第42話:風呂場の修理
唐突に舞い込んだ修理イベントが発生し、リズとメルとは応接室で別れ、俺は風呂場に来ていた。
宿の大浴場ほどは広くなくても、貴族の屋敷に相応しい石畳の風呂。しかし、全体的に劣化した形跡が見られ、大きく割れていたり、ヒビが入っていたりしている。すでにヴァイスさんもチェック済みなのか、直す場所に素材が置かれているため、修理作業をするだけで良さそうだ。
なお、トレンツさんとヴァイスさんは一緒に来ているため、実技試験のような緊張感がある。話し合い程度なら緊張はしないけど、偉い人に作業を見られるのは、いくつになっても嫌なもんだな。
「思っていたよりも酷いですね」
「綺麗に見えるかもしれないが、この屋敷自体が古い建物になる。何百年も修理しながら、代々ベルディーニ家で受け継いでいるんだ。たまに酷い損傷を起こしてしまうのも、無理はない」
実際に大きく割れた部分を触ってみると、かなり鋭利に尖っていた。長年使用を続けたことで耐久力が大きく減り、急に損傷した印象を受ける。
「なるほど。広範囲に付与魔術をかけているおかげで、長持ちできるというわけですね。どうりでヴァイスさんが俺に押し付けてくるわけですよ」
「触っただけで損傷理由がわかるお前に言われたくねえな。ちょっとくらい悩んでもいいところだろう」
「付与魔術が切れた名残がありますし、壁や天井にカビが見当たらずに綺麗ですからね。メイドさんが丁寧に掃除してくれる貴族の家でも、もう少し汚れていないと不自然です」
「可愛げのねえ奴だな」
「男は仕事ができた方が喜ばれますし、俺に可愛げを求めるのはヴァイスさんくらいですよ」
面倒な作業を押し付けるヴァイスさんにちょっぴり反抗しながら、一番損傷が酷い場所から修理作業を開始する。
損傷して割れているとはいっても、レアな鉱石や素材を使用しているわけではない。これくらいの作業なら、一分も時間をもらえれば、アッサリと修理できる。修理跡を魔力加工で誤魔化すと、もう一分ほど時間はかかるけど。
みるみるうちに修理が完了し、手で触っても気づかないほど滑らかになったら、あっという間に完成だ。
「修理素材が余りますけど、置きっぱなしは邪魔になりますし、いったんインベントリに入れておいて、後でヴァイスさんの店に運びますね」
「最近は立て込んでるし、倉庫に置いておくには邪魔なもんだ。欲しかったらやるぞ」
「ありがたくもらっておきます」
こういう太っ腹なところは大好きだ。ドラゴンの牙も余分にくれたし、気前がよくて、本当は面倒見がいい人なんだろう。好奇心旺盛なタイプで、興味があることには首を突っ込んでくるみたいだけど。
ルンルン気分で作業に戻り、全力で修理作業に挑んでいく。
あくまでこの修理作業は、俺の実力を見るための試験になる。今後のトレンツさんとの付き合い方も変わるし、紹介してくれたヴァイスさんの顔に泥を塗るわけにはいかない。
堂々としていたトレンツさんが、ポッカーンと大きな口を開けるくらいで、ちょうどいい。
「ヴァイス殿……? クラフトスキルというのは、これほど修理が早かったか? 随分と洗練された作業に見えるが」
「言っただろ、俺よりも上手くて早いってな。貴族の家に紹介できるクラフターなんて、国中を探してもこいつくらいしかいねえぜ」
「いや、それにしても早すぎる。小さなヒビ程度なら、三十秒もかかっていない」
「おまけに作業も正確だ。ワシだったら、小さなヒビの修理に一分。その後、周りの石に馴染ませるために二分かける。魔力操作だけで勝負したら、完敗だな」
呆れ顔のヴァイスさんと唖然としたトレンツさんに見守られるが、風呂場や屋敷の建設はクラフターが専門とする分野だ。鍛冶師であるヴァイスさんは時間がかかって当然だし、武器や防具の製作で勝負したら、俺が勝てるはずもない。
やっぱり面倒見がいい親分肌だよな。領主様と対等に話せる自分を下げて、わざわざ俺を売り込んでくれるなんて。同じパーティであるリズの評価も上がると思ったのか、年下である俺にも敬意を持って接してくれてるのかはわからないが。
順調に作業をこなして、ヒビの修理作業を終えると、次は付与魔術に取り掛かっていく。
風呂場の暖かい湯気が通り抜けて、近くの部屋や通路に湿気が溜まると、カビが生えたり脆くなったりする可能性が高い。腐食しない風呂場を構築するためにも、付与魔術で水耐性を付与して、湿気に強い造りにする必要がある。
厄介なのは、広範囲な付与魔術を必要としていることだ。普通は、壁・天井・床と順番に付与魔術を施して、繋ぎ目や角や端を入念にチェックしなければならない。僅かな隙間が生まれるだけでも、付与魔術が剥がれる原因になるから。
まあ魔力操作に慣れてくると、一気にやった方が早くて正確な作業になるんだけどな。
「風呂場全体に付与魔術をやり直しますので、一時間くらい時間をもらってもいいですか?」
「い、一時間っ!? ……ゴホンッ、いや、任せよう」
トレンツさんが取り乱すのも、無理はない。VRMMO『ユメセカイ』のなかでも、こんな広い空間に付与魔術を施していた人間はほとんどいなかった。だって、普通は装備にするものだしな、付与魔術って。俺は建築物に付与魔術を施す変わり者だったから、一気にできるだけだ。
「お前、まさかこの規模の空間を一括で付与魔術でもするつもりか?」
「バレました? そっちの方が早く終わりそうですし、手間がかからないんですよね」
「大したもんだ。ワシなら分割して、丸一日かかって終わればいい方だな。明日以降の作業は必要なくなりそうだし、待ってる間に雨漏りの修理でもやっておくか」
「さすがに付与魔術で疲れそうなので、助かります」
「気にするな。一番助かってるのは、ワシだからな。トレンツ、雨漏りの場所へ案内してくれ」
「ヴァイス殿、クラフトスキルとはどのようなスキルだったか、教えてもらえると助かるんだが」
落ち込むように下を向いたトレンツさんと、励ますようにバシバシ背中を叩くヴァイスさんを見送りながら、俺は風呂場に付与魔術をかけ続けるのだった。




