鬼
2021年初更新です。
本年もよろしくお願いします。
その時だった。
『ドクンーー』
突然ただならぬ衝動に襲われ、るいは思わず口元を押さえた。
脈打つ鼓動とともに、内側から湧き上がる衝動感。その激しさに、るいの顔が苦痛に歪む。
だが、変化はそれだけではなかった。
短かったはずの髪は首筋まで伸び、刀を握る指先は、爪が僅かに尖っている。
きたか……。
鬼化。妖怪を内に宿した、陰祷師の宿命。
妖怪はいわば怨念の化身。強い怨念を浴びれば、当然力は増していく。
そしてそれは、妖怪を内に宿す陰祷師も例外ではない。
るい達陰祷師は確かに人間だが、妖怪を内に宿す故、その体質は半妖に近いものに変化している。
そのため彼らは強い怨念に当てられ過ぎると、身体が徐々に異形の姿へと変じてしまうのだ。
恐らく、先程の鍔迫り合いで、蛇女の怨念を至近距離で受けてしまったせいだろう。
だが、今回の仕事をするにあたって、るい自身も鬼化のリスクは承知済みだった。
鬼化するといっても、変化の度合いには段階がある。その為、ある程度の変化は許容の範囲内なのだ。
しかし、早すぎる。
るいの予想では、鬼化が始まるまでにまだ幾分かの猶予があったはずだ。にも関わらず、この短時間で鬼化が始まった。
昔と比べて、鬼化が起こりやすくなっているという自覚はある。しかし、今はまだ軽微な変化でも、このまま戦いが長期化し、鬼化の進行が進んでしまったらーー
本当は、もう少し相手の力を削いでから行いたかった。けれど、こうなってしまっては仕方がない。
『……あれをやる気か?』
「うん。それまでの間、頼める? 剛濫」
『言われるまでもない。任せておけ』
いつもながらの頼もしい一言に、思わず笑みが溢れる。
このような状況にも関わらず、こうして安心できるのも、その存在故かもしれない。
とはいえ、それを本人に告げることは、恐らくないだろうけれど。
そうしてるいは、目を閉じると、内なる存在にその身を委ねたーー
その瞬間、るいの纏っていた気配が変わった。
息苦しくはないが、重々しい。重苦しいのに、猛々しい。
先程までのるいとは、まるで異なる気配。
その変化に何かを感じ取ったのか、蛇女はすぐさま腕に纏った蛇達を、るいに向けてけしかけた。
微動だにしないるいに、蛇達は容赦なく襲い掛かろうとする。
だが次の瞬間、唐突にるいの目が開かれた。同時に、黒かった彼の瞳が、紅へと染まる。
そして、彼のものとは思えない程の雄叫びを上げると、腕の一振りで容易く蛇達を葬ってしまった。
これには、流石の蛇女も、動揺を隠せない様子だ。
「……なんだ、どうした? 随分と手応えがないじゃないか」
もの足りないと言わんばかりの表情を浮かべるるい。しかしそこから発せられる声は、内なる鬼、剛濫のものだ。
『ちょっと剛濫! いくらなんでも、無用心すぎるよ』
「やれやれ、相変わらず心配性だな。坊主は」
内から聞こえる慌てた様子のるいに、剛濫は呆れたと言わんばかりの態度を見せる。
『剛濫が、なんでも力任せにしようとするからだよ。蛇女の毒に当てられたらどうするのさ』
「なに、そんな心配なぞいらん!この程度、我が皮膚を裂くことすらできんわ」
そういってニヤリと笑う剛濫。よく見ると、先程の一撃で裂けた袖からは、人のものではない、灰色の鱗に覆われた皮膚が見え隠れしていた。
「そんなことより坊主。小言を言う暇があったら、少しは集中しろ。こちらも、そう長くは持たんぞ」
『わかってる』
戦いを剛濫に任せ、るいは再び意識を集中させる。
そして、それを見届けた剛濫は、迫りくる蛇女に刀を構え、叫んだ。
「久方振りの俗世だ。存分に楽しもうぞ!」
蛇女戦は次回で完結です




