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第81話:値段決め

 その日の夜、予定通りに鍋焼きうどんを食べた後、エレノアさんとカレンと一緒に付与魔法の値段を決めることになった。


 すでに何度かカレンと二人で話し合っているけど、なかなか決まらないんだ。クラフト業務が安いと文句を言っていたのに、いざ値段設定を高くしようとすると、カレンが反発してしまう。


 クラフターが高値で販売したら、みんなに怒られる、と。


 俺としては、クラフターにしかできない技術なんだし、それ相応の値段をつけるべきだと思うんだよな。今まで冷遇されていたのなら、クラフターの価値を変える良い機会なのに、何度言ってもカレンが理解してくれない。


 そのため、カレンのジャージを着てくれたエレノアさんに意見を聞くことになったんだ。冒険者ギルドの職員であれば、一般的な金銭感覚を持ち合わせているはずだし、すでに付与魔法の価値を理解してくれているから。


 なお、付与魔法の恩恵を一番受けているリズは、「貯金を振り絞ってでも買い占めるよ」と言い切るので、参考にならない。今日はエレノアさんがリズの部屋に泊まることもあり、今は部屋の掃除に勤しんでいる。


「率直に聞きますけど、エレノアさんなら、この肌着をいくらで買いますか?」


 机の上に置かれているのは、カレンが作った女性ものの肌着だ。長袖の黒いシャツと黒いタイツで、それぞれ火魔法が強めに付与されているため、雪の日でも温かさを感じるほどのポカポカグッズになる。


「うーん、難しいですね。裁縫師が販売する店に置かれていたら、金貨三枚で販売されていても、品切れ状態が続くと思います。私も上下ともに二枚ずつは買うでしょう」


 金貨三枚と聞いたカレンは、簡単な足し算にもかかわらず、指で数えて計算を始める。ワナワナと手が震えて、あまりの金額に驚きを隠せていない。


 何といっても、一枚のシャツを素材からクラフトして付与魔法を施すまで、三十分程度しかかかっていないのだ。


 金貨一枚は日本円で一万円の価値になるため、時給六万円というぶっ飛んだ仕事をしたことになる。少し前まで時給千円程度のアルバイト並みだったクラフターが、いきなり勝ち組人生になり、カレンの混乱は止まらない。


「金貨三枚で上下二枚ずつなら、合わせて金貨十二枚になりますけど、そんなに払っても大丈夫ですか?」


 俺が合計金額を口にすると、カレンが過呼吸になるくらいには、衝撃的な値段である。


「防寒対策がグッと楽になりますし、夜も快適に眠れると思いますから。もう少し値段が安いのであれば、あと二枚ほど欲しいくらいです。この時期の生活必需品になると思いますよ」


「やっぱり雪が降るくらい寒いと、最低でも二枚は必要ですよね。温熱ブロックを使用した仮拠点だと必要性をあまり感じませんけど、宿やギルドは寒い印象がありますし」


「冒険者ギルドは人の入れ替わりが激しく、建物の中でも外と同じような寒さになります。業務内容にもよりますが、私は座る時間が長いですし、普段から内側に着込むため、寒い時期は大きいサイズの制服を購入します。一般的に考えても、着込む必要がない分、余分に服を購入する必要がなくなり、金銭的にもゆとりが出ると思いますよ」


 今日のエレノアさんが華奢に見えていたのは、そういうことだったのか。この間は仕事中にポカポカクッションを膝に乗せていたし、俺が考えている以上に寒いんだろう。


 それなら、提案してくれた値段でも大丈夫そうだな……と思う反面、一つだけ落とし穴がある。エレノアさんが最初に言ってくれた通り、『裁縫師の店に置かれていた場合』の話になるんだ。安く見積もられるクラフターが作った場合は、自然と価値が下がってしまう。


「実際にクラフターが販売するとしたら、最初だけでも、もう少し値段を下げた方がいいですよね」


「賢明だと思います。丈夫な生地を使っていますし、安物の印象は受けませんが、どうしても価値は下がるでしょう。最初は高値で金貨二枚、在庫が増えるようであれば、金貨一枚が妥当だと思います」


 俺もそれくらいが妥当だと思う。シャツにしては高い値段になるけど、この世界には暖房がない。寒い時期を快適に過ごせると思えば、電気代や灯油代がかからないし、かなり経済的な値段だと思う。


「き、金貨二枚なのですかッ!!」


 それでも、やっぱりカレンにとっては衝撃的な値段みたいだが。


「もっと現実を見た方がいいぞ。実際にカレンが作ったジャージを着て、エレノアさんがそれくらい出してもいいと思ったんだ。何年も付与魔術を使い込んできたカレンでも、習得には時間がかかったんだし、金貨三枚でもいいと思うけどな」


「金貨三枚はダメなのです! 絶対に暗殺者がやってくるのです!」


「落ち着いてくれ、金貨三枚は命を狙われるような金額じゃないぞ。ヴァイスさんの店では、もっと高値で付与魔術業務をしていただろう?」


「それは、そうなのですけど。これは、私が最初からクラフトしたものなの……ですよ?」


 しゅーんと縮こまり、だんだんと声が小さくなっていったのは、それほど自分のクラフトに自信がない証拠だ。どれほど良い商品を作ったとしても、長年クラフト商品が安く売られてきたため、なかなか受け入れることができていない。


「裁縫師が営む店に行ったことはあるが、ハンドクラフトで修正を加えてる以上、あまり大差はない。付与魔法を肌着だけで留めているうちは、向こうも文句は言いに来ないだろうし、カレンが作った肌着を金貨二枚でも欲しい人は多いと思うぞ」


「私も同意見になります。寒い時期にファッションが自由に楽しめる利点は大きいですし、多くの方が喜ぶと思いますよ。今も家でガタガタ震えている人は多いですから」


 高値がついてガタガタと震えてる人もいますけどね。


「値段を高額設定にしすぎると、カレンが持たなそうだし、エレノアさんの案を採用しよう。他の付与魔法業務に関しては、肌着の値段を基準にしたらいいだろう。今のところはトレンツさんに請求する程度だし、それくらいなら喜んで払ってくれると思う」


 生産ギルドを通じて販売する方法も考えたけど、俺もカレンも身動きが取れなくなるくらい働くことになりそうだからな。いくら儲けられるとしても、街の住人全員分は作れないし、他の地域からも声がかかったら、厄介なことになりそうだ。


 カレンは恥ずかしがり屋だし、紹介制で始めてもいいかもしれないが。


「あら? じゃあ、私はどこで買えばいいのかしら。困りましたね、これから寒さが本番になるというのに」


 エレノアさんには後で渡そうと思ってたんだけど……、カレンから購入しようとしてくれてるみたいだ。実際にカレンも販売した方が実感するだろうし、お言葉に甘えさせてもらおうかな。


「カレン、お客さんが来たみたいだから、在庫があるものは出してあげてくれ。お得意さんだし、少しくらいは値引いてあげてもいいと思うぞ」


 本当に自分の商品を金貨二枚でも買ってくれるのか、大混乱に陥ったカレンは、もう目の焦点が合っていない。頭をフラフラさせて、椅子から立ち上がる。


「い、いらっしゃっいなのですッ!」


 ボボボボボンッ! と大量に肌着を取り出すカレンは、机に肌着の防壁を作ってしまう。その姿を見て、俺は思った。


 エレノアさんに言われた『ミヤビくん二号』という称号も、あながち嘘ではないな。いつの間にこんなに作ったんだよ、肉王子ならぬ、『肌着クイーン』と呼ばれるぞ、と。

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