第138話:魔帝国への依頼
「あったわ。Aランク依頼が」
冒険者ギルドの依頼掲示板を見た俺は、すぐに目的の依頼を見つけた。魔帝国とフォルティア王国の国境に位置する、魔の森の調査依頼である。
内容は、魔族がフォルティア王国の領土内に侵入していないか調査すること。絶対条件として、魔族と遭遇しても戦闘は回避することが記載されていた。
報酬は金貨四百枚、日本円で四百万円という恐ろしい金額。絶対にこの依頼は危ないと、素人の俺でもわかる。冒険者ランクが一つ上の依頼までは受けられるから、Bランクのリズとメルがいれば、冒険者ギルドの規約的には問題がない。
ひとまず情報収集するため、冒険者受付カウンターへ移動。こういう時に相談しやすいのが、ニコッと出迎えてくれる、お姉さんポジションのエレノアさんだ。
「掲示板に貼られている魔の森の調査依頼なんですけど、あれを受けるのはヤバイですか?」
エレノアさんがすぐに難しい顔をしたため、相当厳しい依頼だと察する。元々Aランク依頼だし、簡単に終わるものではないと思うけど。
「オススメはしませんね。魔族と遭遇した時は、逃げ切れなければ最後になりますから」
「その感じだと、フォルティア王国の領土内で魔族を見てもアウト、っていう雰囲気ですね」
「こちらの言い分を聞いていただけるのであれば、冒険者ギルドも国へ依頼して、外交ルートでコンタクトを取ります。ですが、魔族は聞く耳を持たないそうですよ。フォルティア王国と魔帝国の間には不干渉条約が結ばれていますから、冒険者ギルドも仕方なく、という感じで依頼を出しましたね」
戦闘は避けるように書いてあったのは、不干渉条約の影響かな。聞く耳を持たないのであれば、人族と戦闘したという事実だけを切り取られて、正当防衛でも条約違反になる可能性がある。冒険者ギルドの依頼で調査に来た、という言い訳は通りそうにないし、ヴァイスさんが言ってた通り、下手をすれば本当に戦争になるかもしれない。
リズとメルが敵の気配を察知できるとはいえ、無理は禁物だ。普通に考えれば、現場に生産職がサポーターとして同行した場合、逃げ遅れて人質になる可能性が高い。
普通なら、な。
「パーティで検討してみます。地下に隠れるのは、得意なので」
穴掘りで地下に逃げるという逃走手段を持つ俺にとって、隠れるのは朝飯前。感知してもらえれば、バレずに地下へ逃げて、そのまま撤退する自信がある。
特に、地下トンネルを高速で掘り進めた新アイテム、風魔法を付与したミスリルスコップを使うと、ホリホリ速度がすごい。地面を一回掘るだけで三メートルの穴が作れるし、スコップ二刀流にすることで、高速離脱を可能にした。
スコップってなんだろう、って俺が考えたくらいだからな。環境破壊のスペシャリストかと思ったよ。
「個人的には引き止めたいところですが、冒険者ギルドの職員としては、お願いしたい依頼になります。この街に滞在する冒険者で依頼をこなせそうな人物は、メルちゃんくらいです。依頼の話を正確に頭に入れてくれるといいんですが」
「安心してください、それは大丈夫です。取っておきのぬいぐるみ、ピンククジラを作っておきましたから」
最高傑作とも言えるピンク色のぬいぐるみをインベントリから取り出すと、エレノアさんの眉がピクッと上がった。
丸くて大きい胴体に小さな尻尾というアンバランスがギャップ萌えする、癒し系フォルムのピンククジラ。リアルの生き物では珍しいピンク色にすることで、ぬいぐるみとしての価値も上がり、見栄えも鮮やか。メルが頬ずりすること間違いなしのヒット商品になると予想される。
「またぬいぐるみを作ったんですね。メルちゃんを甘やかしすぎるのは、よくありませんよ」
「俺もそう思うんですけど、色々なパターンのぬいぐるみを作っていたら、徐々にハマってきたんですよね。もう少し丸みを帯びていた方が可愛いのかなって、何度も作り直したんですよ」
「ぬいぐるみ職人を目指しているんですか? 最近、ミヤビくんが妹に見えてきましたよ」
「性別の変更だけは、本当にやめてください」
さすがに一人では決めきれないため、エレノアさんに別れを告げて、冒険者ギルドを後にする。妙に女性陣の視線を浴びている気がするのは、ピンククジラを取り出した影響だと思った。