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第62話:落ち着かない、リズ

 学園の中を進んでいくと、ほとんどが貴族ということもあって、生徒の制服は煌びやかだった。同行するメイドさんはメイド服を着用しているため、一目でわかることもあり、冒険者である俺たちは浮いている。


 まあ、明らかに浮いているのは、リズだけだが。


「見て! あの施設は魔力を吸着する特殊な鉱石で作られていて、魔法が使えなくなるの! 下級生に訓練用の弓を撃ってもらってね、魔法使いの回避力を高めるんだよ!」


 憧れた魔法学園に入れた喜びで、テンションが急上昇。周囲の目を気にすることなく、大声で解説してくれていた。


 ちょっと恥ずかしいけど、ミーハーな人間だと思われる程度だろう。本人が楽しそうだし、シフォンさんが怒らないうちは止めないでおく。


 一緒に歩くメルが大人っぽく見えるのは、不思議な光景だよ。


 興奮のアクセルを踏み倒すリズが暴走状態になるなか、シフォンさんが暮らす女子寮に到着。高級ホテルさながらのロビーは綺麗に掃除されていて、清潔な印象を受ける。


 特別通行許可書があるといっても、ここは女性しか入れない場所だ。すれ違う女子生徒に二度見されるけど、シフォンさんの影響が大きいのか、何も言われることはなかった。


 キョロキョロすると怪しく見えるだろうし、まっすぐ前を向いて歩こう。絶対にリズのように、私もここで暮らしたかったのー、と言わんばかりにソワソワしないぞ。何かを見つけても、ベターッと窓にへばりつくリズのような真似は、絶対にしない!


「シフォンちゃん! あのドーム状の施設、魔法訓練所だよね!? 学園の中で唯一この国と協力して建設し、官邸魔術師に選ばれたエリート部隊が強力な防御魔法を構築して、上級魔法を放っても壊れないと噂の、魔法学園が誇る叡智の結晶! あれって、本当に壊れないの?」


「え、ええ。よくご存じですね。定期的に点検されていますし、損傷したところは見たことがありません。ドームの中にも色々と道具はありますが、そちらも壊れないですね」


「ひーーーん! 見てみたい……!」


 さすがにシフォンさんが引き始めたので、同じパーティの俺が強制的にブレーキを踏む。


「リズ、迷惑になるからやめなさい。次の護衛依頼がもらえなくなるぞ」


 バッと窓から離れるものの、リズのソワソワは止まらない。放っておいたら、学園中を勝手に見学しそうな雰囲気があるので、目を光らせておこうと思う。


「ところで、シフォンさんはどうして魔法学園に通われているんですか? リズも興奮するくらいですし、主に魔法を勉強する学園だと思うんですけど」


「大きな街を治める公爵家は、一定の戦闘力を持たないと領主に認められません。一概には言えませんが、最低でもCランク冒険者程度の力を付ける必要があります。魔物の災害が起きた場合は、冒険者の皆様や兵士と共に戦いますから、いつか戦場でお会いするかもしれませんね」


「どうりで貴族の令嬢を護衛する割には、少人数だったわけですね。まさかシフォンさんが戦闘できるとは思いませんでした」


「実戦経験は少ないですし、褒められるほどの腕前ではありませんよ。中級魔法の即時展開や防御魔法の広域展開が苦手で、学科は授業についていくだけでも精一杯。まだ上級魔法が一つしか使えず、苦戦中です」


 苦笑いを浮かべるシフォンさんに対して、ソワソワしていたリズが真顔になる。勉強はできるものの、上級魔法を使えないリズにとっては、心に大きな傷を負ったことだろう。


「でも、今回はリズ様が勉強を教えてくださって、本当に助かりました。いつも実家に帰ると、学園の勉強がわからなくなり、毎晩徹夜をしていましたから。移動中に勉強を見てくださって、感謝の思いでいっぱいです」


 笑みを浮かべたシフォンさんにつられるようにして、リズも笑みを浮かべる。魔法のことを褒められて、ご満悦みたいだ。


 一つだけ気になるのは、今日も普通に学園が開かれていることかな。シフォンさんの話から推測すると、授業を休んで実家に帰省したため、学科がわからなくなるように思える。それも、今まで何度も経験しているような印象だ。


「聞いていいのかわかりませんけど、貴族の都合で実家に帰られているんですか?」


「そうなりますね。ベルディーニ家の繁栄のためには、わたくしが早く領主になる必要があります。魔法学園の勉強の他に、実家で領地経営の勉強もして、各種ギルドや貴族の交流を並行しなければなりません。そのための一時帰宅になります」


 貴族に生まれてきた宿命だろうけど、予想以上にブラックだな。商業ギルドでは、『温かい心で街の住人の支持を得ている』と言われていたし、まだ若いのに頑張っているんだろう。期待を裏切るのが怖いだけ、なのかもしれないけど。


「言っていただければ、いつでも護衛依頼は承りますよ」


「ミヤビ様はお人好しと言われそうですね。お言葉には甘えさせていただきますが」


「パーティメンバーの影響を受けただけです」


「ちょうどわたくしの部屋に着きましたし、そういうことにしておきましょうか」


 足を止めたシフォンさんが部屋の扉を開けると、綺麗な部屋が広がっていた。


 花柄のカーテンに薄いピンク色の絨毯が敷かれ、お嬢様の印象を抱く部屋。真っ白なベッドと木材で作られた机が二つずつあるため、アリーシャさんと共同で使用しているんだろう。寮というだけあって、あまり大きくはない。


 しかし、未婚貴族の女性部屋に入るのは、後ろめたいものがある。婚約者がいると言っていたし、依頼を受けたとはいっても、妙に緊張してしまう。


 躊躇することなく本棚にダッシュするリズのおかげで、遠慮なく入っていけるけど。


「シャールの水魔法と風魔法の複合魔法書が、一巻から四巻までそろってる! 冒険者ギルドに二巻しかなくて、モヤモヤしてたのに!」


 確かに、それはモヤモヤするよな。なぜ二巻しかないんだろうか。途中からでも読み始めるのは、リズくらいだと思うけど。


「下段の本は読み終えたものですので、もしよろしければ……」


「リズ、貴族に気を遣わせるんじゃない。人の部屋で勝手に物色するのは、盗賊と同じだぞ」


 ついに俺の声が聞こえなくなってしまったようだ。シフォンさんの許可が下りた下段の本を漁り始めている。


「すいません、うちのパーティメンバーが盗賊になってしまって」


「いえ、実家に送り返すものも多いですから。お手数でなければ、実家に届けてくださるとありがたいです」


「わかりました。途中で読み漁る人間がいると思いますけど、運ばせていただきます」


 ペラペラと本をめくって読み始めるリズを横目に、インベントリに入れていた荷物を取り出す。定期的に帰っていても、大きな荷物が五つもあるんだから、本当に忙しいんだろう。メルとぬいぐるみ遊びをしていた姿が嘘みたいに思えるよ。


 少しくらいはメルも反省するんだぞ。男の俺がいるなか、勝手にシフォンさんの荷物を開けて、大量のぬいぐるみを出したら、迷惑に――。


「……次、いつ遊ぶ?」


「メル様! 人前ではダメとあれほど言ったではありませんか!」


「……大丈夫。ミヤビは理解がある人間」


 猫のぬいぐるみを作ったから、理解があるというわけではない。厳しい生活の支えにぬいぐるみ遊びをしていたと思えば、ちょっと子供っぽい印象を抱く程度だ。


 婚約者がいる貴族令嬢ということを考慮すると、早めに卒業した方がいいとは思うけど、人の趣味に口出しするのは野暮ってもんだろう。


「抱きつけるほど大きいぬいぐるみ、作りましょうか?」


「あの……、クマさんで、お願いします。読まない本は差し上げますので、絶対に、言わないでくださいね……」

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