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第64話:贅沢思考

 野営で使っていたベッドに交換して、頼まれていたものに付与魔法を終えると、日が沈み始めていた。学園の正門まで二人に見送ってもらうと、アリーシャさんに一つの封筒を手渡される。


「色々とお手数をおかけしました。お嬢様に手紙を書いていただきましたので、トレンツ様にお渡しください」


 護衛依頼の途中で、ポカポカクッションを譲る代わりに、一筆書いてもらうように言ったのは俺なんだが……。


「随分と分厚いですね」


 何十枚の紙が折りたたまれているのかわからないほど、肉厚な封筒になっている。


「今後の付き合い方や護衛依頼の感想を含めて、お嬢様も思うところがあったのでしょう。およそ一週間の旅でしたが、いつも年上の冒険者に同行していただいてばかりで、打ち解けられない部分も多い印象でしたから」


 元々冒険者は野蛮な人が多いと聞くし、同年代で活躍できる女性冒険者というのは、本当に貴重な存在なんだろう。参考書の盗賊化したリズが、野蛮かどうかは別にして。


「シフォンちゃん、本当にありがとう! 大事に読むね!」


「例の件だけ内緒にしていただけたら、本当にけっこうですので……」


 ぬいぐるみ遊びが趣味だったとバレて、最後の最後で打ち解けきれなかった雰囲気になってるけど。すでに読み終えた不要なものとはいえ、口封じの本もインベントリにいっぱい入っている。


 コッソリとアリーシャさんに事情を説明して、必要なものが混ざってたら返すとフォローしておいたし、問題はないだろう。なんだかんだで特大クマさんのぬいぐるみを一番喜んでるのは、シフォンさんだからな。


「リズ様にもお伝えしましたが、宿を手配させていただきました。学園に近い場所にある大浴場付きの宿になりますので、本日はごゆっくりとお休みください」


「お気遣いいただいて、ありがとうございます。正直、赤壁の四人から解放されてホッとしましたよ。今日はゆっくり休めそうです」


「私たちは常に快適でしたので、毎日ゆっくり休暇をいただいたような気持ちでした。護衛依頼後もこちらの我が儘に長時間お付き合いいただき、本当にありがとうございました」


 アリーシャさんと依頼の話を終えると、近くにいたメルがアリーシャさんの袖をチョンチョンと引っ張っている。長い付き合いなのか、それだけで話が伝わったみたいでアリーシャさんが頷いている。


「メルはどうするんだ?」


「……しばらくは熊谷ススムくんと一緒に過ごす」


「クマのぬいぐるみに独特な名前を付けたな。シフォンさんが納得するならいいけど、多分、却下されるぞ」


 えっ? とメルが驚いていると、シフォンさんがムッとした表情で振り向いた。


「メル様! 名前はベアルーチェと言ったではありませんか!」


 ネーミングセンスがありすぎるのも問題があるな。クマのぬいぐるみにまったくフィットしていない。


「……間をとって、ベアルーチェ・ススム」


「わかりました、そちらで妥協しましょう」


 本当にそれでいいのだろうか。本人たちが納得するのであれば、俺が口出しするところではないけど……、やっぱりクマのぬいぐるみにはフィットしていない名前だと思う。


 シフォンさんに改めて護衛依頼の感謝を言われた後、俺とリズは学園を後にした。


 時間も夕暮れ時だったため、リズに案内を任せて宿へ向かう。五分ほどで大きな宿に到着すると、久々の大浴場を満喫し、ちょっぴり物足りない夕食を食べた。


 塩コショウの利いたオーク肉のステーキがメイン料理では、今の俺の胃袋を納得させることができない。今日の昼ごはんに食べた、とんこつラーメン餃子付きの方がおいしかったんだ。宿のスープもおいしいとは思うけど、パンチが足りないんだよなー。


 部屋に行って、少し固いベッドに寝転がっていると、コンコンッと部屋の扉がノックされる。風呂に入ったばかりにしては、不満そうな顔を浮かべるリズだ。


「ミヤビ、王都でやりたいことはある?」


「どんな場所かも知らないし、特に何もないぞ。シフォンさんのクラフト依頼も終わったからな」


「じゃあ、明日にでも帰ろっか。仮拠点が恋しいの」


 仮拠点を作った俺としては、素直に恋しいと言われると、グッと来るものがある。まだ仮拠点に一週間ほどしか生活していないのに、随分と愛着を持ってくれてるみたいだ。


「俺は構わないけど、冒険者ギルドの依頼を見ておかなくてもいいのか?」


「そもそも、冒険者ギルドに行きたくないの。絶対に変な噂が流れてるし、早く王都から脱したいもん。エレノアさんに事情を説明すれば、依頼処理はしてもらえると思うから」


「過剰に盛られた虚偽報告を赤壁にされていたら、色々聞かれて長くなりそうだもんな。早く帰って本拠点の建設に向けて、色々準備をするか。仮拠点のまま放置してると、ヴァイスさんにも笑われるだろうし」


 まずは設計図から書かないとなーと思っていると、リズが額に手を当て、ため息を吐いた。


「ちなみになんだけど、この宿について、ミヤビはどう思う?」


「悪くはないと思うぞ。大浴場もそれなりに広かったし、料理も不味くはなかった。贅沢を言えば、ベッドがもう少し柔らかいと嬉しかったなーと思う程度だ。でも、ベルディーニ家のシフォンさんの代理でアリーシャさんが用意してくれた宿だし、けっこう良いところだよな」


「そうだね、私も同じ気持ちなの。一泊金貨二十枚もする王都で一番有名な宿で、貴族が賓客をもてなすために、特別に造られたはずなのにね。十年前にヴァイスおじさんが建築に携わってるから、最高級のものが揃ってると思うんだけど、どうして物足りないのかな」


 不穏な言葉だけが投げられた気がする。ヴァイスさんがこの宿を作って、一泊で金貨二十枚、日本円で二十万円もするだと? 思い返せば、大浴場は光沢のある大理石で作られていたし、料理のステーキもブラックオークの肉だった気がする。ベッドもこの世界だと柔らかい方に分類されるような……。


「最高級の宿が物足りないとか、そんな贅沢をしてたわけが……あるのか? もしかして、このベッドを作ったのはヴァイスさん?」


「詳細までわからないけど、ヴァイスおじさんの家で暮らしてたとき、こんな感じのベッドを用意してくれてたね。柔らかくて感動した記憶があるのに、今はちょっと固いって感じるの。高級感のある大浴場で体を温めても、心が満たされないんだよねー」


 冷え性で寒がりのリズが、風呂で満たされないだと!? お前も変わっちまったなー。毎日何度も入浴して幸せそうにしてたのに、貴族をもてなす風呂に愚痴をこぼして、不満を露にするとは。建築に携わったヴァイスさんが聞けば、もう二度と装備を見てもらえなくなるぞ。


 いったいお前に何があったんだよ、リズ! 真犯人を教えるようなジト目で俺を見ないでくれ!


「仮拠点の横に領主邸よりも低めの拠点を建てたいんだけど、どう思う?」


「今の拠点が最高に贅沢なのに、これ以上どうしたいの? シフォンちゃんなんて、向かい側が実家なのに、今度の休暇に泊まりに行きたいって言ってたよ」


「さすがにあの風呂がバレるのはまずいだろう」


「とんこつラーメンを振る舞った時点で、いけないラインを越えちゃった感はあるよね。逆に少しずつシフォンちゃんを引き込んだ方が、領主様に就任した後が楽になるんじゃないかなー」


「そういう作戦もアリだな。最悪、うちの土地をシフォンさんの別荘と言い張って、国にAランク冒険者と認められれば、誰からも文句を言われることはないはずだ」


「Aランク冒険者のハードルが高くて、私にプレッシャーがかかりますけど」


「リズなら大丈夫だろ。よし、早速明日は朝から街へ戻るとしよう。でも、メルは置いていっても大丈夫か?」


「シフォンちゃんが授業を受けてる間に、ベアルーチェ・ススムと遊ぶって言ってたよ。同じパーティじゃないし、意見が合わないときは仕方ないかな」


 リズの言葉を聞いて、俺は不思議な感覚を抱いた。予想以上にベアルーチェ・ススムがフィットしている気がしたから。


【あとがき】


無事に護衛依頼を終えて、貴族と打ち解けられたところで、第ニ章は終わりになります。


第三章では、クラフターよりの話が長く続く予定ですので、お楽しみに!


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