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君の居場所

終話のその後の話。

 暖かな春の陽光と優しい風、花の香りに包まれてガゼボ内に設置されたベンチの背へもたれ掛かっていたラクジットは、気持ちのよい微睡みの中にいた。


 コクリッ、船を漕ぐ頬へ風とは違う感触が触れ、ラクジットの意識は浮上していく。


「起こしてしまったか」


 頭上から聞こえたのは、甘く優しい声。

 彼の声に応えようと、ラクジットは重たい目蓋をゆっくりと開いた。


「カイル?」


 背もたれにもたれ掛けていたラクジットの体を、床に片膝を突いて屈んだカイルハルトがそっと起こす。

 眠気に負けて寝入っていたとはいえ、声をかけられるまで彼の接近に気付けなかった。


「気付かなくてごめんね。最近、すごく眠たくて」


 寝込むほどの妊娠初期の酷い悪阻は治まったのに、今度は寝ても寝ても眠くて堪らなくなったのだ。

 侍医によれば、これも妊娠特有の症状らしい。

 ラクジットは膨らみ始めた下腹をそっと撫でる。


 隣へ座ったカイルハルトは、自分の手のひらをラクジットの手の上へ重ねた。


「ラクジットが居なくなったと、メリッサとユリアが慌てて、皇后宮内は騒ぎになっていたぞ」

「えっ、そんなに?」


 妊娠が判明してから最近まで、悪阻による嘔吐を繰り返して寝付いていたせいか、周囲の者達の過保護度は最大級となっていた。

 まさかそこまで大事になっているとは思わなかったラクジットは、ぎょっと目を見開く。


「二人揃って執務室へ駆け込んでくるくらいな」


 警備兵の制止を振り切って駆け込んできたメリッサとユリアの必死の形相を思い出して、苦笑いするカイルハルトに対してラクジットの気持ちは急降下していく。


「仕事の邪魔をしてごめんね。最近はだいぶ動けるようになったのに、皆過保護だから嫌になって一人になりたくて出てきたの」


 部屋から出るのでさえ禁止されている状況に耐えきれず、侍女の目を盗んで転移魔法を使用して此処まで来たのだ。

 皇太子の仕事を中断してラクジットを探しに来るなんて、カイルハルトには悪いことをしてしまった。


「ラクジット」


 切なそうに眉尻を下げて見詰めてくる、カイルハルトの声は甘さを含んだ少し掠れた声で、ラクジットの背筋と下半身に甘い痺れが生じる。


「お前に何かあったら、俺が耐えられない」

「うん」 


 メリッサとユリアから事情を聞き、仕事を放り出して駆け付けてくれたであろうカイルハルトの胸元へ、ぎゅっと抱きついて顔を擦り付けた。


「心配かけてごめんね」


 素直に謝るラクジットの額へ、軽く触れるだけの口付けが降ってくる。

 触れるだけの控え目な唇への口付けに、以前カイルハルトから深く口付けられた途端嘔吐したことを気遣ってくれているのだと分かって、ラクジットはクスクス笑う。


「愛してる」


 そっと伸ばしたラクジットの手を握ったカイルハルトは指先に口付けた。


「もう、戻るぞ」

「うん」


 脇の下と膝裏へ腕を回して、ラクジットを横抱きにしたカイルハルトはゆっくりと立ち上がった。


「ねぇ、私が此処に居るってよく分かったね」


 直ぐには見付からないよう、追跡魔法を使われないように転移した痕跡は全て消したのに。

 首を傾げるラクジットへ、カイルハルトは蕩けるようなやわらかい笑みを向けた。


「分かるさ。子どもの頃からずっとラクジットと一緒に居たんだ。何処に居ようとも、俺はラクジットの居場所を探してみせる」


 自信満々に言われると何だか恥ずかしくなってきて、ラクジットは熱が集まってきた頬を見られないように彼の胸へ顔を埋めた。




 ***




「......ジット、ラクジット」


 控えめに肩を揺さぶられ、ラクジットはゆっくりと半分だけ目蓋を開いた。


「う、ん?」


 ぼやける視界には色とりどりの花が咲く花壇と、心配そうに見つめてくる少年の姿。

 背中には硬い感触がして、顔を動かし確認してやっと自分がベンチに凭れかかった状態で、うたた寝をしていたと理解した。


「こんな所で寝ていたら風邪をひく」


 呆れた声の中に心配する響きも混じっていて、ラクジットは「ごめんね」と軽く頭を下げる。

 軽く伸びをして、硬いベンチで寝ていたせいで凝った肩を自分で揉み解す。


「風が気持ちよくてつい寝ちゃったみたい。それに、懐かしい夢も見たから……」


 この街に着いて直ぐ、買い物のために彼と別行動で散策中、偶然発見した小さな公園。

 ベンチに腰掛けてぼんやりしているうちに眠っていたらしい。

 この公園の花壇に咲いている花が、宮殿の外れにあった庭園で咲いていた花と同じ種類だったから、懐かしい夢を見たのだろう。

 何十年も前の、幸せな夢。あの頃が一番穏やかで幸せなだった。

 目を細めたラクジットは、色とりどりの花が咲く花壇を見る。


「トモヤはよく此処に居るって分かったね」


 入り組んだ路地を通らなければこの公園へ来れない。

 探索魔法を使えば分かるだろうけど、彼は魔法を使った気配はなかった。

 自分の胸に手を当てて、トモヤは目蓋を閉じる。


「ヴァルンレッドになら分かるさ」

「ヴァルなら? ああ、」


 そうだったと、思い出す。

 幼い頃から、ヴァルンレッドは逃走を図るラクジットの居場所を直ぐに探しだし、腕の中へ捕らえていたんだ。


「それに、俺はラクジットが何処に居ようとも必ず探し出すからな」


 ハッと、ラクジットは大きく目を見開いた。



“何処に居ようとも、居場所を探してみせる”


 同じ様な台詞を、夢の中でカイルハルトも言っていた。

 そんなことは無いのに、トモヤと微笑むカイルハルトの姿が重なって見えた気がして、ぎゅうっと胸が苦しくなってきた。

 目の奥も熱くなり油断したら涙も零れそうで、ラクジットは眉間に皺を寄せた。


「どうした?」


 ゆっくり瞬きをして目を開くと、カイルハルトの幻は消えていた。


「ううん、何でもない。美味しいご飯が出る宿を探しに行こっか」


 差し出されたまだ自分より小さな手を握り、立ち上がったラクジットはトモヤと一緒に歩き出した。



 いつか、貴方は私を探してくれるのかな。なんて、思いながら。




✱✱✱

完結となります。

長いお話にお付き合いくださいまして、ありがとうございましたm(_ _)m


お気づきでしょうが、ラクジットが帝国へもたらした竜王の血が、別作品の竜帝ベルンハルトへと繋がっています。




完結になります。

ここまで読んで下さりありがとうございました。

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