闇夜の蛇
境内は、不気味なまでに静まり返っていた。
月明かりや通りの街頭から漏れる光のおかげで、完全な暗闇というわけではない。だがそれでも、何かが潜んでいそうな雰囲気はひしひしと伝わってくる。
やはり、引き返すべきだっただろうか。だが、あの声の正体も気になる。
「大丈夫、何も出ないって……」
私は自分にそう言い聞かせると、今はただ、謎の鳴き声のする方へと、歩を進めていった。
あれから、どれほど歩いたのだろうか。鳴き声のする方へと歩を進めていた私は、とある場所にきた所で、その脚を止めた。
境内建つ古い御堂の側。道はそこから二手にわかれており、声のする方向は、確か墓地へと続いていたはずだ。
だが、余りの暗さに先が見えない。そして、その先から聞こえてくる不気味な蛇の鳴き声。
まるで、聴いた者を漆黒の闇に誘い込んでいるような。そんな気がして、私は思わず身震いした。
いけない。この先は、行かない方が良い。何故かは分からないが、そう直感した。
「や、やっぱり戻ろう……」
そう思い、引き返そうとした時だった。
突如、前方の茂みから何かが蠢いたのだ。あまりの恐怖に、思わず足が震える。
恐怖に怯えた私は、逃げることも出来ず、ただじっと蠢く茂みを凝視していた。
そして。大きな雑音とともに、茂みから飛び出してきたのはーー
なんの変哲もない、普通の蛇だった。
「た、ただの蛇か……」
予想外の正体に、思わず安堵の息が漏れた。
この蛇が野生の蛇なのか、それとも飼われている蛇なのかはわからない。しかし見た目や仕草はどう見ても、なんの変哲もない普通の蛇だ。
もしかしたら、あの鳴き声の主もこの蛇だったのかもしれない。そう、安堵した瞬間だった。
突然お堂の影から飛び出したいくつもの黒いナニカが、蛇に襲い掛かったのである。
突如として現れたそれらに、襲われた蛇が瞬く間に飲み込まれていく。
それからしばらくして、蛇を覆っていた黒いナニカが消え去った後、そこに残されていたものは、干物のように干からびた蛇の亡骸だけだった。
一瞬の出来事に、何が起きたかのか、わからなかった。
先程まで、目の前にはなんの変哲もない蛇がいた。しかしそれが、突然黒いナニカに飲まれ、一瞬で干からびた死体に変わってしまったのだ。
干からびた死体、変死体ーー。
その瞬間、私の中であの話題が脳裏を過った。
友人から聞いた、連続吸血鬼殺人事件の話。そして被害者達は皆、全身から血を抜かれた状態で見つかっていたという。
途端、私の思考は瞬く間に恐怖へと変わった。
ダメだ、ここにいてはいけない。気づかれたら、確実に襲われるーー
幸い、後から現れた蛇達は、まだこちらの存在に気づいていないようだった。今なら、まだ逃げられる。
押し寄せる恐怖と焦りに、私の脚は音もなく後退りする。だがーー
不意に足下からした乾いた音に、私の思考は停止した。
硬直したまま、私は足元に視線を向ける。そこにあったのは、二つに折れた木の枝。どうやら誤って踏んでしまったらしい。
だが、既に手遅れだった。先程の音によりこちらの存在に気づいた蛇達が、一斉に視界を向ける。そして、奇声を上げると私目掛けて襲い掛かってきたのだ。
迫りくる恐怖と死。私は逃げることも出来ず、ただ迫りくる蛇達を見つめるしかなかった。