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第52話:アルバイト

 冒険者ギルドでエレノアさんとの話し合いを終えると、俺たちは護衛依頼の準備を入念に進めるため、二人で話し合った。


 王都までは、馬車で約一週間。サポートの俺と部隊リーダーのリズは、求められていることが違うため、日中は別行動を取ることにした。


 何度も地図を見るリズは、何らかの影響で道が通れなくなることや、大きな争いに巻き込まれた時のことを考えて、あらゆるルートを確認。エレノアさんにも協力してもらい、護衛に集まる冒険者たちのデータを見て、戦闘スタイルなどを頭に入れてもらう。


 いざという時に適切な判断をすぐに下し、無駄のない指示を送らなければならないから。


 一方、サポーターである俺は、過ごしやすい毎日を提供するため、クラフト作製に励んだ。何度も街で買い物を続けて、必要になりそうなものは買い込み、非常時にも困らないように備える。


 夜になると互いの情報を共有して、完璧に護衛依頼をこなすことだけを考えた。


 そんな日々を過ごすこと、五日。いよいよ明日は護衛依頼になるんだが……、俺は呑気に鍛冶屋で仕事を手伝っていた。


「ヴァイスさん、これでいいですか?」


 リズの武器と防具の素材を貰いに来たら、ヴァイスさんに捕まってしまったんだ。また忙しくなったのか、実にストレートな方法で脅されたよ。


『この間、冒険者ギルドのギルドマスターが挨拶に来たけど、良い風に言っておいたぜ。付与魔術の業務、やってくか?』


 ニカッと笑ったヴァイスさんは、やらせる気満々だった。わざわざ溜めておいたと言わんばかりに、付与魔術の業務だけ大量に残っていた時は、さすがに引いたけど。


 付与魔術が終わった槍をヴァイスさんに手渡すと、今度は付与魔術されていない斧をもらう。土属性のタグが貼ってあるため、魔力を流して土属性の付与魔術を施していく。


「本当に作業が早いな。弟子の分も合わせてチェックしてばかりで、ワシの作業時間がまったく取れねえぞ」


 大きな工房があるヴァイスさんの店は、ドワーフ二人と人間三人の弟子がいて、今は全員で付与魔術を行っている。本業が鍛冶師である以上、みんな付与魔術が苦手なのか、大苦戦中だ。


 寒い季節でも額に汗をかき、歯を食いしばって作業する姿は、真剣そのもの。ようやく完成してヴァイスさんの元へ持っていくと、厳しいチェックとダメ出しが待っている。無闇に怒鳴ることはなく、細かく修正の仕方を指示する辺り、ヴァイスさんの人柄の良さを実感した。


「ヴァイスさんの代わりに俺がやってるようなものですから、ミスリル鉱石をおまけしてください」


 そんななか、ポンポンと付与魔術の作業を終える俺は、呑気にヴァイスさんと会話して作業をしている。難しい素材が多いものの、付与魔術は得意分野であり、失敗することもない。


 どんどん武器を渡されるから、休む暇は見えないけど。付与魔術の作業ばかり続けて、もう五時間も経つんだが。


「古い友人に譲ってもらってる貴重な鉱石だ。さすがに必要最低限しかやれねえな。貸しにしといてくれ」


「それはそれで構いませんけど、冒険者ギルドに変なことは言わないでくださいよ。この間、ヴァイスさんと関わっていることを報告しなかっただけで、説教されそうになったんですから」


「じゃあ、ミヤビに説教するなと言っておかないとダメだな」


「やめてください。大問題になって、冒険者をクビになりそうです。さすがにリズも怒りますよ」


「良い引き抜き方法を見つけたと思ったが、やっぱりダメだったか」


 俺の意思は別にして、本気で引き抜こうと思っていたら、ヴァイスさんの一声で冒険者ギルドが下りるはずだ。無理に引き抜こうとしない精神はいいと思うんだけど……、なんで俺は強制的にバイトさせられているんだろうな。


「ところで、明日から護衛依頼へ行くんですけど、Aランク冒険者の『赤壁』とリズの関係、ヴァイスさんは知ってるんですよね?」


 弟子のドワーフから剣を受け取ったヴァイスさんは、何とも言えない顔で俺の方をチラッと見て、付与魔術を施した剣と向き合った。


「まあな。だが、リズも立派な冒険者の一員になったし、あいつらはAランク冒険者だ。俺が口を挟むのは、さすがに野暮ってもんだろ」


 ヴァイスさんの言い分は真っ当だと思う。影響力の強いヴァイスさんが余計な口出しをしたら、大問題に発展しかねない。自分の立場がよくわかっているだけに、口出しはできないと判断したんだ。


 リズも同じように考えているから、ヴァイスさんに頼らず、必死に護衛依頼の準備を整え続けているに違いない。迷惑をかけたくないとも思っていると思う。


 でも、そんなこと俺には関係ない。巻き込まれようとしている以上、黙って見ているだけにはいかない。


「相手は国に認められた冒険者ですけど、同じパーティを組む人間だったら、少しくらい懲らしめても大丈夫ですかね?」


「悪い行いじゃなければ、いいんじゃねえか。中立の立場である領主の娘がいる以上、下手な報告はできねえと思うぞ」


「最悪、冒険者ギルドに今日の借りを返しに来ていただけると助かります。俺とリズが世話になってる受付女性に、迷惑はかけたくないんですよね」


「それは大きな借りを作ってもらわねえと、割に合わねえな。うちの店はいま、三週間の遅れが発生してるんだが、今日で全部チャラになりそうで助かるぜ。ここにまだ付与魔術が必要な……ん?」


 何度手でつかもうとしても、スカッと空を切ることに疑問を抱いたのか、ヴァイスさんは手元を確認した。が、そこにはもう、何もない。


 事態を把握したヴァイスさんの弟子たちに、笑みがこぼれるのも無理はないだろう。手元の付与魔術が終われば、忙しい日々から解放される。ノー残業、定時退社なのだから!


「店の奥にないようであれば、これで終わりみたいですね。約束通り、大きな借りにしておきます」


「そういえば、余分にミスリル鉱石が欲しいと言っていたな。少しくらいなら……」


「随分と難しい素材が多かったですし、五時間分の労働に見合うミスリル鉱石となると、少しでは足りないですよね」


 金を請求したら払ってくれると思うけど、俺たちはそういう関係じゃないんだよな。ヴァイスさんも同じ気持ちなんだろう、金銭のやり取りを行おうとはしない。


「……敵対はするなよ。あいつらはリズを溺愛しているが、多くの命を救ってきた冒険者だ。味方をする奴らなんて、山ほどいる」


「色んな意味で弱い立場であることは、ちゃんと理解してます。でも、あくまで俺たちは貴族の護衛依頼を受けたんですよ。仲間であるはずの同業者に、ここまで気を使う意味がわかりません。なので、どうして冒険者にサポーターという職があるのか、ちょっとくらい見せつけてもいいのかなーと思いまして」


 俺は護衛依頼を初めて受けるけど、リズのリアクションや話を聞いていたら、過酷な旅であることは想像できる。


 何日もの荷物や保存食を持ち込み、満足な食事が取れないだけでなく、厳しい寒さを和らげてくれるのは、焚火と寝袋と毛布の三点セットのみ。凍えそうな寒さに眠りが浅くなり、見張りも交代でやらなければならない。


 そんな護衛依頼がまったく別の旅に変わったとしたら、ヴァイスさんが悪そうな笑みを浮かべてしまうほど、面白い結果が生まれるだろう。


「寒い時期こそサポーターの真価が問われる季節だ。何をやるか知らんが、サポーターの役目を果たすだけなら、あいつらも文句は言えねえな」


「少なくとも、パーティの評価を上げざるを得なくなるレベルでやる予定です。シフォンさんが快適な旅で喜んでくれれば、今回の護衛依頼がイマイチでも、何度かチャンスをもらえると思いますから」


「そういう方向なら、思いっきりやって来い。面倒事は一気に片付けるべきだろ」


 なんだかんだでヴァイスさんはリズの味方だよな。良い年の取り方をしたドワーフだと思うよ。


 きっと俺に付与魔術させてたのも、何か理由があるんだろう。……いや、それはないか。

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