第40話:睨みつける門兵さん
商業ギルドで教えてもらった土地にたどり着くと、目の前には広々とした空間が広がっていた。
ボロボロで壁や窓に蔦が絡みつく大きな屋敷に、雑草が生え放題の広々とした庭。まったく手入れされていない影響か、木が何本か根本から折れているけど、採取とインベントリで簡単に片付けられると思う。
十年以上も契約がないと言っていたけど、物件自体はアリかもしれないな。
「大きな敷地で日当たりはいいし、庭も十分に確保できている。パーティの拠点にしては最適だと思うぞ」
「金銭に余裕ができたら、メイドさんを雇ってもいい広さだね。大きな花壇ができると心が安らぐかなー」
「花の手入れはマメじゃないと厳しいし、依頼で家を空ける日があるから、メイドさんは必要になってくるか。まるで貴族みたいだな」
「ここは貴族街だからねー。メイドさんを雇ってもおかしくないよ」
「そうだな。貴族街ド真ん中すぎて……門兵さんの目線が想像以上にキツイけどな」
あくまで、物件はいい。でも、後ろを振り返れば、門兵さんが睨みを利かせていて、警戒心がすごい。領主邸を守るだけあって、真面目に仕事する人が門兵さんに選ばれているみたいだ。
「毎朝あの目で見送られるとなると、私は二日で心が折れると思うよ。振り返りたくないもん」
「気持ちはわかるぞ。背中で視線を感じるほど鋭いもんな」
「ある意味すごくいい警備体制で、防犯面は何も心配しなくても良さそうだね。住んでる本人も家へ帰ってきにくいっていう問題は生まれるけど」
二人でチラッと後ろを確認すると、屈強な兵士が力強い目力でこっちを見ていた。
貴族街で冒険者が立ち止まっているせいか、怪しいと思われているんだろう。領主様の依頼を受けない限り、門兵さんの厳しいチェックから逃れられない気がする。リズが苦笑いを浮かべているし、同じ気持ちなのかもしれない。
良い土地ではあるんだが、まだ俺たちには早いか。
「お前ら、何やってんだ?」
「……んだ?」
門兵さんに気を取られていると、不意に聞き覚えのある二人の声が聞こえてきた。振り向いてみると、鍛冶師のヴァイスさんと猫獣人のメルが一緒にいる。
「ヴァイスさんとメルこそ――」
「ヴァイスおじさんとメルこそ――」
猛烈な違和感に襲われ、俺はリズと顔を合わせた。互いにおかしいと思ったのか、目をパチパチさせて見つめ合う。
「俺はたまたま知り合った二人なんだが、リズはどうなんだ? かなり親密な間柄でないと、おじさんとは呼ばないぞ」
「お父さんが亡くなった後、冒険者になるまで面倒を見てくれた人が、ヴァイスおじさんなの。メルは護衛依頼でよく一緒になるし、大浴場で遊ぶ仲間だよ」
「子供じゃないんだし、大浴場で遊ぶなよ。高級な宿に泊まる人間がやるには、ちょっと恥ずかしいぞ」
「人が少ないと泳ぎたくなるじゃん。冒険者の心理みたいなものだから」
まだまだ子供のメルは納得できるけど、リズはやっちゃダメだろう。一時的とはいえ、いったいヴァイスさんはどういう教育をしてきたんだ?
「お前ら、空き巣に入るならもっといい屋敷にしておけ。そこは誰も住んでないぞ」
義理の娘みたいな存在のリズに、空き巣の心得を教えようとしないでくれ。
「……オススメ」
メルがピシッと指を差した方向は、領主邸である。門兵さんの視線がさらに厳しくなったのは、言うまでもないだろう。
「誤解ですよ。俺たちはこの土地をパーティで借りようか迷ってて、軽く下見に来ただけですから」
「冗談だ。かなり広い場所になるが、こいつを壊して新しく建て直すつもりか?」
「クラフターなので、自分の建てた家に住みたいんですよね。他にも色々建てようと思うと、ある程度の広さが欲しくて」
「優雅なクラフターもいたもんだな。それにしても、お前らがパーティを組んでいるとは、興味深い。今後はリズの杖とローブの手入れをしてやってくれ。うちの店に素材はある」
そういえば、パーティを組んでいても、リズの装備を手入れしたことはなかったな。入れ違いでヴァイスさんにお願いしてたのかもしれない。
「ヴァイスさんが手入れしてたんですね。リズの装備も面倒な素材を使ってるのかと思うと、頭を抱えますよ」
「ガッハッハ、押しつけがバレたか。上等な代物を使っているのは事実だが、パーティの武器を手入れするのもサポーターの仕事だ。お前の腕なら修理できるだろう。どっかのバカタレと違って、定期的にケアをしてるからな」
どこの誰のことを言っているのかは明らかで、メルにヴァイスさんの拳が降り注ぐ。が、さすがにメルも学習したのか、横にずれてサッとかわしていた。
二人の間で無駄な睨み合いが続いているのは、武器のメンテナンスで思うところがあるんだろう。今日は持って行ったじゃん、と言いたげなメルと、今日だけだろ、と言いたげなヴァイスさんがいる。パッと見ただけでは、孫と爺の争いみたいだ。
一方、ヴァイスさんに面倒を見てもらったリズは呑気なもので、杖を大事そうに抱えて、俺の方に目を向けてきた。
「ミヤビって、何でもできるんだね。この杖は、ヴァイスおじさんがミスリル鉱石から作ったもので、扱いが難しいの。維持費は大変だけど、お父さんの形見だから大切にしてるんだー」
押し付けられた武器の手入れ、ハードルが高くて重いんだよなー。形見を手入れするなら、ちゃんとした鍛冶師の方がいいと思うぞ。
「一回、貸してもらってもいいか? 本業の鍛冶師と違って、俺は手に持たないとサッパリわからないんだ」
「うん、いいよ」
形見の大事な武器をアッサリと渡してくれる辺り、さらにハードルが上がるが……。
「メルの武器を修復した時と比べたら、何倍かマシだな。破損しない限りは大丈夫そうだ」
意外にいけそうな雰囲気があった。やってみないとわからないけど、ドラゴンの牙と比べたら、ミスリル鉱石の方が楽そうに思える。
「簡単に言ってるけど、その杖を修理できる人は限られるよ。この街だとヴァイスおじさんしか見れないし、王都の鍛冶屋さんでも二店舗しか見てくれないの」
「そういう情報は早めにほしかったよ。俺がやるのであれば、絶対に定期的に見せてくれ。ヒビを直すような作業はやりたくない」
「ヒビなんて入れるほど、乱暴に扱わないもん」
ムスッとしたリズに杖を返す。思い返せば、いつも肌身離さずに持っていたような気がするよ。
「それで、ヴァイスさんとメルは貴族街まで何しに来たんですか?」
スッカリ忘れていたと言わんばかりに、二人が手をポンッと叩いたことで、バチバチと続いていた睨み合いが終える。
「こんなことをしてる場合じゃねえ。俺は領主の屋敷を修理しに来た。雨漏りが見つかったのと、風呂場が壊れたんだとよ。こいつも領主の屋敷に行くんだが、理由は呑気なもんだぜ」
「……遊びに来た。今日は新戦力を投入する」
そう言ってメルが手荷物から取り出したのは、俺が迷子の礼に作った猫のぬいぐるみだ。どうやら、ぬいぐるみ遊びをするために領主の屋敷へ行くらしい。
「見た目以上に子供っぽいところがあるんだな」
「……貴族の遊び」
「間違いなく子供の遊びだぞ」
えっ? と驚いているところから推察すると、貴族のご令嬢と仲がいいんだろう。つまり、二人は領主様とゆかりのある人物になる。
この人脈を使わない手はない。
「リズ、ぬいぐるみ遊びはできるか?」
「あまり言いたくないけど、たまにメルとやってる」
それは本当に言いたくなかっただろう。でも、とても貴重な情報をありがとう。領主邸でぬいぐるみ遊びという接待をすれば、門兵さんの睨みを解決できるかもしれないのだから。
普通であれば、領主様に紹介してくれ、なんてお願いを聞いてくれる人はいない。しかし、短い期間でもリズの育ての親であり、メルの武器の修理を押し付けたヴァイスさんには、貸しを作っておいた。ミスリル鉱石で作ったリズの武器よりも難易度が高かったことを考えると、とんでもないことをやらされていたんだろうな。
おかげで、心おきなく無茶なお願いすることができるよ。
「ヴァイスさん、俺に借りがありますよね。ちょっとお願いを聞いてもらいたいんですけど、いいですか?」