第44話:ご機嫌のトレンツ
ぬいぐるみの片付けを終えて、リズとシフォンさんと一緒にテーブルを囲むと、やっぱり遊び足りないのか、メルだけは部屋の隅でぬいぐるみ遊びを始めた。
猫の獣人がぬいぐるみで遊ぶという激萌え展開に、俺の心がくすぐられる。ビデオを回して撮影したい、そんな気持ちになってしまうんだ。さすがに俺がメルとぬいぐるみ遊びをするのは……まずいよな。
獣人は本当に可愛いなーと眺めていると、コンコンッとノックされて、部屋の扉が開く。すると、小さな封筒を手にしたトレンツさんが、メガネをかけたメイドさんと一緒にやって来た。
明らかにご満悦な表情をしているため、俺は無事に試練を乗り越えられたと思う。
「本当に付与魔術が一時間で終わるとは、夢にも思わなかったよ。この分だと、Cランク冒険者であるリズくんの腕前も本物だろうね」
悪いな、リズ。ハードルをさらに上げてしまったようだ。領主であるトレンツさんの前だし、ジト目は控えてくださいね。
「ミヤビのクラフトスキルと比べられると、荷が重い気がします。彼とパーティを組んでいますが、戦闘でも助けられることもありますから」
「謙遜しなくてもいいさ。すでに冒険者ギルドへ問い合わせて、君たちのことを確認させてもらったよ」
たった一時間の間で何が……と思っていると、一緒に来たメイドさんがメガネをクイッと持ち上げた。
メガネのフレームに光が反射し、キラーンッと輝く姿を見れば、エリートメイドであることは間違いない。クセは強そうだけど、真面目で厳しいメイド長ってところかな。
当然、すでに領主様からチェックされていたことを聞かされたリズは固まってしまう。なんといっても、ぬいぐるみ遊びをしている間に審査されていたのだから。
「Cランク冒険者として経験不足は否めないが、冒険者ギルドも君たちには一目を置いているみたいだ。貴族の護衛を任せるのは未知数という、何ともハッキリしない返答だったが、もしよければ、娘の護衛依頼を受けてみないか?」
「は、はひぃ……?」
あまりにも緊張したリズは、返事なのか、聞き直したのかわからない返事をするが、トレンツさんは気にした様子を見せない。
「一週間後に王都の学園へ向けて出発するんだが、予定していたBランク冒険者たちが間に合いそうにないんだ。私兵団を同行させると仰々しくて困っていてね」
「は、はひぃ……」
ダメだ、急展開にリズの心が追い付いていない。貴族を相手にしているとは思えない、魂が抜けきったアホ顔になっている。
クラフトスキルでハードルを上げた俺にも責任があるし、ここはちゃんとフォローしてやらないと。
「失礼ですけど、俺たちだけで護衛依頼は厳しいですよ。サポーターと魔法使いだけでは、やれることに限度がありますので」
「当然、大事な娘の護衛に手を抜くつもりはない。すでにAランク冒険者パーティが街に滞在して、護衛の準備に入っている。メルくんに来てもらったのも、護衛依頼の打ち合わせを兼ねているんだ」
完全に遊び目的だと思っていたけど、メルも仕事だったんだな。シフォンさんも息抜きとコミュニケーションを目的として、ぬいぐるみ遊びに付き合ってる感じか。
「君たちにも同行してもらって、経験を積んでもらうのはどうかと思ってね。最初にも言ったと思うが、娘と同年代で活躍する女性冒険者は少ない。信頼できる人物となれば、稀有な存在になる」
声のトーンが低くなったトレンツさんは、真面目な顔で俺に目線を合わせてきた。
外部の人間と友好的な関係を作っておきたい、ということかな。領主であるトレンツさんの人脈は広くても、まだ若いシフォンさんはこれからだと思う。
随分と信頼されているのは、冒険者ギルドの評価も合わさっているのかもしれないけど、ヴァイスさんの存在が大きい気がするな。最悪、戦力にならなかったとしても、娘のために信頼できる冒険者を傍に置いておきたいと考えているはず。
「わかりました。俺たちにとっても良い話だと思いますので、護衛依頼を受けようと思います。Aランク冒険者が認めてくれるかわかりませんが」
そして、冒険者ギルドが未知数と判断した以上、護衛依頼を頼むAランク冒険者に審査させるつもりだろう。今後も護衛依頼を任せられるか、キッチリと見極めるために。
冒険者ギルドが未知数と判断したのは、森の調査依頼で十一体のブラックオークを倒した影響か、サポーターである俺の実力が判断しにくいからだと思う。
バレていたか、と言わんばかりの苦笑いを浮かべたトレンツさんは、手に持っていた封筒を俺に渡してきた。そこには、『推薦状』と書かれている。
「これは今日の礼だ。君たちみたいな晴れやかな未来を持つ若者が、向かいの土地にパーティ拠点を持ってくれると望ましい。商業ギルドに渡してくれ」
「ありがとうございます。でも、護衛依頼の結果を待たずに、先にこういうものを頂いてもいいんですか?」
「ヴァイス殿の声を無下にはできないし、期待をしているのも事実だ。すでに門兵には、君たちを客人としてもてなすように言っておいた。気にすることはない」
よしっ! これで自分で作る建築物に暮らすための障害はなくなった! 早く商業ギルドで契約して、明日から仮拠点を作るとしよう!
こだわり始めると時間もかかるだろうし、設計図も書かないと屋敷を作るのは厳しいから、まずは仮拠点を作るかな。
「期待に応えられるように、リズと一緒に頑張りますね。ところで、ヴァイスさんはどうされましたか? 雨漏りを直すと言ってましたけど」
「君の前では平然と過ごしているが、さすがにヴァイス殿も冷静ではいられなかったようだ。彼がミスする姿を初めて目撃したよ。内緒にしてやってくれ」
「これ以上は仕事を押し付けられたくないので、聞かなかったことにしますね」
「ハハハ、その方がいいだろう。ヴァイス殿の店は年々仕事が増えている。なかなか捕まらない彼よりも、今後は君を頼らせてもらうよ」
「冒険者の依頼がない限りは、頑張らせていただきます」
トレンツさんとガッチリ握手を交わすと、あまりの重圧に耐えられなくなったリズがメルの元へ近づき、現実逃避のぬいぐるみ遊びを始めた。空気を読んだシフォンさんも仲間に混じる姿を見て、改めて貴族は大変なんだと思った。
「ぐへへへ、助けは誰もやってこないぞ」
意外に、一番楽しんでいるのかもしれないが。