第48話:夜ごはん
外が暗くなり、仮拠点の内装を整えていると、玄関のドアがガチャッと開く。そこには、元気なリズと挙動不審のメルがいた。
「ただいま。宿をキャンセルして冒険者ギルドへ寄ってきたら、思ったより遅くなっちゃった」
「おかえり。こっちも思ったより時間がかかって、作業が遅れてるよ。まだ付与魔法ができてないし、今日はちょっと寒くなるかもしれないな」
木ブロックを敷き詰めているとはいえ、冷え性のリズにとっては、まだ明け方が厳しいだろう。以前、森の調査依頼を受けたときに地下空間で使用した、火魔法が付与してある温熱ブロックを一部で使ったから、寒くて起きることはないと思うけど。
「大丈夫じゃないかな。ひざ掛けとクッションがあるだけでも温かいと思うし、あのふわふわベッドでもう一度寝られるだけで嬉しいもん。そうだ、昨日のお礼をヴァイスさんとトレンツさんにも言いに行ったから、そっちも心配しないでね」
こういう気遣いができるリズは、貴族社会にもうまく溶け込めそうだな。
グッと体を伸ばしたリズは、入り口でスリッパに履き替え、ダイニングに用意しておいた机の椅子に腰を下ろす。
いつもの火魔法を付与したポカポカクッションとひざ掛けで、早くも極楽気分だ。家の中だと魔物の警戒をしなくてもいいし、いつもより気が緩んでるように思える。
「助かるよ。ヴァイスさんは重鎮みたいだし、お礼を言いに行こうか迷ってたんだ。代わりに仕事をさせられそうだし、早く武器を作って見せろと怒られる気がして、足が重くてな」
「ああー……、だからヴァイスおじさんと仲良かったんだ。ドワーフって、みんな武器が大好きだもんね。あっ、私が言うのもなんだけど、メルも遠慮しないで上がって。夜ごはんくらいなら、ミヤビが作ってくれると思うよ」
挙動不審が止まらないメルは、どうしていいかわからないのか、床や壁を手で触るだけで、家に上がれないでいた。
「……家が建つの早すぎる。あと内装が綺麗で入りにくい」
「ミヤビだからね。早くスリッパを履いて椅子に座りなよー。このクッションがふわふわで温かいの」
恐る恐るスリッパに履き替えるメルは、無駄に警戒しながら机に近づき、火魔法が付与してあるポカポカクッションを手に取った。
「……温かい。えっ、温かい? クッションが、えっ?」
「お尻が温かいと安心するんだよねー。ここで寝てもいいと思うくらいだもん。三つ置いてくれてるし、お腹とお尻と背中に置くのがおすすめかなー」
リズに言われた通りに実行するものの、やっぱりメルの挙動不審は止まらない。クッションとリズの顔を見比べ、納得していなさそうだった。
「……クッションに座ると温かい。背もたれに置いても温かい。抱きしめても温かい。もしかして、マグマが入ってる?」
「マグマがクッションに入るわけないでしょ、溶けちゃうもん。メルも深く考えずに受け入れた方がいいよ。いちいち驚いてたら、突っ込み疲れちゃうだけなんだから」
随分な言われようだが、新築の仮拠点である以上、リズのように順応が早すぎるのはどうかと思う。作った俺としても、メルのように驚いてくれた方が嬉しい。恐る恐るクッションを頬にスリスリするメルは……、可愛すぎる。
獣人をペットと見るのはマズイかもしれないけど、モフモフが一人いるだけでも癒されるんだよなー。
「メルもひざ掛けは必要か?」
「……ほしい」
火魔法の付与を練習していた時に作った、温かさが弱めのひざ掛けを取り出し、メルに渡した。リズほどの寒がりでなければ、十分に温かいと感じるだろう。
「……マグマ成分配合?」
「安心してくれ。付与魔術の一種だし、さすがにマグマを使おうとは思わない。そもそも、マグマは採取できないぞ」
ひざ掛けを使い始めたメルは、クッションの温かさが逃げない影響もあり、顔に血色が戻り始める。寒い外から温かい家に帰ってくれば、ホッと安心するのも当然のこと。まっすぐボーッと前を見つめたメルは、ほんのり桜色の頬になり、耳がピクピクと動いていた。
目を閉じて安堵の表情を浮かべるリズと一緒だな。たまにクッションをフニフニしているのは、感触が気に入ったんだろう。
そんなお疲れの二人に提供する夜ごはんは、キッチンで魔力を込めるだけで作れちゃう、簡単クラフト料理だ。
一品目は、『ブラックオークの肉と玉ねぎの甘辛醤油サンド』になる。ブラックオークの肉と玉ねぎを薄切りにして、ハチミツと醤油で甘辛く炒めたものを、新鮮なレタスと共にロールパンにサンドされたもの。別名、焼肉サンドと呼ばれ、単純に俺が食いたいだけのメニューであり、五秒で簡単にできてしまう。
受験勉強の夜食で出てきたら、絶対にテンションが上がることは間違いない。
二品目は、『カボチャのポタージュ』になる。まだまだ子供の二人が寒空の下で頑張ってきたなら、温かいポタージュが飲みたいに決まってる。夜ごはんが物足りないと思ったら、ミルクパンを浸して食べるのもアリ。最後は器に付着した濃厚なポタージュをパンで綺麗にして食べるまで、病みつきになるかもしれない。
当然、二つの料理を並べてあげたら、リズが真剣な顔でパンをつかんで食べ始め……ん? 真剣な顔?
「ミヤビ、驚きの波状攻撃はダメ。すごいおいしいじゃん、何これ。ブラックオークと玉ねぎの甘みがパンと合うんだもん。味付けも濃いはずなのに、レタスでリセットがかかっちゃう。毎日食べても飽きないよ」
「……スープもおかしい。カボチャが丸々スープに変換されたくらい、濃厚。トロトロしてるし、野菜の甘みが強すぎる。どうしよう、先にスープに手を出したら、途中でやめられない。肉が食べたいのに、スープを飲んでしまう」
真剣な顔でモグモグして訴えかけてくるリズと、肉を見ながらポタージュばかり手を付けるメル。そして、平然とした顔で食べる俺。
「ブラックオークの肉、薄切りなのに旨味が強いな。うわっ、脂身が甘っ! 炒めた玉ねぎよりも甘み出してくるじゃん。おーっ、ポタージュとも合うし、昼ごはんで食べるのもいいんじゃないか?」
「これが昼ごはんで出てきたら……、いつもより依頼を頑張れると思う」
なんだかんだで嬉しいんだろう。真剣な顔で訴えかけてたはずなのに、ちょっと口元が笑っている。明日の昼ごはんに食べられるかもしれない、という期待の表れかな。
「でもな、思っている以上に塩を使うんだ。護衛依頼で色々買い込みたいし、後で金を半分出してもらってもいいか?」
「全然いいよ。むしろ、今までの料理も塩とか胡椒とか使ってるでしょ? パーティで使う経費なんだし、ちゃんと請求して。いつもおいしくて忘れるんだから」
「切羽詰まってないと、なんか言い出しにくくてさ。俺が勝手に買い物を済ませてるような感じだし」
「全部任せてるんだもん、気にしなくてもいいの。パーティで必要だと思ったら、何でも買ってきて、ちゃんと請求してね」
「わかった、これからは気を付けるよ。で、貴族の菓子折り代はいつ請求してくるんだ?」
「ごめん。言いにくいと思ったから、計算してない……」
「じゃあ、今後からは互いに請求しような」
「うん」
似た者同士の俺たちがパーティの決め事を作るなか、猫獣人のメルは猫舌らしく、一心不乱にポタージュと戦っていた。
「……肉が食べたいのに」
内輪の話をしていたとはいえ、ずっと料理に夢中のメルは、俺とリズの会話なんて聞いていないみたいだ。
最後の一滴まで絞り出すような勢いでポタージュを飲み進めると、ようやく肉を挟んだパンにかぶりつく。
我慢していた影響は大きく、口いっぱいに頬張ったメルの鼻にタレが付着してしまった。猫の獣人なのか、ハムスターの獣人なのかわからないほど、頬が膨れている。
そんなメルに言いたいことがある。
「あとでカボチャのポタージュ、おかわりするか?」
「……する」
「先にパンを食べてからだぞ。ポタージュだけでお腹いっぱいになったら、大変だからな」
「……あと二杯飲んだら帰る」
「大きくなるために、頑張って食べるんだぞ」
この後、きっちりポタージュを二杯おかわりしたメルは、満足そうな顔を浮かべていた。
リズの挨拶周りを手伝ってくれた礼みたいなものだし、簡単に作れるクラフト料理で喜んでくれたら、俺も嬉しい。クッションを持つ手をフニフニさせて、もう一つお礼が欲しい、と言わんばかりに見つめてくる姿は、ちょっと節度が足りないと思うが。
「クッション、一つだけだぞ」
「……ありがとう」
なんで獣人って、こんなに可愛いんだろうな。甘やかしすぎるのはいけないと思うけど、理性というストッパーが壊れてしまっている。
嬉しそうな顔で尻尾をユラユラと揺らすメルを見送ったとき、俺は確信した。やっぱり獣人がいると和む、と。