第18話:待ちに待ったジンギスカン
「ここまでクラフトスキルが非常識だと思わなかったよ……」
ブーブーと文句を言いながらも、リズは椅子に座って、ゆったりと過ごしている。暖かいひざ掛けとクッションを使用して。
「クラフトの醍醐味と言えば、自分で作ったアイテムを使うこと、だからな」
俺も現実で使うのは初めてでワクワクしてるとは、さすがに言えないけど。
「悔しいけど、柔らかいクッションでお尻が痛くないし、温かい。周りをよく見てないと、魔物を見落としそうなくらい快適だよ」
「そこはちゃんと見ててくれ。魔物と一緒にごはんを食べるのは嫌だぞ」
「……温かい」
返事のないリズと周囲を気にしながら、鉄鉱石で『竈』を作成。採取しておいた樫の木をインベントリの機能【素材分解】を使って、薪に変換する。
火を使うクラフト作業に竈が必要になるけど、薪や炭に火をつけておかないと、クラフトシステムが起動しない。そのため、火魔法を使う仲間に付けてもらう必要があるんだが、リズは自分の世界へ旅立っていて、期待できなかった。
「膝掛け、温かい……」
思わず、周囲に魔物がいないか確認してしまう。外なのに、リズの警戒心がなさすぎて困る。
火魔法が期待できない場合の対処法もいくつかあるけど、一番メジャーな方法は、クラフターの付与魔術だ。
薪の繊維に魔力を浸透させて、木材に火属性を付与すると、相性が悪すぎて発火する。こんな風にな。
「付与魔術:火」
薪からじわじわと煙が出始め、深部が赤くなる。次第にパチパチッと音が鳴って、火が付いた。
VRMMOの付与魔術と同じだな。唯一違うのは、火が付いた薪は熱いということ。これを敵に投げつけて、ファイヤーボールと遊んでいたが、もう二度とできない禁術に認定しよう。
リアルでやると火傷するし、絶対リズにバカにされるわ。
「もう一個、背中にもクッションほしいなー」
恥ずかしそうに言わないでくれよ。グラウンドシープの羊毛は二人で取ったものだし、いくつでも作ってやるから。だから、ちゃんと周囲を警戒してください。
リズにクッションをもう一つ作った後、俺は竈の前に立つ。すると、作業台と同じ効果が発生して、頭の中にレシピが表示される。後はインベントリの中にアイテムが入っていれば、魔力を集めて、瞬時に作成が可能だ。
川で汲んだ水と街で買った茶葉で、お茶。街で買った小麦粉と牛乳で、焼き立てのミルクパン。そして、野菜と肉を使った、ジンギスカンッ!!
手に集めていた魔力が消費されると、インベントリ内に料理が作られた。後はコップにお茶を注ぎ、ジンギスカンとパンを皿に盛りつければ、楽しみにしていた昼ごはんの完成になる。
色とりどりの野菜が鮮やかで、厚めに切られた羊の肉に少し焦げ目がつき、焼き加減が完璧。小麦粉からクラフトしたパンはふわふわで、芳ばしくて甘い香りが広がる。温かいお茶が実家のような安心感をもたらし、川に流れる水の音が癒しのヒーリングミュージックのようだ。
そんな最高の環境で、出来立ての昼ごはんをいただくとしようか。
何の前触れもなく、料理を机に並べていくと、さすがのリズも順応したんだろう。温かいお茶を飲んで、ホッと一息ついた。
「いったん考えるのやめるね。さっきから、お腹空いてたんだー」
思考に限界が来ただけのようだ。スキルでできることだし、考えても仕方がないと思うんだけどな。
「はぁ~、おいしい……。グラウンドシープの肉、何か月ぶりに食べるんだろう」
リズがおいしそうに食べ始めたところで、俺も肉に手を伸ばす。フーフーと少し息で冷まして口に入れると、驚きを隠せないほど、味わい深い肉だった。
弾力が強い赤身で、クセがまったくない。ほんのり利いた塩が旨味を際立たせ、繊維の一本一本から肉の味がしているのかと思わせるほど、味が濃い。どれだけ噛んでも肉の旨味がなくならない恐ろしい肉であり、追いかけるように野菜を口へ放り込んでも、まだ肉の味がする。
こんなに負けず嫌いの肉は初めてだッ!
「ねえ、このパンはどこのパン? 甘みが強くておいしいんだけど」
「パンもさっきクラフトしてみたんだ。牛乳も入れたのが良かったんだろうな。どれどれ。おっ、確かに甘みがあっておいしい」
VRMMOの世界では、体力を回復するための消費アイテムにすぎなかったけど、意外にしっかり作ってくれるもんだな。ゲームだと味がわからなかったから、これは嬉しい誤算だ。
「じゃあ、今度から小麦粉を買った方がいいね。普通にパンを買うよりも安くなるし」
「心配しなくても、もう大量に買ってあるぞ」
依頼中とは思えない会話をしながら食事をしていると、香りで寄ってきてしまったのか、遠方にゴブリンが見え始めた。すると、真顔になったリズが立ち上がって、魔法を撃ち込み始める。
気のせいだろうか、今日見た魔法で一番強力な気がする。ごはんの邪魔をされるのは、許せないタイプなのかもしれない。……一応、覚えておこう。
なんだかんだで周囲の警戒を怠らないリズに、俺は温かいお茶を入れ直すのだった。