第58話:メイド、アリーシャさん
護衛依頼、三日目。絶対に寝坊しないと心に誓ったであろうアリーシャさんが、プロ根性を見せて、床で寝ていたことが発覚した。床も温かくて寝坊しないか心配でした、というコメントに疑問を抱いたけど、ある意味では普通の感情なのかもしれない。
本来であれば、貴族用のテントを設置して、寝袋に入って眠っているんだ。冷たい地面が体温を奪い、途中で寒くて起きるのがデフォルトになる。温熱ブロックで部屋の中もポカポカだと、床でもスヤーッになりかねない。
「いつまで寝てるの! 早く起きなさーーーい!」
ふかふかベッドでスヤーッと眠り、二度目の寝坊をかましてリズに怒られるAランク冒険者とは違うね。馬の面倒も一人で見てくれてるし、自分にできることを探して手伝ってくれてるよ。
会食場に赤壁のメンバー四人分の朝ごはんを置いた俺は、出発の準備をするシフォンさんとアリーシャさんを訪ねた。着替え中だと大問題に発展するため、家をノックすると、アリーシャさんが出てきてくれる。
「どうされましたか? まだ出発まで時間があると思いますが」
何気ない顔で俺を出迎えてくれるが、昨日はメイドの彼女に対して、服装と寝癖を指摘してしまった。悪気がなかったとはいえ、床で寝るほど真面目な性格だし、心に傷をつけたのは間違いない。
「リズとメルにも渡したんですけど、もしよければ、使ってもらえませんか? 貴族とメイドの意見を聞かせてもらえると、ありがたいなーと思いまして」
そう言って手渡したのは、昨日のうちに作っておいた、火魔法を付与したポカポカ手袋とポカポカ靴下だ。
貴族令嬢であるシフォンさんはともかく、メイドのアリーシャさんに渡すには、ハードルが高い。ご奉仕する側の人間が、素直に受け取ってくれるとは思えないから。
なお、アリーシャさんとシフォンさんの手と足のサイズは、昨日の勉強中にコッソリ確認しておいた。リズとメルは聞けば普通に教えてくれるし、何も問題は起きなかったよ。
「ありがとうございます。……もしかして、昨日のことを気にされてますか?」
即行でバレるのは、完全に予想外だったけど。
「すいません。貴族やメイドさんと関わった経験が少なくて、失礼なことを言ってしまって」
「いえ、私に過失がありましたし、気にしておりません。ほとんど私の仕事までしていただいて、逆に申し訳ないくらいです」
「それこそ気にしないでください。完全にこっちの事情なんですけど、サポーターの俺が活躍しておかないと、色々面倒なことになりそうなので」
アリーシャさんが苦笑いを返してくれるから、すでに気づかれているんだろう。ところどころギスギスしてるし、シフォンさんにも負担をかけてるかもしれない。
「詳しい事情は存じませんが、皆様を見ていればわかります。悪影響になれば話は変わりますが、快適な旅になっていますし、私も甘えさせていただいてます」
「ご理解いただけてるみたいで、助かります。その代わり、メイドだと遠慮されずに何でも言ってくださいね。俺にできることであれば、何でもやりますよ」
「雇われの身ですので、お嬢様に相談してみますね。ひとまずこちらは、ありがたく使わせていただきます。急な冷え込みで風邪を引くと、皆様にも迷惑をかけてしまいますから」
意外に融通の利くタイプなのか、臨機応変に対応しているだけなのかわからないけど、アリーシャさんは普通に使ってくれるみたいだ。せっかく作ったんだし、些細なことでも役に立てると嬉しく思う。
笑顔を向けてくれたアリーシャさんと別れて、扉が閉まるところを見送ると、俺は安堵のため息がこぼれた。
昨日のこと、本当にアリーシャさんは気にしていなさそうだったな。まだ護衛依頼は先が長いし、変な関係にならなくてよかったよ。
そう思ったのも束の間、扉の向こう側から大きな声が聞こえてきた。
「お嬢様、すぐに靴下を履き替えましょう! ミヤビ様のポカポカシリーズが手に入りました!」
「まあっ! お父様に報告することが増えましたね。それに、アリーシャの分まで用意してくださったのですか?」
「はい~! ミヤビ様はとても優しい方です~! 馬の手綱を引く姿を見て、急遽作ってくださったと思います」
「メイドにまで気を配ってくださる冒険者は、片手で数えるほどしかいないと、お父様が言っていました。ミヤビ様は人柄もクラフトスキルも素敵な方ですね」
「素敵すぎます! このような経験は初めてで、感動してしまいました。身も心も温かくなる贈り物です~」
予想以上に好感度が上昇しているため、驚きを隠せない。快適な旅を目標にしてただけなんだが、普通はメイドの仕事を奪うまでサポートしないんだろう。必要以上に気遣ってくれると、誤解されている。
スキルを使ってるだけで、俺の負担が大きいわけではないから、このまま頑張ろうかな。喜んでもらえると嬉しいし、評価も上がるなら都合がいい。
何より、褒められるとやる気がみなぎってくる。俺、かなり単純な男だったんだな。
***
馬車の準備が終わり、王都へ向けて出発すると、大雨の影響もあって、街道の至るところが悪路になっていた。
リズと一緒に部隊の先頭を歩く俺は、目覚ましい活躍を見せている。安全な街道を確保するため、スコップを動かし続け、次々に道の補修をしていた。なんだったら、この部隊で一番忙しい。
馬車の護衛が主目的とはいえ、爆睡してスッキリとした赤壁の四人の顔が、何とも言えない気持ちになって、腹が立つ。
「ミヤビくん、体力があるな」
「彼は生産職じゃろ。普通は考えられんぞ」
「うちも認める。あの子は体力あるで」
「スタミナスコッパー」
装備で体力が向上してなかったら、バテバテだけどな。俺はもう『肉王子』の称号が気に入り始めたんだから、『スタミナスコッパー』なんて意味不明な称号を与えないでくれ。
「ミヤビ、もう少し前にも水たまりがあるの。埋めてきてもらってもいい?」
「いってきまーす」
しっかり働きますけどね。