第16話:大人と子供?
太陽の眩しい光が顔に当たり、俺は目を覚ます。
今朝は少し肌寒く感じるものの、飛び起きるようなレベルではない。風雷亭には毛布がついているし、昨日はしっかり風呂で温まって、グッスリ寝た影響が大きいんだろう。
二度寝したい欲求を抑えて起床し、食事を済ませた後、リズと一緒に冒険者ギルドへ向かう。
隣で歩くリズは、いつもと雰囲気が違う。朝風呂に入ったのは間違いなく、サラサラの髪をなびかせ、花の良い香りが漂ってくる。蓄積していた疲労も吹き飛んだのか、シャンッと胸を張っていて、血色もいい。
無防備な雰囲気と大人っぽい雰囲気が合わさって……って、一回りも年が離れてるのに、俺は何を考えてるんだ。確かにリズは良い子だけど、親戚の女の子みたいというか、娘に近い感じというか……。
「ねえ、ミヤビ。昨日は雨の日に出かけてたけど、風邪引いてないよね? 妙に口数が少ない気がするけど」
「お、おう。風呂も入ったし、元気だぞ」
「それならいいけど、調子が悪いときはちゃんと言ってね」
「お、おう。ちゃんと言うよ。リズも体調が悪いときは、言ってくれよな」
「うん、言うけど……。なーんか今日、ぎこちなくない? 今から依頼を受けて冒険に出かけるのに、気が緩んでるのは困るぞー」
慣れないリズの雰囲気に押されつつ、冒険者ギルドに到着。幸いなことに、依頼掲示板でにらめっこをする頃には、俺の変な緊張も抜けていた。
「うーん。今日の依頼はイマイチだなー」
「雨上がりで依頼の量は多いけど、難しい依頼が多いのか?」
「地面の状態を考えると、私の歩行速度では往復が限界の場所ばかりなんだよね。魔物も雨で移動してるはずだから、探すのに手間取る可能性もあるし」
魔物も生きている以上、必ず同じ場所に留まるとは限らないよな。雨を避けるために移動して、依頼現場にいなくなっていた場合、周辺を調査する義務も発生するはず。冒険者ギルドに魔物が生息域を変えて依頼ができないことを報告しないと、失敗扱いになるだろうから。
そうなると、寒空の下で野営する必要が出てきたり、違う魔物と遭遇する危険性もあったり、イレギュラーな要素が含まれてくる。冷え性のリズとクラフターの俺では、荷が重い。
「寒いけど、護衛依頼は……どうだ? 毛布を買い込んでいけば、寒さ対策にはなるぞ」
「基本的に、護衛依頼は数日前に申請する決まりになってるの。それに、朝晩が冷え込むこの時期の護衛依頼は、私も極力避けたいよ」
「でも、数日前には受けてたよな」
「あれは……、依頼主が女性だったから。護衛依頼が男ばかりだったら、気が休まらないと思って。女の子にしかわからないことだってあるんだもん」
リズは恥ずかしそうに言うが、そんなことまで考えて依頼を受ける冒険者は少ないだろう。依頼主からも喜ばれる、良い思いやりだと思う。
「と、とにかく、今日の依頼は受けない方がいいね。危ない橋を渡りたくないから」
足早に依頼掲示板を離れるリズを見て、俺も後をついていく。
早々に依頼を諦めたが、周りにいる冒険者たちは違う。雨上がりで依頼の難度が上昇していることを考慮し、他のパーティと共同で行うため、話し合いを始めていた。
苦い思い出があるのか、歩行速度を気にしているのか、俺に気を使ったのかはわからない。でも、リズは他の冒険者と話し合うことはなかった。
よく気を配ってくれる性格だし、リズはパーティ活動が苦手なのかもしれないな。余計なことを考えて、気疲れを起こすタイプなんだと思う。
***
冒険者ギルドを後にすると、予定がない俺たちは、水たまりがある街並みを一緒に歩き進めた。
特に落ち込んでいるような雰囲気をリズが見せないので、本当に危ない橋を渡りたくなくて、依頼を諦めたんだと思う。
「昨日は随分と長い買い物をしてたみたいだけど、ミヤビは何かやりたいことがあるの?」
「いっぱいありすぎて、何に手を付けていいかわからない感じだな。クラフトで何か作るにしても、素材に限りがあるから、必要な物から順番に作っていきたいし」
「巨大な落とし穴を作っちゃうくらいだもんね。思い返すだけでも、鳥肌が立ちそうだよ」
あの時のリズは、どこが地面と落とし穴の境界線かわからなくて、恐る恐る動いていた。俺は慣れていたから平気だけど、十メートル落下するかもしれないと考えたら、普通は怖いよな。
「草の生え際をよく見れば、落とし穴の場所はちゃんとわかるんだぞ」
「わかんないよ。人も魔物も絶対に引っ掛かる、恐ろしい罠だったからね。生まれて初めて、クラフトスキルに恐怖を感じたよ」
大袈裟だなーと思いつつも、下を注視しないとわからないなら……、原始的な割には恐ろしい罠かもしれない。人が落ちたらシャレにならないし、今後も作ったら、ちゃんと穴を埋めて帰ることにしよう。
「あっ、そうだ! 欲しい素材があるなら、一緒に取りに行こっか。魔物も討伐すれば利益に繋がるし、一石二鳥じゃない?」
「それは助かる。実は、色々な種類の木を採取したかったんだよ。木の種類を変えるだけでも、見た目や肌触りが違って印象が変わるし、木目の味わいが――」
「はいはい、わかったわかった。違う木が生えてる森をウロウロしようねー。足元は濡れてるから、転んじゃダメですよー」
「子ども扱いはやめてくれ。さすがに恥ずかしいだろ」
「森や木で喜ぶのは、子供かエルフか獣人くらいなんだもん」
「……けっこういるじゃん。そこは子供だけって言うところだろう」
他種族と仲良くなれそうな気がしながら、南門に向かって歩いていく。
素材が乏しい中で、久しぶりにまともな採取ができるのは、本当にありがたいと思いながら。