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第143話:話のわかる男

 クジラのぬいぐるみでメルとレミィが遊び始めるなか、俺はベルガスさんと真剣な表情で向かい合っていた。互いに戦闘の意思はなく、ベルガスさんも武器を納めてくれている。


「こちらの事情を詳しく話すつもりはないが、魔の森はいま、原因不明の異常事態が起こっている」


「先ほどレミィが言っていた、魔物繁殖エリアが……ってやつですね」


「そうだ。魔の森で魔物が繁殖したことは何度もあったが、今までとは規模が違う。大量に変異種が発生した影響により、魔の森全体の雰囲気が変化して、高ランクの魔物が住み着くようになってしまった」


 そういえば、森に入るとき、メルも同じようなことを言っていたな。最近はシャドウウルフの亜種が繁殖している、と。


「不気味な雰囲気だとは思っていましたけど、元々こういう森ではないんですね。魔の森、という名前にピッタリな印象だったので、昔から強い魔物が生息する森だと思っていました」


「森の主であるシャドウウルフキングが統治していたときは、ここまで荒れていなかったが、今やBランクの魔物が溢れ、凶暴化している。変異種が異常に繁殖スピードを高めている影響で、勢力争いが活発化したに違いない。元々は神聖な土地だったんだがな」


 遠い目で森を見渡すベルガスさんは、何か思い入れがあるのか、悲しそうな表情をしていた。


 話をしていても、魔族に人族と敵対する意思は見られず、魔の森を正常に戻そうと尽力しているように思える。何かしらの原因で変異種が生まれ続ける現状を改善するため、魔物を対処していただけにすぎない。魔族に関する情報はなくても、魔の森の情報は共有してくれるほどには、協力的だ。


 ベルガスさんの話が正しいかどうかは別にして、アンジェルムに届いた情報は、魔族が領土内に侵入したことだけ。危険な魔物が現れた情報はなく、冒険者ギルドもトレンツさんも認知していないだろう。


「フォルティア王国の領土内に侵入したのも、凶悪な魔物を討伐するために仕方なくって感じですね」


「想像以上に話が通じる奴もいたもんだ。ぬいぐるみを売らない人間と同一人物とは思えないぞ」


 軽い嫌味を言ってくるほどには、打ち解けられていないけど。プレゼント作戦でレミィと友達になった身としては、絶対に販売だけはしないと心に決めている。


「人によるとは思いますけど、フォルティア王国は理解力があると思います。外交ルートで話し合えば、魔の森の魔物討伐にも協力するはずですよ」


「フンッ、協力など不要。人族は何かしら言いがかりをつけて、魔帝国を批難するに決まっている。まだ魔物の方が話はわかるだろう」


 腕を組んでムスッとするベルガスさんを見れば、人族を良い風に思っていないのは明らかだ。下手に協力しようとして、勝手に魔物討伐隊を組んで派遣したら、魔物と魔族と人族の三つ巴戦争が起こる可能性が高い。


 おそらく、魔族なりにフォルティア王国と争わない方法を考えた結果、領土に侵入して魔物討伐をやっていたんだろうなー。


 冒険者ギルドで依頼を受けたからには、ある程度のことを報告しないといけないんだけど……と考えていると、コソコソッと近づいてきたリズが、俺の耳に顔を寄せてきた。


「魔力濃度が高い地域は、強力な魔物が発生しやすい反面、魔物の行動範囲が狭くなるはずだよ。魔力濃度が高い場所を魔物は好むし、魔の森から出ないと思うんだー。そのことを一回聞いてみてよ」


「俺よりリズの方が詳しいんだし、自分で聞けばいいだろう?」


「だって……怖いんだもん」


 改めてベルガスさんを見ると、確かに怖い。普通の人は角も翼もないし、威圧的な印象を持つ。


 でも、実際は凶悪な魔物を討伐して、アンジェルムの街に被害が出ないようにしてくれている。このまま魔の森から凶悪な魔物が溢れたら、人族は魔族の仕業だと疑うはずだ。一つの平和的な解決策としては、間違っていないように感じる。


 実際に話した身としては、魔族が争いを避ける平和主義っぽいんだよなーと思ったとき、遠くの方でズシンッ……と音がした。その瞬間、ぬいぐるみ遊びをしていたレミィの表情が変わり、ベルガスさんと顔を合わせる。


「やはりこの辺りに隠れていたか、トロールキングめ。時間的にも回復しているだろうが、仕方ない」


「ごめんね、ベル兄。ボクの魔力が持たなくて」


「気にするな。今度こそ仕留めればいいだけの話だ」


 武器を構えて戦闘準備を整えた二人は、俺たちに背を向けた。


「魔物の討伐、手伝いましょうか?」


 俺は何もしませんし、手伝う予定のリズが顔面蒼白になっていますが。


「断る。人族と共闘などあり得ない。国境を越えていることに関しては、素直に謝罪しよう。必要ならば、外交ルートでクレームを入れてくれ」


「いえ、人族のためにもなっていますから、国境は越えていなかったことにしておきます」


「人族に気を使われるとは、不吉だな。レミィ、注意して向かうぞ」


 二人の魔族が駆け抜けていく姿を見送ると、何とも言えない気持ちが生まれてくる。見た目が違うだけで、魔族は同じ心を持った『人』だ。互いのことを何も知らないまま、心がすれ違っているように思えてしまう。


 ホッと安堵するようにため息を吐くリズが、人間の正しいリアクションだとは思うけど。


「俺の感じた印象としては、嘘をついているようには思えなかった。冒険者ギルドへの報告は、ベルガスさんに伝えた通り、異常なしでいいと思うんだが……どうする?」


「私もそれでいいよ。早くここから離れないと、戦闘に巻き込まれそうだし。メルもいいでしょ?」


「………」


 リズに話を振られたメルは、寂しそうな表情をして、俺たちをジッと見つめていた。魔族の二人を追いかけたい、そう言いたそうな顔をしている。


 そして、俺もメルの意見に賛成だ。


 暗い森で気づきにくいけど、ベルガスさんがいた場所に血の跡があるんだよな。魔物の返り血なら、もっと防具に付着しているだろうし、二人を心配するメルの気持ちがわかる。


 ただ、偉い人や怖い人に緊張しがちなリズは気づいていないが。不気味な魔の森で初めて魔族と出会って、状況がうまく把握できていないんだろう。


「リズ、本当にそれでいいか? ベルガスさん、負傷してるぞ」


 恐る恐る目線を落としたリズが血痕に気づくと、額に手を当てて、大きなため息を吐いた。チラッとメルの顔を見れば、選択肢は一つに決められてしまう。


なぜなら、リズはお人好しな性格だから。


「わかったよ……、もう。めっちゃ頑張ればいいんでしょ」

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