第26話:サポート力
翌日、冒険者ギルドにやってくると、依頼掲示板の前でリズが渋い顔をしていた。最近は良い依頼がなくて、ずっとこの調子だ。
行動範囲を広げればいいんだが、野営という壁が立ちはだかる。もう少しパーティ人数を増やしたり、他のパーティと共同で依頼を受けたりしないと、さすがに厳しい。
男女二人で野営するっていうのも……リズくらい若い女の子だったら、抵抗が強いだろう。俺が変なことをするつもりはなくても、リズがどう思うかは別の問題になる。
野営が必要な依頼に関しては、俺が口を挟まない方がいい。でも、他の依頼を提案することくらいはできる。
「この依頼はどうだ? 森の調査依頼なんだが」
俺が気になったのは、街から二時間離れた北東の森の調査だ。湖の近辺に自生するラトル草を採取に向かった冒険者が二組も帰ってこず、依頼が滞っているらしい。現在は立ち入り禁止になっていて、依頼報酬は出来高と書かれていた。
「実は調査系の依頼って、受けたことがないんだよね。慎重にこなす必要があるし、一人だと調査範囲が広くて、何日も時間がかかるの。あと……責任が重い」
最後にボソッと呟いた言葉が、リズの本音なんだろう。調査依頼の報告が間違っていれば、誰かが命の危険に晒されるかもしれないから。
「依頼に期限はないし、正確な調査をするために、時間をかけてゆっくりこなせばいい。今日も簡単な依頼で済ませるより、リズも冒険者として、新しい経験を積んだ方がいいだろう?」
「それはそうなんだけどさ……、この依頼は一週間前から貼ってあるんだよね。冒険者が二組も戻ってこないっていうのは、さすがに気味が悪くて」
他の冒険者が避けるくらいだし、慎重なリズが避けるのも当然だろう。でも、少人数で行動する俺たちは隠密行動がやりやすいし、リズの能力を活かすには、最適な依頼になる。
「リズは索敵能力に長けているし、危ないと思ったら撤退する判断力もある。少しずつ調査範囲を拡大すれば、命を脅かす事態には陥らないよ」
「もう……またそんなこと言って。褒めてくれるのは嬉しいけど、私の魔法攻撃が弱いこと、前に言ったじゃん。想定外の魔物が出やすい調査依頼は、やっぱり危ないよ」
「あくまで森の調査であって、魔物と戦う必要はないだろ? パーティで行く以上は、危険が近づいてくるとわかった時点で、安全な場所に隠れたらいいんだよ」
そう言って俺は、ギルドの床を指で差した。
最強の防衛力を誇り、地上の魔物が手を出しにくい場所、大地である。狭い場所でもいいなら、穴を掘って十秒で地下へ撤退可能だ。そうじゃないと、俺も危険な依頼へ向かいたくはない。
「確かに、あのスピードで地面に離脱できたら、危険な魔物との戦闘は回避できるかも。落とし穴を塞ぐのも異常に早かったし、最悪、そのまま地下を通って街に帰還できる。意外にアリな依頼かも」
その場合、モグラパーティと呼ばれないか心配だが。
「危険な状況だと判断できた時点で、冒険者ギルドへ情報を持ち帰ろう。正確な調査依頼を続ければ、Aランク冒険者の道も見えてくる。信頼できる人材と認識されれば、貴族の依頼も回ってくるかもしれないぞ」
Aランク冒険者になるために、国からの推薦を必要とする以上、まずは冒険者ギルドの信頼を勝ち取らなければならない。エレノアさんと良好な関係を築いているし、リズに足りないのは実績だけだと思う。
「ミヤビがそう言うなら、やってみる。苦戦するかもしれないけど」
「初めて挑戦するんだから、苦戦するのが普通だ。できる限りのサポートは俺もやるし、無事に依頼を終えることを考えよう」
「うん、ありがとう。頼りにしてるね」
可愛らしい笑顔を浮かべるリズは、依頼書をベリッと剥がし、エレノアさんの元へ向かう。当然、パーティメンバーである俺も堂々と胸を張って一緒に歩いていく。
俺……めっちゃサポーターっぽいことしてない? ナイスフォローすぎて、自分でカッコイイと思っちゃったもん。別に全然やましいことは考えてないんだけどさ。素材採取のお礼に、リズがAランク冒険者を目指すお手伝いをするだけであって。
鉱山に素材採取へ向かう場合は野営が必要で、早めにポイントを上げないといけないとか、全然思ってないから。一ミリも思ってないよ。
鉄鉱石への思いが溢れそうになりながら、受付カウンターの列に並んでいると、すぐに俺たちの番がやってきたので、冒険者カードを手渡した。
「エレノアさん、今日はこの依頼を受けようと思います」
ビシッと背筋を伸ばしたリズが依頼書を提出すると、エレノアさんは眉をひそめる。
「調査依頼ですか。確かにリズちゃんは、魔法使いでもソロ活動されているので、隠密行動に向いているかもしれません。でも、ミヤビさんも同行されるんですか?」
「はい、調査のサポートをしてきます」
「珍しいですね。討伐依頼や護衛依頼に同行される方は多いですが、調査依頼に同行されるサポーターさんは……、私は初めてです」
でしょうね。危険な場所に顔を突っ込む生産職なんて、ただの死にたがりですよ。
「調査の証拠になるものをインベントリで持ち運ぶだけでも、情報の信頼性が生まれます。素人の俺にはわかりませんが、道中に魔物が倒れていたら、それを解体屋さんに届けるだけでも、何か情報が手に入ると思いますので」
俺は危険な場所でも行きますけどね。
「なるほど、確かに魔物解体班が傷跡を見れば、森で起こっていることが推測できると思います。ミヤビさんのインベントリは大きいですし、迅速に持ち帰ってこられれば、安全に依頼が終わるかもしれません」
「あくまでサポートの領域ですけどね。神経を研ぎ澄まして索敵するリズがいないと、安全に森の中を散策できませんので」
真剣な顔でインベントリの有用性を考えるエレノアさんに、自然な形でリズを売り込んだつもりだったんだが……、どうやら気づかれたらしい。キョトンとした後、笑顔を向けられてしまった。
「ふふふ、ご心配されなくても大丈夫ですよ。危険地帯をサポーターが自由に行動するには、リズちゃんが安全を確保して、周りを注視する必要がありますから。まだパーティを組み始めて日は浅いですが、二人はうまくパーティ活動ができているみたいですね。このまま依頼処理をさせていただきます」
笑みが止まないエレノアさんを前にして、リズが肘でつついてくる。
なんか私が言わせたみたいじゃん、と言いたげな顔を見せてくるが、そう思っているのはリズくらいだ。エレノアさんは小バカにしてるわけじゃなくて、嬉しそうだから。
今までずっと自分のカウンターに来てくれてたソロ冒険者の女の子が、ようやくパーティを組み始めたんだもんな。うまくやれてるのか、普通は気になると思う。
依頼処理を終わると、エレノアさんから冒険者カードを受け取った。
「リズちゃんもミヤビさんも初めての調査依頼ですから、十分に気を付けてくださいね。特にリズちゃんは負担が大きいと思いますので、くれぐれも無理はしないようにしてください」
「大丈夫です。時間をかけて進むと話し合いましたので。では、行ってきます」
「いってらっしゃい。ミヤビさんもお気をつけて」
「はい、ありがとうございます」
軽く頭を下げて見送ってくれるエレノアさんに背を向け、俺とリズは依頼へと向かう。
「それで、ミヤビは次に何の素材を採取に行きたいの? 海なの? 山なの?」
必要以上にリズを売り込んだせいか、下心がバレながら。
「どっちも行きたいですね」
「ふーん、素直じゃん。考えておくね」