第74話:エレノアさんに報告しよう
付与魔法の練習を始めて、一週間が過ぎる頃。作業に慣れてきたカレンが、座布団に火魔法を付与することに成功した。
ポカポカ座布団を抱えて嬉しそうに笑うカレンを見て、一番喜んでいたのはヴァイスさんだ。上機嫌で「ガハハハ」と笑い続けると、工房内が明るい笑顔で埋め尽くされ、付与魔法の練習で苦戦していた雰囲気が嘘みたいだった。
カレンが初めて作ったポカポカ座布団を「ヴァイス様に使ってほしいのです~!」とプレゼントしたら、泣き崩れたけど。
弟子を大事にするヴァイスさんに、あれはやっちゃダメだ。一緒に頑張って練習していたから、余計に感動したんだろう。なぜか弟子たちも涙を流し始めて、騒然とした空気に包まれていたよ。
今はその座布団にヴァイスさんが座り、付与魔法の練習を続けている。といっても、ヴァイスさんもコツをつかみ始めた感じがあって、材質の違う石ブロックで練習中だ。リズとカレンに見守られながら、頑張ってやり遂げてほしい。
そんな中、俺は一人で鍛冶屋を離れ、冒険者ギルドに足を運んでいる。ヴァイスさんに関わっていることを、エレノアさんに報告するためだ。
「こんにちは、エレノアさん。ヴァイスさんに頼まれて、付与魔法を教えることになったので、今回は忘れずに報告しに来ました」
一週間も遅れてしまったということは、キッチリ隠し通すつもりだ。実は忘れていたなんて、口がすべっても言えない。
キョトンとした表情を浮かべるエレノアさんには、余計なことを言わない限り、気づかれないと思う。
「状況を理解しているつもりですが、ヴァイス様に教えてもらうのではなく、ミヤビくんが教える側でよろしいですね?」
「そうなりますね。最初は、店の半年分の売上を報酬に指名依頼を出すって言われたんですけど、さすがに断りました。リズにも手助けしてもらっているので、交流を深める目的で取り組んでいます」
「あの……ポカポカクッションの話、ですよね。ヴァイス様が指名依頼を出し、半年分の売上を報酬にしようと思うほど、難しいのですか?」
絶望に満ちた表情をエレノアさんが浮かべるのは、トレンツさんの屋敷で渡したポカポカクッションを、冒険者ギルドで使用しているからだ。膝の上に乗せて暖を取っているところが、俺の視界に映っている。
温かく心地いいなーと思っていたものが、いきなり高額アイテムだとわかれば、焦るのも当然のことだろう。
「やっぱりエレノアさんが引くぐらいの額になるんですね」
「詳しい金額はわかりかねますが、貴族依頼よりも高額になるのは、間違いないかと。さすがにその領域まで差し掛かると、生産ギルドに登録の変更をお願いしなければなりませんから、断っていただけて、何よりです……」
現実離れした話で実感がわかないのか、エレノアさんの声がだんだん小さくなっていった。
言われてみれば、俺がやってる行動は冒険者じゃないんだよな。本職がクラフターだから、当たり前の話ではあるんだけど……、今は生産ギルドに移ろうとは思わない。
生産ギルドの依頼をこなして、クラフトしたアイテムを納品するだけだと、すぐに物足りなさを感じると思うんだ。
あくまで俺は、作ったものを自分で使いたい気持ちがベースにあるため、趣味の領域になる。多くの人に使ってもらえるように商売するより、親しい仲間に喜んで使ってもらいたい。
自給自足に近いリズとの冒険者活動が、一番面白いと思うんだよなー。
「ヴァイスさんが苦戦してるというよりは、鍛冶師には難しい技術みたいですね。違うクラフターにも教えたんですけど、その子はできるようになりましたので」
「信じがたい話ですが、ミヤビくんが虚偽の報告をするとは思えません。トレンツ様も関わるほどの案件ですし、シフォン様の手紙とリズちゃんの話を思い出すと……、あり得ない話ではないと思います」
「あぁー……、護衛依頼の話ですね。あの時はかなり準備しましたし、普段はもっと常識の範囲で行動してますよ」
「ミヤビくんの常識は、私のなかでは非常識に分類されます。物の価値観が違いすぎると思いますよ」
「そんなことないです。指名依頼を断ったのだって、俺が作ったベッドを、ヴァイスさんが金貨二百枚で買ってくれたからなんですよね。半年分の売り上げとなれば、恐ろしい金額を渡してくると予測できたので、怖くて依頼を受けられませんでした」
そういえば、ベッドを購入してもらったことも言ってなかったか、と俺が気づいたのは、エレノアさんが泣きそうな顔で見つめてきた時だ。個人的な取引とはいえ、二百万円で買ってくれましたー! なんてことを急に報告すれば、混乱させたのは間違いない。
「ミヤビくん、一生のお願いがあります。恐ろしい報告で連続攻撃するのは、絶対に控えてください。心臓が持ちませんし、別室で詳しくお話を聞かせていただきます」
ヴァイスさんの話になると、いつもエレノアさんを怒らせてる気がするなーと思いながら、俺は別室へと案内されるのだった。