第140話:魔の森
翌朝、冒険者ギルドで依頼を受けた俺たちは、街を出発。魔法学園で体力が減ってしまったリズにペースを合わせて歩き進めると、四日後の昼、魔の森の入り口に到着した。
密集している木々の影響だろうか、腐食しているわけでもないのに、森が暗く感じる。他の森と比べても木の質感が違い、明らかに森全体が不穏な空気に包み込まれていた。
魔の森という言葉がピッタリなほどに。いつ魔族が出てきても、おかしくはない雰囲気。
「不気味な森、だな」
「うん。不気味、だね」
本能で危険を察知した俺とリズは、立ち尽くすことしかできなかった。森に魔物の姿は見えていないし、物音もしていない。それでも、目が離せないほどには、森に不穏な気配を感じてしまう。
「……強い魔物が生息する場所は、だいたいこんな感じ。よし、めっちゃ頑張ろう!」
一人だけ張りきっているメルは、エイエイオーッと拳を天に突き上げ、やる気に満ちていた。
めっちゃ頑張ってもらおうと思って渡したピンククジラが、裏目に出たパターンかもしれない。可愛すぎるあまり、今も腰にぶら下げる袋に入れられていて、肌身離さず持ち運んでいる。
自分で持つとメルが言い切るため、仕方がないのかもしれないけど、強い魔物がいるという情報が流れ込んできた俺としては、動揺が隠せないよ。顔を合わせたリズも真顔だから、知らなかったに違いない。
「強い魔物がいるんだってさ。頼んだぞ、リズ」
「限度があるよね。メルが強いって言うときは、最低でもBランクの魔物だよ?」
「半年も冒険者活動を休止していた人間には、荷が重そうだな。サポーターである俺の護衛も必要だし、さすがに難易度が高いかもしれない」
「うんうん、私たちにはまだ早いよ。優しい依頼から始めて、再スタートした方がいいと思うの」
「良い判断だな。ここで依頼を断念したとしても、冒険者ギルドも納得してくれるよ」
二人で話し合った結果、撤退すべきだと判断。慎重派のリズと命が惜しい俺は、見事に意見が一致した。
半年という長い期間会わなくても、お父さんと娘は意思疎通するものであり、こんな茶番は朝飯前。我がパーティ『月夜のウサギ』はいま、全力で早期撤退を求めているのだ!
よし、魔族に見つからないうちに早く帰ろう……とした、その時だ。サッと後方に移動したメルが、俺たちの背中に手を添える。
ピンククジラを得るために逃がさない、そういう野獣のような目をしていた。
「……最近はシャドウウルフの亜種が繁殖して、稀にシャドウウルフキングを見かける程度。Bランク冒険者が二人いれば、問題ない」
顔が引きつるリズを見れば、問題が大アリなのは間違いない。
「それ、Aランクパーティが倒す魔物だよ?」
「……めっちゃ頑張る!」
グッと拳を握り締めてガッツポーズをするメルは、可愛い。しかし、会話の内容が怖すぎる。シャドウウルフキングという言葉を聞いたリズが拒絶反応を起こして、体が震え始めているんだ。
この情報をエレノアさんが知っていたら、絶対に止めていたとわかるほどに。
「ここまでリズがビビるのは、初めてだ。そのままピンククジラはあげるから、街に帰ろう」
「……冒険者なら、依頼報酬としてもらうべき。よし、行こう」
無駄にプライドの高いメルは、話を聞いてくれない。立ち止まる俺たちの背中を押し、強制的に魔の森へ案内しようとしてくる。
「ま、待ってくれ、メル。せめて、心の準備をさせてほしい」
「そうだよ。さすがにこのまま挑むのは危険だから。動揺してたら、魔法も使えないでしょ?」
「……めっちゃ頑張る!」
ダメだ、メルの頭はピンククジラで埋め尽くされてしまっている。無事に依頼を終えて、魔晶石を採取するまで、聞く耳を持ってくれそうにない。
たぶん、魔族ってこういう話を聞かない種族の人だと思う! 猪突猛進タイプの獣人とぶつかれば、戦争は避けられない!
大ピンチを迎えていることに気づいた俺は、助けを求めるようにリズを見る。しかし、魔の森で出会う魔物と戦闘しなければならないリズは、怒りに満ちていた。
「どうするの! もう一緒に行くしかないじゃん!」
「リズの方が友達歴は長いんだし、何とかならないのか?」
「無理だよー。ピンククジラで火が付いちゃってるもん。あれ、私も欲しいぐらいに可愛かったし」
「いや、照れる。欲しいなら、今度作ろうか?」
「えっ? 本当? 嬉しいーって、バカ! もらう代わりに魔の森を調査しないといけないなら、割に合わないの! もらうけど!」
意外にクジラって人気があるんだな、と思いつつ、魔の森の中へ入っていく。独特の息が詰まるような重い空気を感じて、早くも後悔を噛み締めながら。
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