第155話:魔族を受け入れる者、魔族を越える者
ユニコーンの杖の修理が始まってから、五日。
うちの拠点内に魔族がいるため、領主邸が厳重に警備され、珍しく私兵団が貴族街をウロウロとしていた。
一般的な人族にとって、『魔族』という存在そのものが脅威的な存在なんだろう。ギルドマスターが領主邸に滞在し、トレンツさんを警備するという異例事態に、街の緊張が高まる一方だ。
街の住人は何も知らされていないため、不穏な空気を感じるだけで、平和な日常を過ごし続けているが。
決して深く付き合うことのなかった種族だけに、恐怖の象徴と教育してきた家庭が多いのかもしれない。人族の変化を受け入れない姿勢というのが、今まで魔族と距離を置いていた理由とも感じられる。
しかし、そんなことに動じず、拠点に訪問してくる人物がいた。
「今日はアンジェルム産のスイカを持参した。魔族の口に合えばいいんだが」
外交に協力的な領主、トレンツさんだ。魔族が野菜を食べない種族でも、果物ならいけるのではないかと考え、毎日差し入れを持ってきてくれる。
そして、それは大ヒットしていた。
「今日はまた、随分と大きいスイカですね。助かります。昨日のメロンはとてもおいしかったみたいで、俺の分がレミィに食べられたんですよ」
正確に言えば、様子を見ていたら出遅れて、手を付けていない俺のメロンをレミィがジッと見つめていただけだ。ああいうときって、子供はズルイよな。譲るしか選択肢がなくなってしまうよ。
「それほどまでに気に入ってくれるとは。今まで伝わってきた魔族の知識など、まったく当てにならない。肉しか食べない姿が魔物と重なり、非常に危険な存在だと聞いていたが……、もっと現実を直視する必要がある」
真剣な表情でトレンツさんは分析しているが、魔族に果物を献上しているだけである。
娘のシフォンさんが魔法学園を卒業すれば、トレンツさんは領主を引退するため、ベルディーニ家に受け継がれてきた魔族問題の糸口を見つけておきたいんだろう。純粋に魔族に興味があり、レミィの可愛さに魅了されただけかもしれないけど。
その証拠に、敷地内で遊んでいたメルとレミィがこっちにやってくる姿を見たトレンツさんは、孫を見るような笑みで迎えている。
「……スイカの匂いがした」
キラーンッと目を光らせるメルを見て、おいしいものだと判断したのか、レミィの目の色も変わった。
「ねえねえ、ミヤビ。メロンとどっちがおいしい?」
「スイカはメロンと同じくらい人気の果物だな。レミィも好きだと思うぞ」
「ほんとー? 野菜のおじちゃん、今日もありがとー!」
もはや不干渉条約が無くなってしまったかのように、トレンツさんとレミィが握手をする。上下にブンブンと振っているため、レミィは果物のトリコになっていると思う。
「構わないよ、レミィくん。いっぱい食べておくれ」
野菜のおじちゃんと呼ばれたトレンツさんも嬉しそうで、やっぱりレミィのトリコになっている可能性は高いが。
スイカを確認したメルとレミィが走り去っていくと、トレンツさんの後ろからひょっこりと顔を出す人物が現れる。
「わからんもんだな。魔族にしては、戦意がなさすぎる」
冒険者ギルドのギルドマスター、ザイオンさんだ。
初めて会ったときは威圧的な雰囲気があったものの、今や眉間にシワを寄せて難しい顔をしている。この街を守る冒険者ギルドのトップの人間として、油断してはならないと思っているんだろう。
愛くるしい姿をしていても、今まで干渉してこなかった魔族が相手だ。現状を見ても警戒する人がいるのも、当然のことになる。
「今のところは平和ですし、冒険者ギルドの判断はお任せしますよ」
「非常に複雑な気分だ。まるで孫娘を見ているみたいな心境で……いや、何でもない」
気持ちはわかります。メルとレミィという癒しコンビは、アイドルもビックリする勢いですよ。
ただ、堅物なギルドマスターの意外な心を知り、トレンツさんは驚いている。
「ミヤビ君の言う通り、本質は人族と変わらないのかもしれない。だが、あのザイオン殿がそんなことを考えるとは」
少し恥ずかしそうにしたザイオンさんと共に、トレンツさんが去っていく。その後ろ姿を見送っていると、二人とも魔族の対処に悩んでいるように思えた。
子供のレミィはまだしも、大人の魔族は警戒するべきかもしれない、そういう心境なんだろう。仮に大きな問題が発生すれば、冒険者ギルドと兵士を率いて戦闘するのは、トレンツさんとザイオンさんになるはずだから。
心配する必要はないと思うんだけどなーと眺めていると、ジジールさんが近づいてきた。
「素敵な領主様ですね。上の者が積極的に関与していただけると、魔族の浸透も早くなるでしょう」
「すいません。どうしても警戒する人は必要になると思いますので」
「当然のことですよ。人族にレミィ様の愛らしさが伝わるとは思いませんでしたがな」
人族の現状を知ってもらうために、あえて、魔族は聴力が優れていて、会話が聞こえることは伝えていない。人族と魔族が手を取り合う未来を考えると、こういった本音の部分を見せておいた方がいいだろう。
「ところで、ヴァイスさんの方はどうですか?」
「武器の修理だけで言えば、もう終わっているのかもしれません。あとは、武器が満足するかしないかの問題らしく、微調整をしてくださっております」
「そうですか。ずっと外でやってくれてましたし、予想以上に早く修理が終わりそうですね」
武器に感情移入したヴァイスさんは、一刻も早く直してあげたかったのか、修理作業に没頭していた。夜中にカンッカンッと音が鳴り響いたときもあったし、寝る間も惜しんで作業してくれていたと思う。
ヴァイスさんに付き添っていたジジールさんも、ずっと起きていたみたいだが。
「私も武器や防具を作成しますが、正直なところを申しまして、魔族でも評価は高いと自負しております。人族やドワーフ族にも負けないと思っておりましたが、私に足りない何かをヴァイス様はお持ちのようです」
魔王の執事をしていた経験を持ち、四天王のベルガスさんに認められる錬金術師のジジールさんは、魔族の中でもトップクラスの腕前のはず。そんな人がヴァイスさんを称賛していると思うと、自分事のように嬉しく感じてしまう。
「人生の大半を鍛冶と向き合っていますからね」
「お言葉ですが、仕事量だけで言えば、私の方が上でしょう。しかし、武器製作の頂にいるのは、間違いなく私ではない。互いに優れた武器は作れたとしても、見えている景色は異なっているのです」
今までの錬金術の作業を思い出しているのか、両手を見つめるジジールさんは、寂しそうな目をしていた。
魔族が使い続けてきたユニコーンの杖を見れば、ヴァイスさんも良い刺激をもらえると思っていたけど、どうやら刺激を受けたのはジジールさんの方だったみたいだ。もっと自分の錬金術を向上させたい、そう思っているように見える。
「負けを認めるんですか?」
「おやおや、ミヤビ様は面白いことをおっしゃいますね。まだ見ぬ高みにドワーフ族が先にいた、ただそれだけのことですよ。もう一度錬金術を見直し、すぐに同じ景色を眺めましょう」
本当に負けず嫌いな人だなーと思っていると、自分の噂を聞きつけるようにヴァイスさんがやってきた。
目の下に大きなクマを作り、真剣な表情をして、一本の杖を俺に向けて差し出してくる。
「ここから先は鍛冶師の仕事じゃねえ。何が言いてえのか、あとはわかるな?」
ゆっくり頷いた後、俺は修理されたユニコーンの杖を受け取った。
まったく別物だと感じるほど修理されたユニコーンの杖は、祭殿に奉納されるように煌びやかな印象を受ける。しかし、まだ本調子ではないのは明らかだ。付与魔術を施して、初めてこの武器は本来の形を取り戻す。
改めて見ても、どうやって聖属性が二重付与されているのかわからないが。
「何とかしますよ。ここから先は、俺の仕事なんで」