第21話:魚はかぶりつくもの
木材採取を終えてから、一週間が経過する頃。俺たちはできる範囲の依頼をこなし、怪我をすることもなく、無事に冒険者生活を送っていた。
どれくらい安全かといえば、俺がいま、街の外で呑気に魚を取ろうとしているくらいだ。
川の上流を土ブロックでせき止め、下流への逃げ道も土ブロックで塞ぐ。そして、魚がいない場所にブロックを敷き詰めていき、逃げる場所がなくなって右往左往しているところを、投擲用ナイフでドスッと仕留める。
よし、今日の昼ごはんは魚だ。ブロック追い込み漁で四匹もゲットしたぜ。
川魚と土ブロックを回収した後、予め火を付けておいた竈の前に立つ。
「Cランク冒険者にもなって、依頼中に魚を食べることになるなんて。最近は贅沢ばかりで、元の生活に戻れそうにないよ」
ズズズッと茶をすするリズも、随分と呑気になったもんだ。以前に作った木の椅子に座り、ひざ掛けをかけて体を温めている。
本来、川魚を焼いて食べるという行為は、冒険者経験が長い人ほど避ける行為になる。調理に時間がかかるし、煙と強い香りで魔物に居場所を知らせるだけ。魚が焼きあがる頃には、色々な魔物に気づかれ、食事どころではなくなってしまう。
魔物と違って川魚は小さく、数も少ないため、海に面していない街では肉よりも高価になる……と、リズに説教されたのは、数分前のこと。それが今や、魚が食べられると楽しみでウッキウキなリズである。
なぜ説得できたかと言えば、クラフトスキルの恩恵だ。インベントリに素材を入れ、頭の中に思い浮かべた後、手元に魔力を流せば……すぐに焼き魚が完成する。
煙が出ないだけでなく、一瞬で調理ができちゃう、便利な機能なのさ。
早速、机に並べてあげると、頭と尻尾を手でつかんだリズは豪快にかぶりつく。
「ん~~! 火加減がちょうどよくて、身が柔らかい……」
宿で出てくる肉は固いし、グラウンドシープの肉は弾力があるため、魚が異常に柔らかく感じるんだろう。熱さでハフハフしながらも笑みをこぼす姿を見れば、リズの感情が手に取るようにわかる。
魚が食べられて幸せ~、と。
「それで、ミヤビは何してるの?」
「骨を取ってるんだ。喉に刺さるのが嫌だから」
なお、一番食べたくて仕方がない俺は、先に骨を全部取ってから食べるタイプだ。おいしそうに食べ進めるリズの視線を感じ、木材で作った箸で懸命に骨を取っている。
「器用なことをするんだね」
「そっくりそのまま返すぞ、その言葉。俺は魚にかぶりついて骨だけ残すという特殊スキルを覚えていない。あと、皮も食べたくない」
「皮も一緒に食べるとおいしいのに。もったいない」
ジーッと見てくるリズが気になりつつも、俺は骨を取ることに集中。視界に入るリズがおいしそうにかぶりつくため、早く食べられて、ちょっと羨ましかった。
***
骨取り作業に苦戦した俺が魚を食べ終えた後、今日は街へ早めに帰ってくると、いつもと同じように冒険者ギルドへ向かう。午後から自由行動を取るため、手頃な依頼を受けて、宿代を稼ぐ程度に留めたんだ。
ずっと依頼続きだと疲れるし、雨が降れば稼げなくなる。戦いのカンが鈍らない程度に抑えて、たまには、のんびり過ごす日があってもいいと思う。
「ミヤビは昼から何する予定なの?」
「付与魔術を再確認するつもりだ。もっと使いこなせれば、戦闘も生活も楽になる気がしてな。リズはどうするんだ?」
冒険者活動をしていく以上、付与魔術は必須になる。今のうちに確認して、戦闘でも応用できるようにしておきたい。
「私は魔法の勉強かな。Cランク冒険者になると、ギルドの図書館に入れてもらえるから」
「勤勉だなー。たまにはゆっくり休んだ方がいいぞ」
「宿の大浴場でリフレッシュしてるから、私は大丈夫だよ。ミヤビこそ、仕事熱心じゃない?」
「俺は付与魔術で遊ぶだけだ。毎日ブロックに付与魔術をかけてた頃が懐かしいよ。寝る前の日課だったからなー」
この世界に来るまでは、月詠の塔を建築していたこともあって、付与魔術を施すと光る鉱石『発光石』でよく遊んでいた。リアルの仕事のストレスを吹き飛ばすための、瞑想みたいなものだったんだよな。
「夜中に防壁修理の仕事でもしてたの? 日中で切り上げると思うんだけど」
「いや、完全に趣味だよ。付与魔術を使うのが楽しくて、ついつい夜更かししたのは良い思い出だ。何度か寝坊して怒られたからな」
「どうりでクラフトスキルがおかしくなるわけだよ。ちょっと慣れてきたけど、まだ目を疑うことも多いし、突拍子のない行動を取るんだもん。今日の魚だって、普通は依頼中に食べないからね」
「机に魚を置いたら、すぐに手でつかむほどリズは順応してきたみたいだけどな」
依頼中に優雅に過ごすという背徳感を覚えたのか、最近は昼の休憩時間が嬉しそうなリズである。外でおいしいものを食べるという贅沢に、すっかり食いしん坊キャラが定着し始めた。
「だって、久しぶりに食べたかったんだもん」
プクッとリズが顔を膨らませたところで、冒険者ギルドに到着した。
「また今度食べような」
「……うん」
恥ずかしがると小さく頷くリズと一緒に、依頼報告へ向かうのだった。




