表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/168

第88話:クレス王子の依頼Ⅱ

 シフォンさんが不穏な言葉を紡いだため、冒険者ギルドの応接室がピリピリした空気に包まれる。その正体を伝えるかのように、アリーシャさんから厚めの資料を手渡された。


 資料の表紙には『街道整備、および、防壁の修理業務の撤退について』と、記載されている。


 嫌な予感がしつつも、俺はリズと一緒に読み進めていく。


 まだ最初の二、三ページを読んだだけだが、この書類を作ったのは生産ギルドみたいだ。内容は『今回の雪崩を受けて、生産ギルドの力不足が浮き彫りになったため、街道整備の業務を停止する』ことが書かれていた。


 チラッとシフォンさんの顔色を確認すると、この資料が原因だと言わんばかりに真剣な表情をしている


「今までフォルティア王国と生産ギルドが連携して、街道整備や防壁の強化をしてきました。ですが、その事業から撤退すると決めたことで、街道の復旧作業を始める目処がつきません。ヴァイス様の協力を得ても、厳しいものとなるでしょう」


「随分と唐突ですね。シフォンさんがこの資料を持ってきたということは、雪崩が起きてすぐに判断しているはずです。こんな重要な決定をするには、考慮する時間が短すぎると思うんですけど」


「うーん、確かに変だよね。国がヴァイスおじさんに頼もうとしていたなら、ミヤビの言う通り、判断が早すぎるもん。完全に撤退する必要はないように思うし、防壁の修理業務も同時に撤退する必要はないと思うんだー」


 俺とリズがおかしいと思い始めながらも、資料をペラッとめくって、最後のページにたどり着いたときだ。頭を抱えたくなるような言葉が、目を通じて脳内に入ってきた。


『つきましては、生産ギルドに在籍するクラフターを除名いたしますので、防壁の修理業務も撤退させていただきます』と、記載されている。


「生産ギルドはクラフターを除名するために、今回の雪崩を利用した、ということですか」


「そうなりますが、この問題に関しては、今に始まったことではありません。優れた武器や洋服を作り出す生産職の方は、昔からクラフターを嫌う傾向にあります。九年前にも同じことが起こり、ヴァイス様とクレスが協力して防ぎましたが、今回は難しいかもしれません」


 九年前……? そういえば、付与魔法の相談をするとき、ヴァイスさんが年配のおじいちゃんたちと揉めていたな。九年も経ったのに何も変わらない、とか言って。ヴァイスさんに上からモノを言っていたし、あの人たちが生産ギルドの上層部だったに違いない。


 この街にクラフターのクレス王子を派遣した本当の理由も、ヴァイスさんと繋がりを見せるためかな。九年前と同じように、生産ギルドの動きを止めるために。


 疑問が残るとしたら、クレス王子が影響力の強い人物には見えないことだ。尻に敷かれているし、頼りなさそうな印象しか……。


「九年も前の話なら、クレス王子はかなり小さいですよね。どうやってヴァイスさんと協力して防いだんですか?」


 聞いてはいけない話だったのか、今まで見たこともないような顔でシフォンがニヤニヤして、クレス王子の顔が真っ赤になってしまった。


「ぼ、僕の話はなくても大丈夫です! それより、今回の依頼の話を進めましょう!」


「今のクレスからは想像できない立派な話なのですが、この話をすると、わたくしが嫌われてしまいますので、詳細は控えさせていただきますね。一言で言うなら、王位継承権を放棄して引き止めた、という感じでしょうか」


「そこまでだよ、シフォンさん! 絶対にそこまでだから!」


「はいはい、わかっています。今回の依頼内容に話を戻しますので、落ち着いてください」


 この二人、なんだかんだで仲良いんだな。高貴な血を残すための結婚とか、政略結婚の類ではない気がする。貴族社会には珍しいと思うけど、相思相愛で婚約したみたいだ。それを踏まえると、思っている以上に責任の重い依頼になるかもしれない。


 子供の頃に王位継承権を放棄してまで生産ギルドを止めたクレス王子に、婚約者がクラフターのシフォンさん、そして、希望を託すかのようにクレス王子を派遣した国王陛下。誰も現状が良いとは考えていないし、みんな内心は穏やかじゃないはずだ。


 当然、生産ギルドで長く揉めていたヴァイスさんは、怒りに満ちていると思う。カレン以外はクラフターと関わりがない俺でも、生産ギルドの都合だけで除名する姿勢は、良い気がしないんだから。


「クレス王子、ヴァイスさんに会ってきたんですよね。なんて言ってましたか?」


 自分が取り乱していることに気づいたのか、パパッと身を正したクレス王子は、大きな咳払いをした。


「正式に生産ギルドを脱退すると公表して、この街での除名は引き止めてくれるそうです。指名依頼もミヤビ君に譲渡する形で落ち着きました。うまくいくかは僕たち次第らしいですが、責任は取ってやるから好きにしてこい、らしいです。具体的な解決策は聞けなかったので、ちょっと頭を抱えちゃいますよね」


 ほお……好きにしていいと? つまり、どんなことをやっても許され、一切の責任を負うことがない、という状況が作られたわけだ。悪いことをしなければ、たとえ常識の範囲外だったとしても、ブーブー言われる筋合いはない。ヴァイスさんが責任を取ってくれるんだから。


 ましてや、ここにはクラフターの王子がいるわけだし、何か大きな実績を作ったとしても、表向きな罪を……いや、手柄を受け取るのはクレス王子のはず。


 リズがBランク冒険者に昇格して、王族と関係を持てるというおまけ付きでもある。これには、ずっと隣で非常識の世界を満喫してきたリズもニッコリだ。


「私の記憶が確かなら、ノルベール山は鉱山だったはずだよ。鉱物が採掘できないと判断されて、今は鉱山だと知る人も少ないと思うんだー。ねえ、どうしてこんなことが魔法力学の本で紹介されていたのか、ミヤビはわかる?」


 背中に羽が生えるような質問をされ、思わず俺もニッコリしてしまう。


「ミスリル鉱石を採掘していたに決まってるだろう。へへへっ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

2025年5月24日より、新作『モフモフ好きのオッサン、異世界の山で魔物と暮らし始める』を投稿しております! ぜひチェックしてみてください!

https://ncode.syosetu.com/n1327kn/

+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ