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第167話:密約

 ベルガスさんの屋敷の地下に案内されると、机と椅子だけが置かれている部屋があった。すでにクレス王子が座っていて、傍にジジールさんが立っている。


 本当に男だけの話し合いだなーと思いながら部屋の中に入り、クレス王子の隣に腰を下ろすと、向かい側にベルガスさんが座った。


 普通に話し合いをするだけなら、屋敷の応接室を使えばいいはずなのに。こんな場所まで連れてこられた理由はわからないけど、妙な感じがするな……。


「気づいているかもしれないが、ここは防音室だ。魔族や獣人であったとしても、外部には何も聞こえない造りになっている」


「どうりで変な感じがすると思いました。妙に閉塞感がありますもんね」


 こんな空間を作ろうと考えたこともなかったなーと見渡していると、苦笑いを浮かべるクレス王子と目が合った。


「ミヤビくんは相変わらずだね。魔族の錬金術が優れていることを表すほどの出来栄えなのに、動揺すらしないなんて。ここまで精妙な空間を作り上げようとしたら、鍛冶師と協力して時間をかけないとできそうにないよ」


 胸を張るジジールさんを見れば、誰が作ったのかは一目瞭然だな。他国の王族に褒められて、満足そうな表情をしているよ。


 二人が生産職同士で意気投合した雰囲気を見せるなか、ベルガスさんが大きく咳払いをした。


「こういった場所でお前たちを長時間隔離すると、仲間の者が心配するだろう。手短に終わらせるために協力してくれ。話し方など気にせず、好きに話してくれて構わない」


 神妙な面持ちのベルガスさんはいつもと雰囲気が違うが、何かあったんだろうか。


 魔の森の異変ならリズが専門だし、街に関することなら次期領主のシフォンさんと話すはず。クレス王子が呼ばれたことを考慮すれば、国に関わる内容だとは思うけど。


「率直に聞こう。此度の魔の森の異変に、ティマエル帝国が関与していると思うか?」


 恐ろしい質問をされて、誰かに聞かれたくない理由が早くもわかった気がする。多くの魔族がティマエル帝国に苛立ちを見せるなかで、こんな会話が普通にできるはずもない。


「話が飛躍している気がするので確認しますけど、今回の魔力スポットがティマエル帝国の仕業だと考えているんですか?」


「一つの可能性にすぎないし、確証はない。だが、何もかもタイミングよく重なり、少しばかり不吉に感じるんだ」


「ティマエル帝国は小競り合いを繰り返し、魔力スポットを拡大させる時間稼ぎをしていた、と言いたいんですね。あのまま悪化していた場合、魔物とティマエル帝国が同時に侵攻してきたはずだから」


「そうだ。ジジールの知る限り、短期的に魔物を呼び寄せるアイテムは作れるが、魔力スポットを作るほどのものは存在しない。それゆえに判断できん状態だ」


 俺が呼ばれたのは、人族にそんなアイテムが存在するのか知りたかったからか。王族の情報網を持つクレス王子がいれば、知っている情報を話すか話さないかは別にしても、糸口をつかめる可能性は高い。


 魔力スポットが国境周辺にあった以上、フォルティア王国も大きな被害を受けていたかもしれないんだ。仮にティマエル帝国の仕業だとしたら、フォルティア王国も見過ごせないほどの国際問題に発展する恐れがある。


 一気に重い空気に包まれるが……、アッサリと否定するかのようにクレス王子は首を横に振っていた。


「残念ながら、僕は何も知らないよ。魔物を利用しようとすれば、自国にも悪影響を及ぼす可能性があるし、ティマエル帝国も手は出しにくいと思う。現場に何か取り残されていたら別だけど……ミヤビくん、何か変なものを見なかった?」


「それらしいものは見てないですね」


 と、平然とした表情で俺は答えるが……内心は焦っていた。嘘をついているつもりはなくても、クラーケンをインベントリに入れたとき、レアアイテムを入手しているんだ。


 あのクラーケンは湖にできる魔晶石を食べて生活していたのか、魔晶石の集合体『魔結晶』と呼ばれるものを体内に隠していた。キッチンでたこ焼きを作るときに一人で確認したんだが、綺麗な魔晶石の塊だったよ。一種の宝玉みたいなもので、運動会の玉転がしに使う玉くらいの大きさがある。


 人工的に作れるとは思えないから、ティマエル帝国が関わっている可能性は低い。そして、二度と手に入りそうにない素材っぽいし、ここは真剣な顔で乗り切り、全力でネコババしたい! 


 そんな俺のポーカーフェイスがうまく決まったのは間違いなく、ベルガスさんとクレス王子に疑われることはなかった。


「魔族の気持ちもわかるけど、僕は決めつけない方がいいと思うよ。あのまま魔の森が魔力スポットに満たされていれば、魔帝国とフォルティア王国に被害が出るのは事実。でも、非現実的すぎる」


「俺も同じ意見ですね。魔の森へ来たとき、俺たちはすぐにレミィとベルガスさんに見つかりました。ここまで魔族にバレずに侵入し、ティマエル帝国が工作できるとは思えません」


 仮に魔物と挟み撃ちにしようとしていたとしても、不確定要素が多すぎる。魔物がフォルティア王国側に行けば意味がないし、クラーケンも湖の底に暮らしていただけで、浄化するまで存在に気づかなかった。


「魔晶石を用いた召喚魔法でも行われていないか心配していたが……杞憂だったか」


「以前にリズと二人で話を聞いたとき、ティマエル帝国は魔晶石の取り引きを断ったと言っていたはずです。作れるとしたら断りませんし、魔物の軍勢を使って魔帝国に侵攻すると思いますよ」


 もっと言えば、その魔晶石を採取し忘れたから、魔力スポットは悪化していた。それは単純な魔族側のミスであって、ティマエル帝国には関係ない。


「僕が魔帝国の人間だったら、同じ懸念を抱いていたと思う。でも、ティマエル帝国は堅実な国で、危ない橋は渡らない。制御できない魔物は利用しないかな」


「随分と詳しいな。フォルティア王国もティマエル帝国を注視しているのか?」


「うーん。個人的に気にかけているだけだよ。ティマエル帝国を訪れた人は、一貫して良い国だと評価するんだ。それがどうにも不気味でね」


 そう言ったクレス王子は、顎に手を当てて何かを考え始めた。


「難しい顔をしていますけど、それって良いことじゃないですか?」


「普通なら、もう少し評価がバラつくんだ。あの国には聖女がいると聞くし、本当に良い国なのかもしれないけど、怪しく思えてしまう。少なくとも、ティマエル帝国と魔帝国が小競り合いを起こしていたなんて、僕の耳に入っていない情報なんだよね」


 情報が漏れない国に聖女が存在する……か。国同士の小競り合いが王族に届いていないというのは、確かに違和感を覚えてしまうな。冒険者や商人から情報が漏れて、知っているべき内容だと思うんだ。


 魔帝国の四天王とフォルティア王国の第三王子の情報網でも曖昧な話し合いになるなら、情報操作が行われている可能性が高い。でも、今回の件と直接関わっているのか、裏付けるものでもなかった。


 クレス王子と一緒に、うーん、と考えていると、諦めるようにベルガスさんがため息を吐く。 


「現状として、ティマエル帝国の可能性が低いのであれば、問題はない。あまり時間はないため、別件へと移らせてもらう。此度の件を踏まえて、魔帝国は不干渉条約の解消を提案したいと考えている。こちら側はすでに上の許可も下りたところだ」


「その件については、フォルティア王国も同じだよ。互いに領土を奪い合うことなく、隣国同士で手を取り合う関係を望んでいる」


 トントン拍子で話が進んでいくが、すでに国王様の手紙にある程度の指示が書かれていたんだろう。兄バカな国王様のことを考えたら、クレスに任せる、と丸投げしていそうな気もするけど。


「話が早くて助かる。今後は俺が魔帝国を代表して、フォルティア王国と外交することになった。まだ取引など行える状況ではないが、先に文化交流ができることを願う」


「王都に案内するのは厳しいけど、僕とシフォンさんが積極的に動けば、隣接しているアンジェルムなら受け入れは早いかな。五年後には友好国と言えるように、上にも働きかけてみるよ」


「人族はせっかちだな。五十年後で判断したいところだ」


「さすがに人族は世代交代だね……」


 人族のペースに合わせることが、友好国への道に繋がるのかもしれない。この辺りの価値観のズレが一番大きな課題になりそうだ。


 この日、地上に戻った後、女性陣に不干渉条約を破棄することを告げると、シフォンさんはいつになく真剣な表情をしていた。


 魔帝国に一番近い街の次期領主としては、国の繁栄に深く関わるほどの出来事に関与するため、プレッシャーがかかっているんだろう。街の住人に魔族の存在を認めてもらう必要もあるし、問題は山積みなのかもしれない。


 なんだかんだでクレス王子が支えると思うし、心配はしていないけど。


 どちらかと言えば、旧友に接するかのようにベルガスさんの背中をバンバンと叩き、人族と仲良くできることを主張するリズの方が怖い。四天王であるはずのベルガスさんがリズを受け入れているため、周りの魔族も見る目が変わり始めているんだ。


 あの人族はベルガス様が認めるほどの方なのか、と。


 もしかしなくても、男性陣だけで話したかった理由は……いや、考えるのはやめよう。魔帝国の四天王がリズにまったく頭が上がらないはずはないよ。……たぶん。




これにて、夏編の第一章は終わりになります!


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今後ともWEB版・書籍版・作者の他作品をよろしくお願いしますー!

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