第161話:魔族の家宝
できるだけ早くレミィに付与魔術を施したユニコーンの杖を見せたいので、俺たちは帰る準備を整えることになった。
どこにクレス王子の命を狙う輩がいるかわからないため、高原都市ノルベールで護衛騎士たちと二手に分かれる。護衛騎士にはクレス王子とシフォンさんに変装してもらい、予定通り王都へ向かってもらう。その間に俺たちが地下鉄を使って、アンジェルムに帰る寸法だ。
クレス王子を監視している者がいるとすれば、大混乱は間違いなし。たった三時間でアンジェルムに移動してしまうため、確実に標的を見失うだろう。そして、クレス王子の居場所を突き止めるまで時間がかかることで、魔族との取引も邪魔されることはない。
地下鉄の存在を知る者は身内だけで安全だし、アンジェルムに着いたらメルに守ってもらえばいい。カレンの部屋から帰ると足がつくかもしれないため、別の場所を新しく掘り進めたほど、計画は万全に実行した。
唯一の予想外があるとすれば、みんなが地下鉄に驚かなかったことくらいかな。
「ミヤビくんなら納得するよね」
「わたくしもそう思います、普通ですね」
「ミヤビ様ですからね」
半年ぶりに会ったリズが驚いたくらいなのに、どうして冷静でいられるんだろうか。俺と会わない間に順応能力を高められるとは、さすがに予想できないことだったよ。
そんなこんなで順調に移動が終わり、無事にアンジェルムまでたどり着くと、スッカリ夜になっていた。
大人のジジールさんはともかく、メルとレミィが腹を空かせて待っていると思うと、申し訳ない気持ちが溢れてくるよ。教会の付与魔術やクレス王子の工作に時間をかける必要があったし、仕方ないとは思うけど。
地下通路の階段を上って敷地内に戻ってくると、偶然にもメルとレミィに遭遇した。
嬉しそうな表情で両手に肉を持つメルと、それを受け取ろうとするレミィは、俺を見て固まっている。肉を食べる前に帰ってきた、そう言いたそうな顔をして。
ジジールさんが、野菜を食べても魔族は体を壊さないと教えてくれたから、最近はレミィにも少しずつ野菜を食べさせているんだ。その影響が大きいんだろうね。二人が微妙な顔で迎えてくれているよ。
今日の夕食は肉ばかりが食べられると思っていたのは間違いなく、メルは手に持っていた肉をサッと後ろに隠した。
人族の文化を知るためにも、野菜を食べるのはいいと思ったんだけどな。メルもレミィも果物は食べるのに、野菜は全然受け付けないんだよ。
「今日は肉を多めに出してあげるから、ヴァイスさんを呼んできてくれ」
「……野菜はスープだけがいい」
「わかった。今日はお祝いみたいなものだし、肉をメインにしよう」
夜ごはんの交渉が終わり、大量の肉を受け取ると、メルは急いでヴァイスさんを呼びに行ってくれた。
ポツーンと置いてかれてしまったレミィには、完全に修理が終わったユニコーンの杖をインベントリから取り出し、それを手渡す。
「今まで大事に受け継がれてきたみたいだから、レミィも大事に使ってあげてくれ」
受け取ったレミィは、実物を目の前にしても、半信半疑な状態だった。手でギュッと握りしめ、天にかざしても、目がウルウルとするだけで、信じられない思いでいっぱいに見える。
「直ったの……?」
「ヴァイスさんと一緒に頑張ったからな」
「ありがとー! ミヤビー!!」
突進攻撃でもしてくる勢いで飛び付いてくるレミィを受け止めると、聴力が敏感すぎるジジールさんが聞き付け、家から飛び出してきた。
「本当にユニコーンの杖は復活したのですか?」
「見て、ジジー! ピカピカだよー!」
もう少し呼び名を考えてあげてほしいが、二人が修理したユニコーンの杖を見つめて嬉しそうにしているから、深くは突っ込まないことにする。いくら長命な種族とはいえ、二千年という長い時間も受け継がれてきたものなら、特別な思いがあると思うから。
「これが……ユニコーンの杖のあるべき姿ですか。透き通るほどの神聖な魔力を帯び、聖獣ユニコーンが宿っているような不思議な感覚ですな。資格のない者は使えないと聞いていましたが、ようやく意味がわかった気がします」
「付与魔術を施すだけでも、随分と我が儘でしたからね。無理に扱おうとすれば、弾かれると思いますよ」
「武器を手にしただけですが、それは私にもわかります。レミィ様がお使いになった後の手入れができるように、私も高みを目指さなければなりませんね」
ジジールさんがハンカチを取り出し、目元を押さえるなか、嬉しさで満ち溢れているレミィはずっと武器を眺め続けていた。
「うーん。ボクは人懐っこいお馬さんな気がするよ。甘えん坊な性格だと思う。イイコイイコだねー」
武器との対話が早すぎないか? と思っていると、小さな声で「ミヤビくん……ミヤビくん……」とクレス王子が呼んでいることに気づく。初めて魔族と遭遇して、どうしていいのかわからないみたいだ。
人族と魔族の仲介をすると約束したばかりだし、まずはレミィとシフォンさんを結び付けようか。
「レミィ、一つだけお願いがあるんだ。後ろの二人は俺とメルの友達みたいなもので、仲良くしてあげてほしいんだ。シフォンさんはぬいぐるみ遊びが上手だし、気が合うと思うぞ」
早速、猫のぬいぐるみをシフォンさんに渡してあげると、それを持ったままレミィに近づいていく。
「お友達になりたいにゃー」
まったく恥ずかしがることなく、ぬいぐるみ遊びができるシフォンさんを見て、俺はちょっと羨ましいと思った。レミィの心を一瞬でつかんだ気がするから。