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第45話:土地の契約

 プレッシャーから現実逃避を始めてしまったリズの冒険者カードを預かり、俺は商業ギルドへ戻ってきた。


 午前中に来たときとは違い、あちこちのテーブルで商人さんや貴族みたいな人が商談している。宝石を査定する人や高そうな羽根ペンで書類を書く人がいるため、俺の場違い感が尋常じゃない。


 早く契約を済ませて帰ろうと思って受付カウンターへ向かうと、今朝担当してくれた男性職員が出てきてくれた。


「確か、午前中に来られた冒険者の方ですよね。お忘れ物でしょうか?」


 僅かな時間しか接していないけど、顔を覚えていてくれたようだ。契約しに来たとは考えもしないみたいだが。


「いえ、午前中に紹介いただいた土地を契約をしようかと思いまして」


 受付カウンターをバンッ! と叩いた男性職員は前のめりになり、すごい食い付きを見せてきた。


「ほ、本当ですかッ!? もしや、門兵の睨みつける視線に耐えうる強靭な精神をお持ちですか?」


 職員の過剰なリアクションは珍しいらしいのか、ワイワイと商談していた声が途切れて、商業ギルドが静寂に包まれてしまった。


 職員の相手が場違いの冒険者である俺なだけに、注目を集めるのは恥ずかしい。冒険者ギルドで肉を出して注目されるのは、大丈夫なのにな。まさか、このタイミングでTPOの重要性を考えさせられるとは。


「さすがに心が折れそうでしたけど、知り合いを頼ったら、予想以上にうまくいっただけです。それで、これを預かってきたんですけど」


 トレンツさんにもらった推薦状を渡すと、男性職員が豹変する。


「りょ、領主しゃまの推薦状ーーーッ!?」


 声が裏返るほど驚いた男性職員の奇声により、俺の注目度がまた上がってしまう。ザワザワとざわつき始め、チクチクと刺さるような視線を浴びている。


「い、いったいどのような展開になれば、このようなものを……。大変失礼ではございますが、本物か確認させていただきます。き、規則になりますので」


 ピシッとしたスーツに似合わないほどドタバタしながら、男性職員が受付カウンターを離れると、違う作業をしていた職員まで駆けつけて、三人がかりでコソコソとチェックを始めた。


 商業ギルドの職員と客が全員動揺しているのは間違いなく、騒然とした雰囲気になっていく。


「与える影響が大きいと、トレンツ様は土地の契約に関する推薦状を控えているはずですが……、印章は本物ですね」


「待ってください! この土地、職員泣かせのデッドアイランドですよ! 本当に合ってますか?」


「間違いありません。午前中には、冒険者ギルドのザイオン様より紹介状をお持ちいただきました。おそらく、スーパーエリート冒険者でしょう」


 あの人が……という視線で見られるけど、コソコソとしていた割りには声が大きかったので、全部俺に聞こえている。


 スーパーエリート冒険者という三流っぽい称号よりも、俺は肉王子と呼ばれたい。今後も冒険者ギルドに肉を納品して、肉王子の名前を広げていこう。


 そんな俺の心が伝わるわけもなく、緊張し始めた男性職員が手汗をハンカチで拭き、こっちに戻ってくる。


「確認は取れましたが、本当によろしいのでしょうか。一度契約すると、少なくとも一か月分の賃貸料が発生いたしますよ」


「トレンツさんに許可をいただきましたので、大丈夫です。というより、明らかに門兵さんが原因ですよね? 最初から商業ギルドが交渉したら、もっと早く契約が取れたんじゃないですか」


「おっしゃる通りですが、ベルディーニ家の跡取りはシフォン様しかおりません。温かい心で街の住人の支持を得ておりますし、ご婚約も決まっております。商業ギルドが介入できる状態ではありません。我々としては、あの土地にトレンツ様が推薦状を出されたことが何よりも不思議で……」


 確かに、試験と言わんばかりにクラフトスキルを使わされたし、護衛依頼も試験の一環であるのは間違いない。でも、一番影響が大きいのは、間違いなくあの人だろう。


「ヴァイスさんに紹介してもらったんですけど、それが原因ですかね」


 言ってはいけないことを言ってしまったのか、男性職員が白目を向いて驚いている。


「ヴァ、ヴァイスしゃまの紹介でちゅかーッ!! あの、生産ギルド名誉会長で在らせられる、『黒鉄』のヴァイス様とご関係がっ!?」


 薄々気づいていたけど、ヴァイスさんってとんでもない人だったんだな。他の武器屋から修理依頼が届くと言っていたし、年々繁盛してなかなか捕まらないらしいし、領主様にタメ口だし……。鍛冶師が二つ名を持っているなんて、余程すごい人物と言える。


 店の引き抜きを断ってるなんて言ったら、商業ギルドがひっくり返りそうだよ。ただでさえ、トレンツさんとヴァイスさんの紹介と叫ばれ、静まり返ってるんだ。ここはいったん場を落ち着けないと。


「ヴァイスさんとは深い関係じゃないです。積極的に冒険者をしてる生産職が珍しいみたいで、ちょっと気にかけてもらってるだけですから」


「な、何をおっしゃってるんですか! この国では、ヴァイス様に認めてもらえることが一流生産職の証になります。作った武器を見せるだけで、生産職の技量を正確に見切ると言われる伝説の職人。名前を覚えていただけるだけでも名誉なことですよ!」


 その伝説の職人はいま、付与魔術を失敗して雨漏りの修理に勤しんでいますけどね。


「いえ、本当に付き合いは浅いんです。仕事を押し付けられる印象しかなくて――」

「ヴァイス様の仕事をおてちゅだーーーーーい! ですかッッッ!」


 男性職員の緊張がピークに達したのか、最初のピシッとしたビジネスマンの姿は、もう存在しない。今や白目を向いて大きな口を開けっぱなしにした、アホっぽい人に成り果ててしまった。


 俺はどうするべきだったんだろうか。この人を落ち着けようとしていただけなのに、何を言っても大きな事柄に変換されてばかりだ。これが、口は禍の元、というやつなのかもしれない。


「とりあえず、土地の契約をお願いしてもいいですか? 色々見られてて恥ずかしいので」


「は、はいッッッ! う、承りましゅ!」


 一番恥ずかしいのは、緊張で噛みまくってる男性職員かもしれないが。


 結局、この後は無事に契約を進めていくことはできたが、商業ギルドにいる限りは注目されていた。


 その結果、ちょっとくらい値切れないかなーと思っていた俺は、紹介者たちの顔をつぶす行為に繋がるため、グッと堪えることになってしまった。が、商業ギルドからのご厚意で、頭金を免除してもらえるのだった。

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