第53話:護衛依頼の始まりⅠ
護衛依頼、当日。まだ朝日が出始めたばかりで人通りが少ないなか、程よい緊張感に身を包んだ俺とリズは、依頼の集合場所である北門にたどり着く。
そこには、公爵家の家紋が刻まれた馬車と、兵士たちに見守られるトレンツさんとシフォンさんの姿があった。
厚手の手袋とコートを羽織り、しっかりと防寒対策しているが、今日は一段と冷え込みが厳しく、息が白い。見送りに来た兵士たちも寒さに耐えきれていなくて、震えながら過ごす人までいる。
こんな真冬のように冷え込んだ日に行かなくてもいいのに……と思う反面、俺の見せ場が多くなりそうで、少しワクワクしていた。リズの試験である以上、花を持たせてやりたいところではあるが。
リズも心の準備はできているみたいで、前回のようにトレンツさんに緊張することもなく、堂々とした立ち居振舞いを見せて、二人に近づいていく。
「おはようございます。護衛依頼の部隊リーダー、リズです。王都まで一週間の予定になりますが、責任を持って護衛させていただきます」
「おはよう、リズくん。少し前に会ったときと比べ、冒険者らしい姿になったね」
「護衛依頼の経験は何度もありますし、街から少し離れるだけでも、どこに危険があるかわかりません。部隊リーダーを任された以上は、ヘラヘラしていられませんから」
「まだ若いと思っていたが、冒険者として頼もしい限りだ。同行する先輩冒険者たちが、さらに君を成長させてくれるだろう。Aランク冒険者が同行する護衛依頼で、部隊リーダーの経験ができる貴重な機会になる。頑張ってきたまえ」
「期待に応えられるよう、頑張ります」
トレンツさんと挨拶を終えると、今度はリズがシフォンさんと互いに軽く会釈を交わす。
「荷物はミヤビに預けてもらってもよろしいですか? 馬の負担を減らすことで、円滑な旅に繋がりますから」
「わたくしは構いませんが、旅の荷物だけでなく、同行するメイドの荷物や、学園に持ち運ぶ荷物もあります。できる限り量は減らして、これくらいの量になってしまったのですが……」
申し訳なさそうな顔でシフォンさんが俺を見つめてくるけど、まったく問題はない。女の子の荷物は多くなるだろうし、貴族として持ち運ばなければならないものだってあると思う。
大きめの旅行カバンを五つ持ってきたくらいで、怒ったり呆れたりするパーティじゃないぞ。すべてを吸い込むようなインベントリを持つ俺は、呆れられる側なんだ。
「全然大丈夫ですので、お預かりしますね。まだインベントリに入りますし、他にも持っていきたいものがあれば、運びましょうか?」
パパッとインベントリに収納するだけで、シフォンさんが少し驚き、トレンツさんの眉がピクッと動く。
「いえ、さすがに家へ帰っても、準備がかかってしまいます。互いに家が近いですし、事前に取りに来ていただけばよかったですね」
「次回も護衛依頼が受けられるようでしたら、そういう感じにしましょうか。あと、念のために言っておきますけど、勝手に荷物は触らないので安心してくださいね、トレンツさん」
気にする様子を見せない娘のシフォンさんに対して、父親のトレンツさんは複雑な気持ちだったんだろう。円滑に旅を進めるためとは言っても、若い男に大事な娘の荷物を受け取られれば、視線が厳しくなるのも当然のこと。
シフォンさんは婚約が決まっていると言っていたけど、婚約者は大変だな。トレンツさんも過保護みたいだ。
「うぐっ……済まない。顔に出てしまっていたようだな」
「大事な娘さんだと思いますけど、うちにはリズもいますから、そういうことは安心してください」
バツが悪そうな顔をトレンツさんが見せると、馬の面倒を見ていたメイドさんがやって来た。
ミニスカートタイプの白と黒のメイド服の上に、黒のコートを羽織っている、大人びた顔立ちの女性。頭の上にはホワイトブリムが付けられ、金色の髪を二つ結びにしていた。リズよりも少し年上な気がするから、二十歳くらいだろうか。
「お嬢様の専属メイドをしている、アリーシャと申します。本日から一週間、よろしくお願いいたします」
「私は部隊リーダーのリズです。よろしくお願いします」
「俺はサポーターのミヤビです。貴族の方に失礼のないようにするつもりですが、何か問題があれば、教えていただけると嬉しいです」
「かしこまりました。私は馬の世話に戻りますので、これで失礼いたします」
一礼したアリーシャさんが背を向けると、馬車の方に戻っていく。
朝の厳しい冷え込みで兵士がツラそうなのに、メイドのアリーシャさんは、寒さに動じることもなく、テキパキと動いている。屋敷に行ったときは見かけなかったけど、専属メイドとして、王都へ行くための準備をしていたのかもしれない。
随分としっかりした印象を受けるし、この旅で困ったことがあれば、相談してみようかな。できる限りのことは俺とリズで対処するつもりだし、無闇に頼るつもりはないけど。俺たちには、手を貸してくれる人がもう一人いるから。
俺の中では癒し枠に分類される、猫獣人のメルだ。交流もあるし、力を貸してくれるに違いない。