方陣の中央から滲み出てくる。

 赤黒い霧の中から現れた者を見た男が悲鳴を上げた。


「あ、悪魔っ!?」


 赤黒い霧から出現した黒い巨大な腕と、節榑立つ指に捕まった男達は、もがいても逃れられずに霧の中へと引きずり込まれていく。


 三人全員が霧の中へと引きずり込まれたのを見届けて、ヴァルンレッドは魔方陣を解除した。



 魔方陣が消滅する瞬間、僅かに聞こえた複数の断末魔の声に満足して、ヴァルンレッドは口の端を吊り上げた。


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