第71話:シュルツットの魔法属性理論
「やっぱり一人でやるとわからねえな。ミヤビ、もう一回魔力で目印をつけてくれ」
朝から付与魔法の練習を続けているけど、俺が補助をしたとしても、ヴァイスさんはうまく感覚がつかめずにいた。
「微量の魔力で目印を作るのは、俺も集中力を使います。疲労が蓄積した状態ではうまくできませんし、いったん休憩にしましょう。数をこなして練習したい気持ちもわかりますけど、集中力を高めて、確実に魔力の通り道を把握した方がいいと思います」
「簡単に言ってくれるが、どれだけハードルが高いことなのか、自分で気づいてないみたいだな。今ならドラゴン素材の修理よりも難しいと、断言できるぞ」
「俺に文句を言われても困ります。そんなこと言ってる間に、カレンに追い抜かれても知りませんよ」
「やめてほしいのです~! 私にドラゴン素材の修理が回ってきます~」
慣れない作業の連続だった影響か、泣き言を言うカレンは、魔力を消耗しすぎてヘロヘロ状態だった。近くの椅子にヴァイスさんと一緒に腰を下ろして、疲れ果てている。
このまま練習を重ねれば、カレンは付与魔法ができるようになるだろう。魔力を弱く付与する繊細な魔力コントロールの練習は残っているけど、服に付与魔法を施す程度なら、二週間もあれば大丈夫だと思う。問題は、魔力の流れがうまく把握できないヴァイスさんの方だな。大きな壁にぶつかって、なかなか前に進めていない。
ヴァイスさんもそれに気づいているんだろう。休憩中でも難しい顔をして、魔力の流れを考えているように見える。
そんな二人の光景を眺める俺とは違い、作業を見学していたリズは、ジッと付与魔法の練習で使う木ブロックを眺めていた。何か思うところがあるみたいで、二人の作業も真剣な顔でずっと眺めていたが。
「ねえ、ミヤビってさ、付与魔法以外に魔法は使えたっけ?」
「いや、使えないな。練習したことはあるんだけどさ、才能がないみたいなんだよ」
この世界に来てから、最初はクラフトのことばかりで頭がいっぱいで、魔法の練習をしようとは思わなかった。でも、リズの攻撃魔法を見ていたら、使ってみたくなったんだよな。夜にこっそり練習した結果、まったく使えなくて落ち込んだけど。
「生産職の人は、それが普通だと思うの。戦闘職の魔法と生産職の付与魔術では、扱う魔力の性質が異なることが証明されてて、うまく扱えないみたいだよ。だから、『魔法』と『魔術』って言葉で区切られてるの。それを考えると、魔法を付与してること自体がおかしいと思うんだー」
そういえば、VRMMO『ユメセカイ』の中でも、クラフターシステムが実装された時、キャラを作り直すアナウンスがあった気がする。魔法システムに干渉するため、クラフトキャラは別に作ってください、と。
俺はクラフターシステムが導入された時に始めたから、詳しくは覚えていないが。
「でも、実際にできてるんだよな。俺だけじゃなくて、昨日はヴァイスさんも座布団を付与魔法で燃やしていたぞ」
「うん、できないわけじゃないと思うの。私も【魔法チャージ】で魔法を強化するけど、あれは付与魔術を参考に作られた技術なんだよね」
以前、グラウンドシープを討伐する際、リズは攻撃力を向上させるスキル【魔法チャージ】を使っていた。術者への反動が厳しいスキルだと思っていたけど、そもそも、魔法を形成する魔力と強化する魔力の種類が違ったのか。同時に異なる性質の魔力を扱うのは、難しいことなんだろう。
「じゃあ、リズも付与魔法ができるのか?」
「私には無理かな。魔力チャージは難度が高くて五分で限界だし、基本的に戦闘職の魔力は物質に流れないの。だから、例外であるミスリルは高価な素材に分類されるんだよ」
父親の形見である杖をチラチラと見せつけるリズを見て、俺は察した。
「形成した魔法は物質扱いになるから、ミスリルの杖で魔力の性質を変化させないと、強化できなくなるってわけか。素材に与える影響を考慮すれば、魔法チャージと付与魔法は同じ技術かもしれないな」
「少なくとも共通部分は多いと感じるかな。それなら、魔法力学の同じ理論が当てはまると思うの」
得意げに話すリズを見て思い出されるのは、宿で付与魔法を施した時のこと。意味のわからない理論を俺にぶつけてきたし、護衛依頼でもシフォンさんたちと難しそうな勉強をしていた。
「私が見た限りでは、ベナルークの魔力浸透法をベースにしてると思うんだよね。それなら、シュルツットの魔法属性理論が適用される気がするんだけど、どう思う?」
「まず、そいつらが誰だよって思う。さすがにヴァイスさんも知らないだろ」
「百年前に活躍した帝国の大魔道師ベナルークと、弟子のシュルツットだな。確かに名前ぐらいしか知らねえぜ」
名前は知ってるのかよ。そこに一番驚きだわ。生産ギルドの名誉会長なだけあって、博識だな。
「元々は、上級魔法を進化させるために開発されたんだけど、ベナルークの死後、研究を引き継いだ弟子のシュルツットが、上級魔法に魔法チャージはできないと結論を出したの。その時に一緒に発表された魔法属性理論が革命的で、今の魔法構築理論が作り出されたのは……」
「リズ、俺たちは置いていかれてるぞ。ヒントを出してくれるなら、もっとわかりやすく教えてくれ」
最近は夜寝る前に、シフォンさんからもらった本を読んでるみたいだし、誰かと魔法理論について語り合いたいんだろう。不完全燃焼っぽい顔をされても困るけど、こっちは魔法理論をまったく勉強していない人間だぞ。
「簡単に言うと、属性の特徴を考慮して魔法を構築すると、楽にできるってこと。魔法チャージみたいに時間のかかる場合は、魔力コントロールの負担が減る分、術者にかかる負担も軽減されるの。付与魔術には適用されないらしいけど、魔法を付与するのなら、適用されるのかなーって思って」
付与魔術で適用されないというのは、あくまで魔法とは異なる存在になるんだろう。剣に付与魔術を施したとしても、熱を持ったり、燃えたりすることはない。でも付与魔法の場合は、通常の魔法と同じ働きをする。
だから、魔法属性理論が活きてくるかもしれないってことか。
「具体的な方法としては、火は一点を中心にして燃え広がるから、下から上へ魔力を流す感じかな。水は上流から下流へ流れることを考慮して、上から下へ魔力を流すの。同じように、風は横から、土は中心から魔法を構築すると、魔力コントロールがやりやすくなるんだよね」
「自然現象を参考にして、魔法を構築しなさいって感じか。意識したことはなかったし、一回やってみるよ」
リズの話を参考にして、俺は木ブロックに火魔法の付与を試みる。
木ブロックの底から、燃え広がるように魔力を流していく。すると、魔力を流す量に比例して、スムーズに流れ始めることがわかる。抵抗が少なく素材に浸透し、魔力が誘導してくれるような印象を受けた。
魔力量に比例するため、弱い魔力を使う付与魔法と相性がいいとは言えないけど、コツをつかむには十分な方法だ。
「シュルツット、すげえな! 名前覚えちまったよ!」