第27話:調査開始
街の東門から二時間ほど歩いた北東の森で、俺たちは調査依頼を開始した。
初めて森を調査するということもあり、リズを先頭に恐る恐る足を踏み入れたが、何もない。油断してはいけない依頼とわかっているので、神経を研ぎ澄まして進む。
しかし、三時間経過する頃には、平和で静かな森にしか思えなかった。
鳥のさえずりが聞こえるなか、ガサガサと草木を揺らして小さなウルフが逃げていく。太陽の光が葉で遮られて肌寒いし、慎重に動かなければならないため、体温も上がりにくい。
俺でも寒いと感じるくらいだし、冷え性のリズはもっとツライかもしれない。まずは森に住む魔物の痕跡を探そうと集中しているから、今は気にしていなさそうだけど。
腰を落として小さな木を確認するリズは、真剣そのもの。何も見つからなかったようで、期待外れのため息を吐くと、ゆっくりと周囲を見渡していた。
「調査依頼って難しいね。おかしいを前提に調べてると、普通のことでも違和感を覚えちゃうの。木の成長が不自然に思えたり、緑の量が少なく見えたり、葉の揺れる音が不気味に聞こえたりする」
「気持ちがわからないでもないよ。平和な森に思えるけど、平和すぎて落ち着かない気もする。素材採取へ行った森より魔物が大人しいだけかもしれないし、一概におかしいとは言いにくいよな」
リズと一緒に木材を採取した際は、半日で三十体のウルフを討伐する羽目になった。あの時と比べると魔物の数が著しく少ないと感じるけど、木を伐採する採取音を出した影響で魔物を強く刺激していた可能性がある。住み処の近くの木を採取している人間がいたら、敵だと判断するのも当然のことだろう。
「同感かな。森に棲む魔物が少ない気はしてるの。もう少しウルフが群れててもいいのかなーって。今のところ、はぐれウルフと幼いウルフしか見てないんだもん」
「立ち入り禁止になったことを考慮すれば、魔物の数が増えている方が自然だよな。冒険者が討伐に来ないと、繁殖しやすくなると思うんだ」
「最近ついた傷痕も少ないし、魔物の数は減ってると考えてもいいと思う。ウルフが隠れられそうな小さな木にも体毛が引っ掛かってなくて、活動した形跡がないんだよね」
「ウルフが減少傾向にある森か……。これだけだと、調査依頼にしては情報が乏しいな」
「魔物が少ない場所を歩いてるだけかもしれないからね。調査依頼が出てなければ、深く考えるようなことでもないし、私だったら普通に進んじゃうかな」
木がバキバキに折れてたり、無残な姿で魔物がやられてたりしたら、誰でも危険だと察すると思うけど、この森は違う。リズの言う通り、普通に進むのが当たり前に思えるほど、平和な森だと言える。
でも、それで戻ってこない冒険者がいる以上、侮るわけにもいかない。
「とりあえず、奥へ進むのは後回しにして、慎重に調査した方がよさそうだな。先に森の外側をグルッと一周まわって、異変が見当たらないか探してみないか? それだけでも何日かかかるだろうし、調査にも慣れてくると思うんだ」
「うーん、初めての調査依頼だし、そうしようかな。今のままだと、どういった危険があるかわからないもん。一応、この辺りの木を一本採取してもらってもいい? 森の環境が変化したか調べたいから」
森に異変はなさそうだが、森全体が侵されているパターンもあるのか。何らかの影響で毒が発生して、木の内側が腐っているような状態なら、そこに生息する魔物が減少するのも納得ができる。
「大きめの音が出るけど、大丈夫か?」
「平気だよ。風魔法を応用すると、遠くの音まで確認できるの。集中しないとうまくいかないから、あまりやらないんだけどね。今のところは音を出しても危険を伴うことはない……というより、全然魔物がいないかな」
困惑するリズに確認が取れると、俺は森の木を採取する。念のため、いつでも穴を掘って離脱できるように、スコップを地面に置いておいたが、出番はなかった。採取が終わっても、平和な森のままだ。
「いったん森の外に出て休憩しよっか。ずっと集中してるのは、さすがに疲れちゃって」
「まだまだ初日だし、ゆっくりやっていこうぜ。予想以上に地道な作業になりそうで、息が詰まる気持ちもわかる。もっと原因になりそうな痕跡が早く見つかると思ってたよ」
「弱音を吐くのはまだ早いよ。ミヤビが言い出した依頼なんだし、ちゃんと最後まで付き合ってよね。私も初めてで、うまく要領がつかめないんだから」
リズがムッとした表情を浮かべているから、誤解をさせる言い方だったのかもしれない。森の変化を見つけられないリズが悪い、そう受け取られてしまったんだろう。
「ごめん、言い方が悪かったな。調査依頼を侮っていただけで、リズを悪く言いたいわけじゃない。今日の昼はジンギスカンにするから、それで許してくれ」
「……許す」
機嫌を取るの簡単だな、と思いつつ、俺たちは森の外へ向かうのだった。
***
森から離れた平原で休憩セットを取り出すと、予定通りジンギスカンを食べた。思っていた以上にリズも疲弊したのか、今日は食事中の警戒が緩く、少しボーッとしていた気がする。
初めての調査依頼で緊張していたんだろう。常に風魔法で音の確認をするのは、安心感があるけど、疲労が大きそうだ。今後は手を抜くことも覚えないと、半日も持ちそうにない。冒険者としてレベルアップするには、良い課題になるだろう。
そんなリズが食後の温かい茶でクールダウンをするなか、俺は机の上に紙と鉛筆を取り出し、手を動かす。
いつの間に用意したのかと思われるかもしれないけど、竈で魔物の骨を『にかわ』に変換して、木材と一緒にクラフトすると、紙が作れるんだ。同じく、竈で木材を『木炭』に変換したものを、木材と一緒にクラフトして鉛筆が作れるため、いつでも筆記用具くらいは簡単にできる。なお、花から染色剤も取れるため、色鉛筆もクラフトできて、非常に便利だ。
「さっきから何を書いてるの?」
眠そうに目を擦るリズは、目をシバシバとさせていた。今まで依頼終わりでもこういう姿は見たことがないため、ちょっと心配だな。眠くなる要素が多い分、仕方ないとも思うけど。
昼ごはんを食べたばかりで、森と違って太陽光に照らされると、ポカポカして温かい。机の下は影になるけど、ひざ掛けがある。温かい茶で眠気を覚まそうとしているのか、内側から体が温まって眠気が増しているのか、もうわからない状況だ。
「俺も痕跡がないか探してるつもりだけど、周囲の警戒をリズに任せてる以上、暇だからな。その分、調査したデータをまとめておいたら、後で楽になるかと思って。魔物が付けた傷痕が多い場所は、戦闘があったのか、狩り場所だったのか、棲み処が近かったのか。このまま書き続けていけば、推測くらいできるようになるだろう」
幸いなことに、俺はこういう細かい作業が得意だ。大きな建築物を作るには設計図が必要だし、仕事で書類を作った経験もある。パソコンがなくて不便だけど、リズばかりに負担をかけるわけにはいかない。
「サポーターらしくていいかも。絵も上手でわかりやすいし、文字ばかりじゃなくて、見やすい。調査するルートの参考にもなりそうだし、助かると思う」
「……だろ?」
素直に褒め言葉を受け取る俺は、ちょっと照れた。
今まで建築作業で設計図を見せたことはないし、こういったことを褒められると、普通に嬉しい。眠くて無防備なリズがお世辞で言っているとも思えず、何とも言えない感情になる。
眠気が吹き飛びニヤニヤするリズを見れば、自分の顔に出ていることくらい、容易に想像もつく。
「照れなくてもいいのにー。短いコメントが書けるようにもなってて、後から見てもわかりやすいね。あっ、そこは顔の色と一緒で、赤色がいいんじゃないかなー」
言うようになったな、リズ。最近は俺が褒めちぎっていたからって、こういう時に攻めてこないでくれ。抵抗の仕方がわからないぞ。
「魔物が通った道を赤にしようと思ってる……かな。調査のキーポイントになりそうだし」
「確かに、冒険者が帰ってこないことを考えると、魔物の行動は大事だよね。詳しく書き込みすぎちゃうと、かえって混乱するかもしれないけど。他のエリアも調査していったら、まとめる内容も多くなるし」
「また後で全体図を書き直して、対処しようと思うんだ。他のエリアと照らし合わせれば、考え方も変わってくる。ひとまずここには、わかったことを全部記入していくよ」
「ふーん、ミヤビくんは頑張り屋さんだね。サポーターのお仕事が向いてると思うよ」
褒め方が子供向けなんだよなー。肉体年齢的にはリズの方が年上だし、こういう感じが自然なのかもしれないが……絶対にからかってるだろう。中身は良い大人なんだし、やめてくれよ。
「ありがとうございます、リズ姉さん」




