第36話:慕うべきお姉さん
心を見透かされるように真っすぐな瞳でエレノアさんに見つめられ、俺はこの人に心の拠り所を求めていると気付かされた。
リズがお姉さんと慕う気持ちもわかるよ。聞き上手というか、弱みを見せてたところに入って支えてくれるというか、自然と頼ってしまうような優しい雰囲気がある。
「初めて調査依頼に挑戦しましたし、大成功のままで終わらせてあげたいじゃないですか。慣れない作業にリズはずっと頑張ってましたし、自分のせいではないとわかっていても、責任を感じて落ち込むかもしれません。俺がこんな感じですからね」
「おっしゃる通りです。リズちゃんは精神的に脆い部分がありますし、受付の私を心の拠り所とするくらいです。調査依頼の受理を断ろうか頭によぎったくらいには、まだまだ不安定な子ですね」
「やっぱり気づいていたんですね。本人は内緒にしているみたいですけど、エレノアさんは理想のお姉さんらしいですよ」
「まあっ! いつの間にか可愛い妹ができていたんですね。もう少しお姉さんっぽく振る舞おうかしら」
頬に右手を添えて考えるエレノアさんは、意外に嬉しそうだな。過去に冒険者をやっていた自分と照らし合わせて、女性でソロ冒険者を頑張るリズを心配していたんだと思う。
「今のままでも十分にお姉さんなので、大丈夫だと思いますよ」
「ミヤビさんは、大人っぽくてお兄さんみたいですね。年頃の男の子は、もう少し女性を褒めることに躊躇するんですが」
「エレノアさんが魅力的なお姉さん過ぎて、素直な感想しか出てこないだけです」
「そういうところですよ。おだてなくても買取額は高値がつくと思いますから、心配しないでくださいね」
本当のことですけど、サラッと流すエレノアさんが一番大人だと思いますよ。買取額を上げるために言ってるわけではありませんが。
「ついでに、もう一つ内緒のお願いがあるんですけど、いいですか?」
「リズちゃんが関わるのであれば、お姉さんなので、聞くだけは聞きましょう。あくまでギルド職員ですから、無茶なお願いは承れませんが」
「ありがとうございます。でも、リズは関係ないというか、バレると恥ずかしいというか。今回の調査依頼で俺が受け取る依頼報酬を、未亡人になった方に裏で回してもらえないかなーと思いまして」
エレノアさんが目をパチクリさせるくらいには、自分で馬鹿なことを言っている自覚がある。知らない女に金を回すなんて、正気の沙汰とは思えない。
でも、VRMMO『ユメセカイ』で建築した『月詠の塔』で、俺の世界観は変わってしまった。毎日何十通もの結婚報告を受け取り、幾人もの幸せなカップルたちを目の当たりにしてきて、何もしないというのは考えられないんだ。
あんなに幸せそうな思いで結婚した人たちが一生会えなくなるなんて……そう思うだけで、俺の心が持ちそうにない。
「俺とリズは依頼報酬を平等に分配しますから、半分を回していただければ構いません。さすがにブラックオークの買取分まで回す気はありませんけど、そうしないと、俺が引きずりそうなので」
知らないカップルたちの結婚を祝いすぎた結果、自分に関係ない人間にまで感情移入するなんて。今までの自分なら考えもしなかったよ。情けないというか、損な性格になっちまったなー。
「ギルドとしては構いませんが、本当によろしいんですか? 私の経験から推測すると、森の調査依頼にブラックオークの討伐代も組み込まれて、かなりの額になります。金貨百枚は優に超えると思いますよ」
「ブラックオークの素材を買い取ってもらえれば、それ以上になると思いますから、問題はありません。生活費が困ることはないですし、初めての依頼で同業者の死を目の当たりにして、何もしない方が後味悪いんです」
大きなため息を吐くエレノアさんは、大人だけあって、一般的な感覚を持っていると思う。優しさだけでは生き残れない、そんな非情な現実がわかっているに違いない。
「大人っぽい男の子かと思っていましたが、まだまだ考え方が甘すぎます。リズちゃんとパーティを組むのは、お人好しな性格でないと務まらないのかもしれませんね」
「ケジメみたいなものですよ。俺も甘い考えだなーって思いますし」
「亡くなった冒険者に見舞金が集まるケースはありますから、今回はそういう形で処理します。ですが、関わりのない冒険者の死に、深く感情移入はしないように気をつけてください。今回に関しては、私が余計なことを言ってしまったのも原因の一つですが」
「いえ、気になっていたので、教えてもらえて助かりました。自分でもこんなことをする人間だったんだなーと、不思議に思います」
「そんなことばかりしていては、破産しますよ。今まで私が受付を担当した人でも、亡くなった方の家族に依頼報酬の半額を寄付したい、と言った人は一人だけいますが、全額を渡そうとする人はいません。……でも、そういう甘い考えは個人的に好きです。素敵だと思いますよ」
不意に、エレノアさんに満面の笑みを向けられ、俺は必要以上にドキッとしてしまう。
こういう美人の笑顔に弱いから、今まで色々と声をかけてきたのに、恥ずかしい。自分で顔が熱くなっているとわかるくらいには、感情がコントロールできそうになかった。
「……ありがとうございます」
「あらあら、色々と子供っぽい部分もありますね。褒めるのは得意でも、褒められるのは弱いのですか?」
「いや、本当にエレノアさんは美人なんで、不意をつかれるとダメなんですよ。リズが理想のお姉さんと慕うのも、気持ちはわかるんですから」
「ふふふ、今日は可愛い妹と弟が一緒にできちゃいましたかね、ミ~ヤビく~ん」
「ほ、本当に勘弁してくださいよ。恥ずかしいんですから」
弱音を吐いた俺を元気付けようとしてくれたのか、普通にからかわれているだけなのかは、わからない。ただ、エレノアさんの優しい瞳に見つめられ、悪い気はしなかった。
「すぐに顔が赤くなって、ミヤビくんは可愛いですね」
この日、俺はリズと完全に意見が同調したことだろう。優しく励ましてくれる心の広いエレノアさんは、慕うべきお姉さんであるべきだ、と。