第55話:混乱作戦、始動!
街を出発して数時間が経過する頃、赤壁のメンバーが戸惑うくらいには、円滑に護衛依頼が進んでいた。部隊の先頭を歩く俺とリズの存在が大きかったんだ。
部隊リーダーであるリズがハンドサインだけで馬車を止められるため、大声を出す必要はなく、馬にストレスがかからない。索敵能力に長けていることもあり、魔物や山賊などの襲撃にも、すぐに対処ができる。
そして、リズが目を細めて遠方を眺めた時は、だいたい俺の出番だ。
「ミヤビ。周囲は安全だから、先に行って街道の補修してきて」
「わかった、行ってくる」
数日前に降った雨の影響で路面状態が悪い部分もある。しかし、スコップを持つ俺がいれば問題はない。水分を含む土をサクサクッと掘って、乾いた土で埋めておけば、馬車が通る頃には綺麗な道へと変化する。
大回りしたり、馬車を止めたり、立ち往生したりしないため、馬に優しい。シフォンさんのお世話係りであるアリーシャさんが馬車を運転してくれてるんだが、ポカーンッとした顔で見つめてくるほどには平和で、魔物や悪路といった障害も軽々と攻略していた。
馬車の周りを歩いて護衛する赤壁のメンバーまで、ポカーンッと口を開けているのは、さすがにどうかと思うけど。
「このペースで行けば、あと一時間後に開けた場所に出ます。そこで昼休憩を取る予定ですから、もう少し身を引き締めてくださいね」
相手がAランク冒険者であっても、なんだかんだでキッチリ言えるリズは、若いのにしっかりしてるよな。発言権を持っているかわからないけど、同行するアリーシャさんも同じ印象を受けてくれると思う。
***
予定通り進み続けると、一時間後に休憩ポイントへ到着。アリーシャさんが馬を止めると、シフォンさんが馬車の中から勢いよく飛び出してきた。
何事かとみんなの注目が集まるなか、俺に向かって一直線にやってくる。
「ミヤビ様。あのクッションとひざ掛け、おいくらでしょうか」
護衛依頼中にクラフト依頼が発生してしまったけど、今はそういう場合じゃない。昼ごはんという俺の見せ場タイムであり、護衛の警戒が緩みやすい危険な時間帯になる。
「街に戻ったらトレンツさんに請求するんで、一筆書いてもらってもいいですか?」
「よろしくお願いいたします」
ちゃっかりとアピールポイントを増やしたところで、木ブロックで作っておいた大きな床を、平原にセットする。
貴族令嬢を平原に座らせて食事させるなんて、三流のサポーターがやることだ。周囲の警戒や馬が気になるし、壁と屋根は付けられないけど、会食用の大きな机と椅子を取り出せば、誰も文句を言うやつは――。
「説明を求む」
赤壁のリーダーを代表して、双剣のドルテさんが声をかけてきた。予定通りの展開になったため、これより混乱作戦を実行する。
聞きたいであろう内容をあえて答えず、これが普通だという雰囲気を作り出し、Aランク冒険者の思考を停止させるという恐ろしい作戦なのだ!
「王都は北の方角になりますので、上座は北だと思います。シフォンさんはこちらの方に座っていただいてですね、次に赤壁の皆さんが――」
「いや、聞きたいのは上座じゃない。これはいったいなんだ?」
「昼食会場ですね。自分、クラフターなんで」
こういったものは初めて見せるから驚くだけであって、護衛依頼中に慣れる可能性が高い。最初に与えるインパクトが最も重要であり、ここで赤壁のマウントを取ることで、優位な立場を築き上げるのが目的になる。
「リ、リズちゃん。ミヤビくんは何を言っているんだ?」
「えっ? そのままの意味ですよ。予め昼休憩を取ると言いましたよね?」
当然、舐められてはいけないリズも一緒に行う。護衛依頼をリードし続けているのは、俺たち『月夜のウサギ』という可愛らしいネーミングのパーティだと、魂に刻み込んでいただこうか。
混乱のあまり思考停止したシフォンさんを椅子に座らせると、どうしていいかわからないアリーシャさんが近寄ってくる。
「あの、お手伝いは……」
「大丈夫ですよ。自分、サポーターなんで。アリーシャさんも馬車を運転してお疲れでしょうし、シフォンさんと一緒に座っちゃいましょうか」
「いえ、私も仕事ですし、お嬢様と一緒に食事をいただくわけには――」
「シフォンさんも緊張してるみたいですし、近くにアリーシャさんがいてくれた方が安心して食べられますよ。ささっ、座ってください。あっ、あとで運転席にもポカポカクッションを置いておきますから、使ってくださいね」
思考停止状態の赤壁が座る様子を見せないので、強引にアリーシャさんをシフォンさんの向かい側に座らせた後、昼ごはんをインベントリから取り出す。
家のキッチンで作っておいた、『野菜たっぷりのクリームシチュー』と『ミルクパン』である。熱々の茶と一緒に差し出したところで、ノソノソとメルが起きてきたため、リズとメルの分も一緒に机に置いてあげる。
「リズ様。わたくしたちは一体どうしたらよろしいのでしょうか」
「王都までは先が長いですし、体調管理も大切です。あまり難しく考えずに、温かいうちに食べてください。周囲の警戒は、私がごはんを食べながらやりますので」
躊躇することなくリズがシフォンさんの隣に座り、シチューに手を付ける。それと同時に、リズの向かい側に座ったメルも食べ始めた。
二人ともパンを手でちぎり、シチューを乗せて食べている。
「お嬢様、いかがなさいましょうか」
「一緒にいただきましょう。私たちが戸惑う分、かえって迷惑になるかもしれません。……あっ、おいしい」
「わかりました。恐縮ですが、お言葉に甘えさせていただきます。……ん? お肉が妙に柔らかいですね」
ブラックオークの肉で大量に作っちゃいましたー! と言っちゃうほど、空気が読めない俺ではない。女子会みたいな雰囲気で食べ進め、もっと距離感を縮めてくれれば、この先も過ごしやすくなるだろう。
さて、問題は赤壁の四人だ。完全に置いてきぼりを食らっているので、俺はそっと近づいて声をかける。
「皆さん、いつ魔物が出てくるかわかりませんし、食べられるときに食べて、休むときに休まないと体が持ちませんよ。護衛依頼を受ける冒険者の基本ですね」
「ミヤビくん……! 不本意だが、言う通りだ。ありがたくいただこう」
納得がいかない様子の赤壁の四人だが、甘いミルクの香りとおいしそうに食べるリズたちを見れば、妥協せざるを得なかったんだろう。椅子に腰を掛けた後に料理を取り出してあげると、不満げな表情でシチューを口に運ぶ。
「うまい……」
「美味、じゃな」
「うちは最初から食べてもいいと思ってたで」
「上品な舌触り、ミルクの極み」
戸惑いながらも食べ進める赤壁の四人は、手が止まらないという状況だ。朝から驚き続きで空腹だったのかもしれない。
そんななか俺の裾をチョンチョンッと引っ張る者が現れる。空の皿を左手に持ち、右手で持ったスプーンの端をくわえて上目遣いをしてくる、メルである。
「……もうちょっとほしい」
「まだいっぱいあるけど、ちょっとでいいのか?」
「……肉多めで普通にほしい」
「野営の護衛、一人でもちゃんと頑張るんだぞ」
護衛依頼に獣人がいるって、癒されるよな。赤壁の四人がモリモリ食べ始めたけど、良い大人は空気を読んでくれよ。
「ミヤビくん。もうちょっとほしい」
「メルの真似はやめてください。今回だけですからね」
いったいAランク冒険者とは何なのか、俺は少し考えながらシチューのおかわりを入れてあげた。すると、パンもいいですか? という視線を浴びたため、仕方なくパンも出してあげる。
早くも食事というイベントで、餌付けに成功した瞬間である。