第65話:アンジェルムの街に帰還
シフォンさんの護衛依頼が無事に終わり、王都で一泊した翌朝。予定通り、俺とリズは王都を後にした。
周囲の警戒は最低限の範囲に留め、自分たちのペースで街道を歩き進める。護衛依頼で王都へ向かう道中、街道を整備していたこともあり、魔物以外に障害はない。ポカポカアイテムをフル装備する俺たちは、大自然の脅威にも負けていなかった。
戦闘で邪魔になりやすいマフラーと手袋はやめて、首にはポカポカネックウォーマーを、手首にはポカポカリストバンドを装着。見晴らしのいい街道を歩くだけなので、魔物に気づきやすいこともあり、ポカポカイヤーモフまで導入した。元から肌着と靴下もポカポカにしてあるため、完璧な防寒対策である。
「ミヤビの言うこと、ちゃんと聞いておけばよかったよ。今度から腹巻は寝る時だけにするね」
当然、歩くと体内で熱が生み出されるので、やりすぎは禁物だ。寒がりで冷え性のリズが、暑すぎて後悔する事態に陥っている。
「温かい環境で寝られるんだし、腹巻はもっと冷え込んだ日だけにした方がいいぞ」
また寝坊するから、という余計な一言は言わないでおく。
護衛依頼の緊迫した空気が緩んでしまい、またリズは寝坊するようになったんだ。赤壁の問題もあったし、シフォンさんとアリーシャさんが同室で眠っていたから、無意識に気を張って、深い睡眠が取れなかったのかもしれない。
パーティで行動するうちはリズしか戦闘できる人がいないため、見張り役がいない夜になると、小さめの地下空間を作ってノビノビと過ごしているよ。土魔法を付与した硬質ブロックで周囲を囲めば、魔物に襲われたとしても、ブロックを壊そうとする音で気づくから。
だらしない顔で眠るリズが、すぐに起きるとは限らないが。こんな場所で実家のような安心感を持たれると、俺が心配で寝付けないわ。
そんな日々が一週間ほど過ぎると、無事にアンジェルムの街に戻ってきた。門兵さんに冒険者カードを見せて、街の中へ入った後、冒険者ギルドへ向かっていく。
王都の冒険者ギルドで、赤壁の四人がどんな報告をしたかわからないから、まだ護衛依頼の報告ができていない。事情を知ってるエレノアさんに説明して、依頼処理をやってもらおうと思っているんだが……。
「前から来る人、エレノアさんだよな」
「うん、エレノアさんだね」
街中を歩くエレノアさんを見つけた。冒険者ギルドの制服に茶色のコートを羽織っているため、今日は営業の仕事でもあるのかな。書類が入っているであろう大きな封筒を両手に抱えている。
目を細めるエレノアさんも俺たちに気づいたのか、ゆっくりと近づいてきた。
「護衛依頼へ向かわれていましたよね。帰りが随分と早いように思いますが、大丈夫でしたか?」
半月も経っているとはいえ、普通はすぐに街へ戻って来ないんだろう。無事に依頼を終えたなら、王都でゆっくりして、依頼の一つや二つはこなすはず。貴族の依頼で大金をもらうとなると、羽を伸ばすのが一般的かもしれない。
早く戻ってくるとしても、せめて護衛依頼しながら街へ帰ってくると思う。二人ですぐに戻ってきたこともあって、トラブルがあったと思われているに違いない。エレノアさんが心配そうな表情を浮かべている。
ニコッと笑みを返すリズを見れば、杞憂だったとわかるだろうけど。
「依頼は無事に終わり、シフォンちゃんとも良好な関係を築けました。また赤壁の四人が暴走してる気がして、早めに戻って来ちゃいましたけど」
「無事に終わって何よりだと思うんですが……、赤壁の暴走というのはどういう意味でしょうか」
「途中で過保護が出てきちゃったというか、ミヤビにも過保護になっちゃったというか。詳しく話をしたいんですけど、エレノアさんは仕事中ですよね」
「普段は受付業務ばかりですが、魔物の災害が起きた場合の対処法を話し合うため、今日は領主のトレンツ様の元へ向かっています。前年度の担当者が転勤して、今年は私が担当することになりまして」
手元に持つ大きな封筒は、その資料というわけか。住人の避難経路や冒険者と兵士の連携など、色々なことが書かれているんだろう。冒険者経験のあるエレノアさんが適任だと判断して、抜擢されたに違いない。
街で一番偉い貴族と話し合い、責任の重い大きな仕事となれば、嫌そうな顔をするエレノアさんの気持ちもわかるよ。
「俺たちも一緒に行っていいですか? シフォンさんから手紙も預かってますし、トレンツさんに相談したいことがありますので」
「私も護衛依頼の件が気になりますし、構いませんよ。赤壁の皆さんが護衛した以上、命の危険はないと考えていましたが、最近のトレンツ様は地に足が着かない状態です。そちらの方が話し合いもスムーズになるかもしれません」
トレンツさんも過保護だもんなーと思いながら、三人で一緒に歩き始めると、エレノアさんの視線がリズに集まる。誰も付けていないイヤーモフと、ネックウォーマーに興味があるみたいだ。
「随分と温かそうな格好をされていますね。王都で新しい防寒グッズが発売されましたか?」
「いえ、ミヤビが作ってくれました。取り外すと一気に冷えるので、寝る時以外は着用しています」
「冒険者でも着用しやすそうで、画期的ですね。初めて見ましたよ」
「本人にも、時代を先取りしている自覚を持ってもらいたいです。平然とした顔で渡してくるんですよ」
「ミヤビくんはそういうところがありますよね。受付カウンターに肉の防壁を作る方ですし、著しく常識に欠けている気がします」
二人してジト目にならなくてもいいと思うんだよな。悪いことはやってないし、今回の護衛依頼も高評価で終わったのは、クラフトスキルのおかげなんだぞ。
「ミヤビがこんなことばかりするから、私の常識が改変されてきてるんですよねー。エレノアさんも気を付けた方がいいですよ」
「護衛依頼の報告を聞くのが怖くなってきましたが、大丈夫でしょうか……。嫌な予感がするのですが」
「遅かれ早かれ、この街にミヤビがいる限り、非常識の世界に踏み込まなければなりません。快適な生活という沼に引きずり込まれますけど、いい世界ですよ」
「報告書を作成する回数が増えないことを祈ります」
褒められてるのか、けなされてるのかわからないけど、本人を前にして言うことではないだろう。ここはガツンッと言って、男らしいところを見せつけてやるか。
「すいません、報告書の作成は増えると思います。埋め合わせはするので、許してください」




