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第51話:誤解

 取り乱したリズが落ち着く頃、エレノアさんが俺たちに温かい茶を出してくれた。


「前から気になってたんだが、リズの親父さんは顔が広いよな。優秀な冒険者だったのか?」


「お父さんはCランク冒険者だったって聞いてるけど、面倒見が良かったみたいなの。命を助けた冒険者や依頼の救援に向かうことが多くて、仲間からの評判も上々。それで、お父さんが亡くなってすぐにお世話になったのが……」


「今度一緒になる、Aランク冒険者パーティ、ということか」


 コクリッと頷くリズは、思い出を振り返るように目を閉じた。大きなため息を吐いているから、あまり思い出したくはなさそうだ。


 一方、リズと関わりが深いエレノアさんは、首を傾げている。


「冒険者になる前の話でしょうか? リズちゃんの受付は私がずっと担当していますが、そのような話は聞いたことがありません。ギルドの履歴にも残っていないと思いますし」


「冒険者活動を始める前、今から八年前の話です。若い頃にお父さんに命を助けてもらった大恩があるみたいで、私に恩を返そうとしてくるんです。私のために家を買おうとしたり、寝るときは警備を始めたり、毎日服は新品を用意してくれたり。ありがたい反面、だんだん怖くなってきて……」


「それでヴァイス様に助けを求めた、というわけでしたか。冒険者ギルドや依頼先でも見せない意外な一面を、Aランク冒険者の皆さんは持っているんですね」


 興味深そうにエレノアさんは聞いているけど、実績のあるAランク冒険者という補正が働いているからだろう。普通に考えれば、けっこう怖い経験だったと思う。


 八年前の話なら、リズが八歳だった時の話だ。急に親がいなくなったリズにとって、家族のように慕ってくれる仲間ができたのは嬉しかったと思う。Aランク冒険者を目指すリズは、尊敬を抱いていたかもしれない。


 でも、強すぎる愛情はストーカーに近い考え方になる。


 家を買って監禁しようとしていたとか、警備するフリをして寝顔を見ようとしていたとか、毎日新しい服をプレゼントして好感度を上げようとしていたとか。リズが過保護と言い切ってる分にはいいけど、ただの厄介オタクみたいな雰囲気がある。


「悪い人ではないと思っていますし、ヴァイスおじさんが怒ってくれて、和解もしています。でも、良い思い出がないんですよね。冒険者登録する前に、ゴブリンを討伐しただけで盛大なお祝いが始まって、ヴァイスおじさんも呆れていた記憶があります。それからはほとんど会ってませんが」


 ますます厄介オタク説が濃厚になってきたな。育ての親であるヴァイスさんが注意しても、大きな改善が見られない辺り、本人たちは自分が迷惑をかけていると気づいていない可能性が高い。


「Aランク冒険者である以上、依頼が忙しくて行き違いになっていたのでしょう」


 いや、違う。多分、見かねたヴァイスさんにこう言われたんだ。そんなことばかりやっていたら、リズに嫌われるぞ、と。


 溺愛し過ぎているあまり、嫌われたくない一心で距離を取ったAランク冒険者たちは、いま何を思うだろうか。リズがCランク冒険者になって、同じ貴族の依頼を受けるまで成長した事実に、歓喜したのは間違いない。それと同時に、許せない思いも生まれただろう。


 なんで男とパーティを組んでいるんだ、と。


「私も護衛対象に入ると思いますので、メルにも迷惑がかかるかもしれません。今回は辞退した方がいいですか?」


「トレンツ様も納得されていますし、領主様の依頼を断るとなれば、今後の冒険者活動にも大きく響きます。行き過ぎた行動はあるかもしれませんが、シフォン様を無事に護衛できるのでしたら、このまま依頼を受けるべきです」


「でも、国が推薦したAランク冒険者を差し置いて、部隊リーダーですよ。実績を残すための接待だとわかれば、大きな問題に――」

「もしかして、逆じゃね?」


 過保護問題だと考える二人の話に割り込んだ俺を、二人は不思議そうな顔で見つめてくる。


「この護衛依頼は、リズの冒険者としての腕前を試す、トレンツさんの試験でもあるはずだ。今回の依頼で良い評価をもらえれば、高ランク冒険者の近道になるだろ? つまり、今後は危険な依頼に巻き込まれる可能性が高くなる、とも言い換えられるよな」


 二人の表情が固くなるところを見れば、あながち俺の考えは間違ってないだろう。


 王族や貴族というのは、国を作るうえで重要な人物であり、命を狙われる危険がある。当然、護衛依頼を受ける冒険者にも同じ危険が降り注ぐ。


「……過保護すぎて、逆の方向に行こうとしてるの?」


「リズが危険な目に遭えば、亡くなった親父さんに合わせる顔がない、そう思うはずなんだ。それなら、高ランク冒険者になることを阻止しても不思議じゃない。もしくは、自分たちのパーティに引き入れることを考えると思うぞ。リズを守るためにな」


 すでにパーティに誘われた経験があるのか、リズは苦虫を嚙みつぶしたような顔を浮かべた。そして、何かを察したかのように、エレノアさんがハッと息を飲む。


「ミヤビくんとリズちゃん、いつも一緒にいますよね。他のパーティに比べても、距離感が近い印象を受けますし、あまり別行動を取られないのではないでしょうか」


「昨日は別行動でしたけど、ほとんど一緒ですね。ミヤビと一緒にいても楽だし、年下とは思えないくらいに大人っぽい部分が多くて、それこそお父さんみたいなんですよ。理解できないことは多くても、お父さんに初めて魔法を教えてもらった時みたいなワクワク感もありますから」


 幼少期時代の父親と比較されても困るが、そういうところだろうな。冒険者ギルドのやり取りしか見てないエレノアさんが頭を抱えるくらいには、俺の考えていることが伝わってしまったぞ。


「エレノアさん。客観的に俺とリズの関係を見て、どう思います? 誤解されてませんか?」


「間違いないと思います。ミヤビくんは平然としていますが、リズちゃんは警戒心なく接しているように見えますし、互いに呼び捨てで仲睦まじい雰囲気です。まだCランク冒険者なのに、貴族街に男女二人でパーティ拠点を携えれば、将来を決めたと受け取られるかもしれません」


 しかも、わざわざ屋敷を建て替えるために、仮拠点を建設してしまった。商業ギルドでも、普通は土地と屋敷がセットと言っていたし、拠点となる屋敷を探すのが一般的な形になるだろう。愛の巣窟と言わんばかりに、新しく建てようとは思わないはず。


「えっ? このままミヤビとパーティを組むつもりですけど、何かおかしいですか? ミヤビは変なことしませんし、仲はいいと思いますよ」


 キョトンとしたリズは、俺とエレノアさんが何を考えているのか、まったく理解できていない。褒めてくれるのはありがたいが、鈍感にも程がある。


「客観的に見た私の印象ですが、ミヤビくんと付き合っているように見えます。もっと言えば、結婚間近です。仮拠点という名の家が建ちましたよね?」


「昨日から一緒に暮らしていますけど、ミヤビとはそんな関係じゃ……。ハアアアアアッッッ!!」


 一度気づいてしまえば、思い当たる節なんていくつも出てくるだろう。付与魔法を施すために肌着を渡されたし、ベッドで眠るリズを起こしたし、無防備な風呂上がりに何度も会ってる。パーティメンバーであることを考慮しても、距離感が近すぎるんだ。


 その結果、冒険者ギルドで何気なく過ごしているだけでも、仲良く見えてしまう。付き合っていると誤解されるほどに。


「俺の考えなんだが、リズに嫌われることは避けるために、無茶なことはしないと思う。でも、厳しいダメ出しが飛び交うほどには、難しい依頼になると思うぞ」


「私も同じように思います。トレンツ様が了承したのは、今後に活躍するであろう冒険者の育成も兼ねて、という名目があるはずです。部隊リーダーを任せることで、より多くの経験値を積ませようとする反面、ミスの誘発を狙っているような印象を受けます」


「どうしよう、護衛依頼は多めに受けてたけど、部隊リーダーの経験は少ないよ。ごめんね、ミヤビ。変なことに巻き込んじゃって」


「気にするな。あくまで依頼はシフォンさんを護衛することだし、事前にできる対策は全部やっておくぞ。まずは王都へ向かうルートの確認からだ」


 ウンッと頷き合った俺とリズが席を立った瞬間、ガシッと腕をつかまれた。真剣な顔で見つめてくるエレノアさんを見れば、何か忘れていることがあるのは、明らかだ。


「ミヤビくん、ヴァイス様の件でお説教が残っていますよ」


 スッカリ忘れてたけど、俺がヴァイスさんとの関係を話していないばかりに、エレノアさんが報告書を作らなければならなくなったのも、事実になる。冒険者ギルドとして大問題かもしれないけど、ハッキリ言って、めちゃくちゃどうでもいい。


「今度お詫びしますので、許してもらえませんか? ブラックオークの肉、まだまだ余ってるんですよね」


「リズちゃんと頑張って予習してきてください。応援してますよ!」


 エレノアさん、けっこうチョロイ人……いや、融通が利く人で助かった。

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