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09.期限付きの自由

1章、終話になります。

 絶対に逃げてやるから。と息巻いていたのにこうもアッサリと、しかも黒騎士でもない知らない相手に捕まるなんて。

 このまま王宮へ連れ戻されたら監禁されるだろうし、気を失っているメリッサも酷い目に合わされる。


 何とか逃げられないかと、ラクジットは自分の二の腕を掴んでいる騎士の腕の中から脱出しようともがく。

 細身の体だというのに騎士の力はとても強く、ラクジットを拘束する力は全く緩まない。むしろ、強くなっていく。


「さて、姫様、城へ戻りましょうか」

「嫌! 放して!」


 全身を使って抵抗するラクジットを全て無視し、騎士は彼女の腰を軽々と肩の上へ抱える。

 城へ戻るための転移陣を発動しようと、騎士は一歩足を踏み出して……止まった。



 チャキッ


 金属が擦れる音がすぐ側から聞こえた。


 動きを止めた騎士の喉が上下に動き、全身の筋肉が強張るっているのが触れている部分から伝わり、何事かとラクジットは顔を上げた。




「そこまでだ。その娘から離れろ」


 硬直する騎士の背後に突然現れた第三者の声。

 騎士に抱えられているため、ラクジットの視界は彼の胸元で隠されて後ろの様子は見えない。


 殺気混じりの低く冷たい声。


 聞いたことがない怖い声。

 それでも、この声には聞き覚えがあり、涙をいっぱい溜めていたラクジットの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。



「……離れろ、と言ったのが聞こえないのか」


 背後の人物が放つ殺気は更に膨れ上がり、直接向けられていないラクジットの背中が恐怖でざわざわ粟立つ。


 ギャア! ギャア!


 膨れ上がった殺気に恐怖した鳥達が、悲鳴を上げて木々から一斉に飛び立った。


「くっ……」


 鳥達が恐怖して逃げ出すほどの殺気を直に浴び、顔色を青から白へ変化させた騎士は呻き声を上げる。

 小刻みに震える腕を動かし、抱えていたラクジットを解放した。



 地面についた足はふらつき転倒しかけるが、何とか堪える。

 ラクジットと目を合わせた瞬間、騎士へ向けていた恐ろしい殺気を綺麗に霧散させた相手の胸目掛けて走る。


「ヴァル!!」


 勢い良く飛び付いたラクジットを易々と受け止め、ヴァルンレッドは「やれやれ」と苦笑した。


「全く……困ったお姫様だ」


 ぎゅうっとしがみ付くラクジットの両脇へ手を差し入れて腕に乗せ、縦抱きにしたヴァルンレッドの大きな手のひらが背中を撫でる。

 何時もだったなら、小さい子の扱いは止めてと文句を言っていたが、今はただ彼に甘やかされるのが嬉しかった。


「無茶をしたら、首輪と鎖を用意すると申し上げたのに」


 不穏な響きが混じった低い声が聞こえて、爽やかな香りがするヴァルンレッドの首筋に顔を埋めていたラクジットの全身が、ビクッと反応する。


「……ヴァル、怒っている?」


 恐る恐る顔を上げたラクジットは、ひっと小さく呻いた。


「私から逃げられると、思っていたのですか?」


 ヴァル、いや黒騎士ヴァルンレッドは、全力で逃げたくなるくらいの圧を放つどす黒い笑みを浮かべていたからだ。


「何で、分かったの?」


 何故、ヴァルンレッドはこんなにも早く来たのか。

 何故、此処が分かったのか。


「不思議ですか? 絶対に何かやらかすだろうと思って急いで離宮へ戻れば、あんな置き手紙と可愛らしい贈り物があったら、私でなくとも全力で貴女を探すでしょう」


 空いている左手の人差し指で、ラクジットの涙で濡れた頬を撫でたヴァルンレッドは、蕩けるような微笑みを向ける。


 何も言わずに急に姿を消すのは、事件に巻き込まれて浚われたかと騒ぎになるのも嫌だと思い『しばらく家出します。探さないで下さい。あと、いつもありがとう。ラクジット』と書いた置き手紙と、ヴァルンレッドの名前と剣モチーフを刺繍したハンカチを私室のテーブルの上へ置いておいたのだ。



「ラクジット様とアレクシス王子が、何やらやっているのは分かっていましたよ」


 腕の上に乗る形で縦抱きにされているため、背の高いヴァルンレッドと目線が近くなりラクジットの首筋に吐息がかかる。

 うまく誤魔化せていたと安心していたのに、アレクシスと会っていたのをバレていたのかと、ラクジットは眉を寄せた。


「私の張った結界を、予想より早く王子が掻い潜って離宮へ辿り着いたのは意外でしたが、自主的なご兄妹の交流も必要かとダリルと共に静観していたのですよ。その結果、まさか家出をするとはね」


 至極愉しそうにヴァルンレッドは目を細めて、クツクツと喉を鳴らした。


 家出をしたことを咎めることなく、愉しそうに喉を鳴らして笑うヴァルンレッドに恐怖を抱き、ラクジットは密着していた上半身を仰け反らせた。

 だが、ヴァルンレッドとの間に隙間が出来たのはほんの数秒だけで、直ぐに背中へ回された大きな手によって元の位置へ戻されてしまう。


「本当に、貴女は楽しませてくれる。で、ラクジット様、どうして家出など考えたのですか? 理由によっては首輪と鎖は免除しましょう」

「だって……だって、嫌だったからっ!」

「人参とピーマンを残さずに食べなければオヤツ抜き、と言ったのが?」


 家出の理由をただの反抗程度しか思わず、あくまでも子ども扱いをするヴァルンレッドに苛立ち、ラクジットは手のひらをぎゅっと握り締める。


「違うっ! 国王の花嫁になんかなりたくないのっ! 私は好きな人と結婚して好きな人の赤ちゃんを生みたいの! お母様のように酷い扱いをされたくない!」

「っ、それは、ラクジット様」

「国王の花嫁にされるなら、死んだ方がマシよ!」


 爆発的な感情の高ぶりによって、ラクジットの瞳から止まっていた涙がぼろぼろと零れる。


 背中に添えられていたヴァルンレッドの手に力がこもり、肩を震わして泣くラクジットを抱き締める。

 胸元に顔を埋めるラクジットの頭頂部へ、ヴァルンレッドは慰めるように口付けた。



「くっ、小娘が! 陛下を対して無礼な口を叩くな!」


 怒りを帯びた声が静かな森に響き、まだ黒騎士リズリスの部下の騎士が側に居たのを思い出し、ラクジットは顔を上げた。

 王宮騎士らしく、丁寧な口調と物腰だった騎士が目を剥いて唾を飛ばす叫ぶ姿に、怖くなってラクジットはヴァルンレッドの服を握る。


「ヴァルンレッド様、この娘は私が、ぐああっ!?」


 ラクジットに手を伸ばそうと、側へ近寄った騎士をヴァルンレッドは容赦無い力で蹴りつけた。


「近寄るな」


 しがみつくラクジットの頭を一撫でして、ヴァルンレッドは刃のように鋭い視線と殺気を含んだ低い声で言い放つ。


「貴様程度が触れてよい方では無い」

「なっ、乱心されたか!?」


 警告を含んだ殺気と圧に屈せず、狼狽えた声を騎士は上げた。

 どんな表情を騎士がしているのかは、背中を向けているラクジットからは分からない。ただ、ヴァルンレッドの喉が上下して、彼が楽しそうに口角を上げたのが見えた。


「乱心? 我が姫に触れようとするなど、身の程を弁えぬ愚か者が。私に向かって乱心だと?」


 ザワリッ、明らかにヴァルンレッドを包む空気が不穏なものへと変わる。



「ルアー」

「はっ、ここに」


 ヴァルンレッドが名を呼ぶまで気配が全く無かった場所が歪み、黒尽くめの影が現れる。

 現れた影は、ヴァルンレッドと彼に抱かれているラクジットへ頭を下げ、地面に片膝をついた。


 体型と声からして男性だろうルアーと呼ばれた影は、口迄を覆う黒い布で肌を隠しており目元しか見えない。


「姫様が、泣いて“死ぬ”と言うほど追い詰められているならば、息抜きに外へ連れ出して差し上げなければならないだろう。陛下が目覚める前には戻るつもりだ。それまで、五月蝿いリズリスを黙らせていろ。後は任せる。と、ダリルに伝えろ」

「はっ」


 返事と同時にルアーは消えた。まるで最初から存在しなかったように。


「ヴァ、ヴァルンレッド様! 貴方は! どういうつもりですか!?」

「喧しい男だな。貴様はリズリス直属の部下であろう。黒騎士である私に、意見して良い立場では無い。まさか……それを理解出来ぬほどの阿呆なのか」


 騎士への嫌悪感を露にしたヴァルンレッドは溜め息混じりに言う。


 背中に回されていた腕が離れ、ラクジットは首を動かしてリズリスの部下の顔を見る。

 騎士は最初の余裕綽々な表情とは一変した、今にも倒れそうなくらいに血の気が引いた青白い表情で立っていた。


 顔色を無くした男の視線の先を追って、ラクジットはハッと気付く。

 殺気と圧を放つヴァルンレッドの手が、腰に挿している剣の柄へと伸びていたのだ。


「貴様の首が胴体と繋がったままでいたいならば、五月蝿いリズリスを何とかしろ」

「お、お待ち下さい」

「消えろ」


 命じることに慣れた感情のこもらない声で、ヴァルンレッドは騎士に短く命じる。

 騎士が口を開き言葉を発する前に、彼の姿は煙のように消え失せた。




「ヴァル……」


 対峙していた騎士と部下に見せた威圧的で恐い顔は、“ヴァル”では無く、“黒騎士ヴァルンレッド”としての顔。

 恐いヴァルンレッドのままでいたらどうしよう、とラクジットは眉尻を下げて彼を見上げた。


「お見苦しいモノをお見せしましたね」


 口調も表情もやわらかくなった“ヴァル”は、いつも通り目尻を下げて優しく微笑む。


「ラクジット様、私が貴女を死なせません」

「どうして? ヴァルは、国王の黒騎士でしょ?」


 国王の花嫁となり跡継ぎを生む役目を果たせば、ラクジットを待っているのは国王に殺される結末だ。

 国王に絶対の忠誠を誓っているヴァルンレッドにとって、ラクジットの意思は重要なことでない。ラクジットに次代の国王の器となる子を生ませることが、何よりも優先することではないのか。


「以前、外へお連れすると約束したでしょう」


 問いには答えず、ヴァルンレッドは涙が止まらないラクジットを抱き締め、彼女の耳元へ唇を寄せた。


「陛下が目覚めるのは、三年半後としました。それまでに強くなりなさい。そう……王の力に抗い、私を倒せるくらい強く」


 甘い響きさえ含んだ低い声で、ヴァルンレッドはラクジットの耳元で囁く。


「え、ヴァル?」


 目を見開いて固まったラクジットの頬へ、ヴァルンレッドは軽く触れるだけの口付けを落とした。


次話から、2章になります。


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