表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/168

第28話:湖畔の調査

 毎日二時間かけて森まで通い、調査依頼を続けた、五日目の昼。森の入り口や外周に近い場所は異常がないとわかり、今日から森の奥地へ足を踏み入れて、調査することになった。


 危険度は高くなるものの、有用な手掛かりが得られる可能性は高い。本格的な調査を実行するのは、今からだとも言える。それでも、この五日間で調査した経験は大きかった。


 俺もリズも調査の要領がつかめてきて、森での不要な会話は激減。音が鳴りそうな枯れ葉を避けて進み、リズのハンドサインだけで意思疎通ができる。何より、リズが武器を構えると、俺は反射的にスコップで穴を掘る体勢を取るようになった。


 地震が起きた時、反射的に机の下に隠れようとする心理に近い。平和な森に緊張感を持つことで、非常時には穴を掘って迅速に避難ができるんだ。生き延びるためには、これくらいでちょうどいい。リズと違って、俺はダサく見えるけどな。


 前を歩いていたリズが左手を上げて立ち止まり、周囲の音を確認し始めた。風魔法を使ってるとはいえ、正確な音を聞き分けてもらうために、俺はジッと待ち続ける。


「この先はもう少し慎重に行くよ。行方不明の冒険者たちが依頼を受けた、ラトル草の自生地帯の湖があるから」


「わかった。何か異常がありそうな場所は指で差してくれ」


 頷いたリズと一緒に警戒しながら歩き進めていくと、すぐに大きな湖が見えてきた。森の木々に身を潜めたまま、俺とリズは湖の様子を確認する。


 湖畔には木々が存在せず、少し開けた空間になっているため、見晴らしがいい。背の低い青い花を咲かせる薬草が、ラトル草になるのかな。あちこちに自生しているし、珍しいものではないだろう。


 木々から出て調査するのは勇気がいるな、と思っていると、リズがちょいちょいと遠くの地面を指で差した。そこには、黒っぽい何かが置かれている。


「焚火の跡っぽくない?」


「遠くてわかりにくいが、俺もそう思う。ラトル草の採取をする前に、のんびり休憩したのかもしれない」


「調査依頼が掲示された時期と、丸一日雨が降った時期が重なると思うの。素早いウルフ系の魔物は地面がぬかるんでても関係ないし、苦戦を強いられたのかな」


「装備を解除しなかったとしても、軽く湖の水で汚れを落として、体を温めるくらいはやりそうだな。焚火の後始末をしていないとなると……、この辺が怪しいポイントか」


 一気に緊張感は増すが、周囲に変化は見られない。リズが警戒を強めて遠方を確認するように睨みつけても、何も見つからないのか、キョロキョロしてばかり。


「先に進んだ方が早いと思うけど、ちょっと張り込んでみよっか。冒険者が油断していたにしては、焚火の放置が気になるの」


「賛成だ。森が火事になる可能性を考えられないほど、何か取り乱す出来事が起こって、この場を去った気がする。帰ってこなかったとなると、森の奥へ一時的に避難したんだろう」


 うんっと頷いたリズと意見が同調すると、俺たちはそのまま木で身を隠した。慎重に地面を改良して、長時間座っても大丈夫なように、クッションを敷きながら。


 ***


 太陽が沈み始めた夕暮れ時になると、湖畔がオレンジ色の光を反射していた。キラキラと輝く水面が綺麗で、穏やかな森に思えるが……リズは遠方を睨みつけて、人差し指を口元に近づける。


 絶対に音を出してはいけない、と。


 ゴクリッと喉を鳴らし、息を潜めて遠方を見守っていると、二メートルはある大きな魔物が二体も現れた。一体が両手にウルフを担いでいるため、狩りをしていたと思われる。


 魔物に目を向けたまま、リズが俺に顔を近づけてきた。


「原因は、オークっぽいね」


「遠くてわかりにくいが、オーガっぽくないか? 黒くて筋肉質に見えるぞ」


「突然変異で黒くなると、ブラックオークっていう種類になって、闇魔法を使うようになるの。オーガだと森を破壊する傾向にあるし、ブラックオークで間違いないと思う」


 豪快に暴れまわるオーガと違って、ブラックオークは森に身を隠して狩りをするのか。見た目以上に慎重な性格だと考慮すると、冒険者が焚火の後始末をせずに逃げたことにも、納得ができる。気づいた時には近くにいて……という感じだろう。


「ウルフを担いでいるし、仲間のところへ持ち運ぶみたいだな。どうりでウルフの数が減ってる割には、骨の一つも見当たらないわけだ」


「同感。今日まで群れで出てきたウルフはいなかったもんね。ブラックオークが相手だと、ウルフは衰退傾向になると思うよ。通常のオークだとDランクだけど、ブラックオークはCランクの魔物に分類されるから」


 リズとコソコソ話していると、湖の周囲を目視で確認をしたブラックオークは、異常がないと思ったのか、森の奥へと帰っていく。


「証拠の品は何もないけど、これからどうする? このまま冒険者ギルドに報告して、調査依頼を終えても問題はないと思うぞ。魔物の後を追って、棲み処まで暴くのもいいとは思うが」


「いったん帰ってギルドへ報告……が一番安全だと思うけど、気づかれていないし、尾行しよっか。夜までに街へ戻れないと思うから、今日は地下で一泊になっちゃうけど」


「俺は構わないけど、リズは大丈夫か? その……同じ空間で一夜過ごすのは、抵抗ないのかなって」


 もちろん、変なことをするつもりはない。ただ、確認くらいはしておいた方が無難だし、無理に調査を続ける必要もない。魔物の尾行なんて、かなり神経を使うだろうから。


 しかし、そんな俺の心配が伝わることもなく、リズは尾行を始めるために動き始めた。


「別に大丈夫かな。ミヤビってさ、何かお父さんみたいなんだよね。必要以上に褒めてくれたり、ごはんを作ってくれたり、冷え性を気遣ってくれたり。私より年下なのに落ち着いてて、年齢詐称してるんじゃないかって思う時があるよ」


 実際に詐称してるし、こっちもリズが娘に思える時が多いぞ。しっかりしてる割には抜けてるところがあって、無防備な姿を見せられると心配になるんだよな。


 ……ちょっと待ってくれ。俺のことを父親っぽいと思ってるから気を許してくれている、そういうことか? そんなことに気づいてしまったら、もっと心配になるだろうが! 男を見る目は大丈夫かよ!


「客観的に聞くと、やってることが母親っぽいけどな」


「ごめんね。私、産まれてすぐにお母さんは亡くなったから、お父さんしか知らないの。だから、ミヤビはお父さんっぽいことしかわからないかな」


「そうか。なんか、悪かったな。それなら、お父さんポジションでいいよ」


「じゃあ、ブラックオークに置いて行かれないように後を付けるよ、お父さん」


「呼び名はミヤビでお願いします」


 緊張感のない会話が終わると、俺たちはブラックオークの尾行を開始するのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

2025年5月24日より、新作『モフモフ好きのオッサン、異世界の山で魔物と暮らし始める』を投稿しております! ぜひチェックしてみてください!

https://ncode.syosetu.com/n1327kn/

+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ