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第82話:頑張るヴァイスさん

 エレノアさんとのお泊り会が終わり、三日ほど経って、雪の影響が少なくなった頃。白い息を吐く冒険者たちが、次々に街の外へと向かっていく。


 会話の内容を聞いている限り、多くの冒険者たちが依頼へ向かうみたいだ。かなりの人数だし、大きな荷物を持っているから、何かあったのかな。寒さの影響もあってか、全員が真剣な顔をしている。


 食料の買い出し終わりの俺とリズとは、まるで違うな。最近はリズも戦闘していないし、もうそろそろ冒険者業も再開した方がいいだろう。戦闘の勘が鈍ったら、大変なことになる。


「リズ、俺たちもギルドで依頼を受けるか? なんか大きな依頼がありそうな雰囲気だし」


「雪が落ち着いてきた影響かな。街道で孤立した護衛依頼を受けた人たちに、救援物資を届ける依頼が発生してるんだよ。体調を崩す人もいるし、雪で動けなかった魔物も活発に動き出すから、助け合いみたいなものだね」


「なるほど。雨よりも影響が大きい雪は、被害がデカくなりやすいもんな。適当に食料を買い漁って、俺たちも行くか?」


「ダーメ。ミヤビが行って活躍しちゃったら、今後の救援依頼に支障が出るでしょ。雪で依頼を受けられなかった低ランク冒険者の救済でもあるし、ああいうのってね、多くの物資を持ってきてくれなくても、大勢の人が来てくれた方が嬉しいんだから」


 どうりで大きな荷物を背負う人が多いわけだ。低ランク冒険者たちが荷物を運び、ランクが高い冒険者たちが魔物討伐を引き受けるんだろう。リズも救援された経験があるみたいだし、ここは先輩冒険者の意見を尊重するか。


「でも、今日は何するんだ? ヴァイスさんの付与魔法の練習がなくなって、グウタラ生活になってるぞ」


「ミヤビが見てないだけで、私はシフォンちゃんにもらった本を読んで勉強してるもん」


「昨日はリビングのソファーに座って、本を読んでると思ったら、寝てたけどな。カレンが部屋に入ると、ベッドの上で本を片手に高確率で寝てるとも言っていたぞ」


「……よ、読んでるもん。ちゃんと、読んでるもん」


 だんだん声が小さくなり、目を合わせなくなったリズは、サボりモードに入っているのは間違いない。雪遊びで底なしの体力を持っていることが発覚したばかりだし、あとで冒険者ギルドに依頼の確認だけでもしに行こうと思う。


 そんな俺たちが先にやって来たのは、ヴァイスさんの店だ。リズに任せっぱなしだった付与魔法がどうなったのか、確認するためにやってきた。


 店内に入ると、朝でも大勢の人で賑わっている。武器をじっくり見る人もいるが、半分以上は冷やかしだな。常に工房で火を使うこの店は、けっこう暖かいから。


 商品に当たらないよう中を進み、弟子さんたちに会釈して顔パスで奥の工房にやって来ると、ちょうどヴァイスさんが剣を打ち終えたところだった。


 俺たちをチラッと確認しても、すぐに剣と向き合い、いつになく真剣な顔をしている。何度も出来栄えを確認する姿は、鍋焼きうどんで口内を火傷した人と同一人物とは思えないほど、職人である。


「早えな。もう昼メシか」


「俺の顔で昼ごはんだと判断しないでくださいよ。様子を見に来ただけですから」


「ガハハハ、うどんみたいな顔しやがって、紛らわしい」


 どんな顔だよ。本気で間違えてたとしたら、うどん依存症だわ。……なんだよ、うどん依存症って。


「それで、付与魔法は大丈夫ですか?」


「魔力の強弱は付けられねえが、何とか形にはなった。今は鍛冶に応用できないか実験中だ。普通の鉄に施せば、刀身が熱で溶けて話にならねえがな」


 妙に床が汚れてると思ったら、付与魔法で溶けた鉄の跡ってわけか。


「繊細な素材には、やっぱりクラフターにしかできそうにありませんね」


「基本的に付与魔術は、多くの魔力を消費して、武器や防具を強化するためのもんだ。弱い魔力を丁寧に張り巡らせるなんてマネは、鍛冶師のやることじゃねえ。付与魔法に耐えうる武器を作って付与するのが、鍛冶師の仕事だろ」


 最初からそういう作戦だったのか。色々な素材で武器を作る鍛冶師とクラフターでは、考えることが違うな。


「クラフターと明確な住み分けができていいと思います。耐久性の高い魔物の素材をベースに作れば、案外いけると思いますし」


「やってみねえとわからねえが、難儀なのは間違いねえ。簡単にできてもらっても、張り合いはねえがな。で、カレンはどうなった? 数日前、雪掃除に来てたが……何をやらせてるんだ?」


「簡単に言えば、クラフターの修業の一環です。色々やらせてみたら、急成長しちゃいましたけど、不要でしたか?」


「ガハハハ、わかってて聞くんじゃねえよ。また借りができちまって、借り地獄状態だ。うちの付与魔術業務が滞った分、小さな借りになったがな」


 それはヴァイスさんが仕事をやらずに、付与魔法の練習ばかりしてたせいだろう。弟子たちも文句を言わずに働いてるみたいだったから、俺が口を出すことではないけど。


「いえいえ、これで俺もカレンに仕事を回せるようになるので、借りは本人に返してもらいますよ。女性もののアイテムを製作するなら、カレンに任せた方がトラブルに巻き込まれませんから」


「しまった、カレンもとんでもねえ奴に目を付けられたな」


「ドラゴン素材を使った武器を修理させる人より、何倍もマシだと思いますけどね」


 実際にクラフト作業をするカレンは、見てるこっちが微笑ましくなるほど、毎日が楽しそうに見える。まだ挑戦はしていないけど、宝石を使って自分のアクセサリーを作る夢も叶うレベルには到達した。


 ヴァイスさんもカレンも、もう気づいているだろう。一人前のクラフターになった以上、ヴァイスさんの店で働く意味がないということに。


「クラフトしたアイテムも品質が上がりましたし、今後はカレンもクラフターとして注目を浴びると思います。ヴァイスさんの判断次第になるとは思いますけど」


「改めて判断することは何もねえよ。言ったろ、うちの付与魔術業務が滞るってな」


 バッと上着をめくった下には、カレンが作ったであろう黒いシャツを着ていた。雪集めをしたときにでも、試作品を渡していたみたいだ。工房内の弟子たちまでバッと服をめくってるから、キッチリ全員分を配っているらしい。


 恥ずかしがり屋なだけで、なんだかんだでカレンはしっかりしてるし、俺が心配する必要はなかったか。ヴァイスさんも弟子が輝く姿を見れて、嬉しいんだと思う。


 そんな見慣れた肌着を見せられていると、ふとリズが何かに気づいたようだ。目を細めて、ヴァイスさんの腹を見つめている。


「ヴァイスおじさん、もしかして、太った?」


 朝からずっと付与魔法の練習を続け、鍋焼きうどんの食べ過ぎで、ヴァイスさんの腹がだらしなくなったのは、事実だ。


 でも、それは……リズも一緒なわけで……。


「自分で気づいてねえのかもしれねえが、お前も人のこと言えねえぞ。顔が丸くなってるぜ」


 遠慮という言葉を知らない育ての親であるヴァイスさんの一言で、リズが固まったのは言うまでもないだろう。乙女のハートにクリティカル攻撃が叩き込まれたのであった。

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