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13.勇者とトカゲは笑い合う

 



 地面を力強く蹴って前へ前へと体を押し出す。

 血が煮え滾ったように熱かった。追い詰めるような緊張感が体を強張らせて、力任せに全てを発散させたくて堪らなかった。

 胸中にぐるぐると疼く高揚感を抱き、言葉にならない激情を吐き出したくて、喉が引き裂けそうなくらい叫んだ。

 自分の声が脳に響いて、薄い鼓膜を震わせている。もう自分以外の声なんて聞こえやしない。


 目の前の相手が誰であるかなど最早どうでも良い。

 勝つか負けるか、二つに一つ。


 獲物を見定めて目を細める。拳を握り締めて肩を引き、前方に開いた手を、後ろ手に拳を構え、口から肺へ一気に空気を取り込む。

 一歩、二歩、と脳内で数字を数えながら着実に地面を踏み締め、三歩、拳を握り込んだ腕に瞬間的に力を込めて、溜め込んだ力を全て目の前の相手に向かって開放した。

 獲物は———トカゲはその口元に歪んだ笑みを浮かべると、ゆらりと緩慢な動きで重心を下げ、ピタリと動きを止めた瞬間、弓が引かれたかのようにその場から姿を消す。


 瞬く間に縮まる距離。私は四散する魔力をその手に握り込んで腕を振り抜き、トカゲはぶら下げた異形の腕を気怠げに下から上へ薙ぎ払った。

 骨が、肉が、体が悲鳴を上げて軋む。

 空気を震わせる衝突音。


「たまんねェなア!オイッ!!」


 トカゲの楽しげな怒号を聞いて、私の口元は痙攣するようにピクピクと震える。

 そう、たまらないんだ。この瞬間が。今が。

 アドレナリンが脳内を犯してヤバイんだ。


「ヒッ……ふっ、あははっ!」

「ヒャハハッ!」


 どちらともつかない笑い声が口から漏れる。見開かれた瞳はお互いの姿を捉えて離さず、逃す気なんて毛頭無い。

 目的なんて忘れ去って、窒息死するまで鮮烈な『今』に溺れたい気分だった。

 全力で、『今』自分の生を実感していたんだ。


 向かって来る巨大な拳を自分の小さな拳で力任せに押し返し、相手が下がった分だけ前へ進み出て迫り、追い討ちをかけるように殴りかかった。

 トカゲは連続して放たれる攻撃を漏らさず受け止め、その度に後退して苦しげに私の目を睨んで反撃する。

 私は徐々に力を増していた。溢れ出す魔力の扱い方に慣れてきたのもあるが、冷静さと引き換えにリミッターのようなモノが外れかけている所為もあった。


 苦し紛れの攻撃を弾いた隙を突き、拳をトカゲの顔面に捻じ込む。トカゲは後方へ飛ばされ、地面を転がりながらも即座に起き上がった。

 そして、鬱陶しそうに口内の血を吐き捨てると、口角の釣り上がった口元を腕で乱暴に拭い、感情を剥き出しにして怒鳴った。


「楽しくて嫌んなんなァクソがよオ!いいぜ、認めてやろうじゃねーか!テメェは劣等種にしちゃ強ェよ!でもなァ、『オレ』が一番強ェんだよ!!」

「勝ってから言えやトカゲぇ!一番強いのは『私』に決まってんだろーが!!」

「オレはテメェなんかに負けてらんねェんだ!!」

「私だって負けらんねーんだよ!!」


 互いの激昂が衝突し、直後トカゲから獣のような雄叫びが上がる。


 ———ベキッバキバキ、ボキッ


 途端に聞こえて来た音はガラスが割れるようにも岩が砕けるようにも聞こえて、断続して響き渡るその音は今までのものとは何かが違う。

 トカゲの皮膚に薄緑の鱗が浮かび上がり、薄緑は深緑へと色を変えて全身を覆い尽くす。縦長の人間離れした瞳孔がやけに目についた。

 人間じゃない。

 分かり切っていた感想を抱くと同時にトカゲは私に向かって飛びかかった。


「もっと楽しませろよ、なアッ!!」


 薙ぎ払うように振るわれた腕が体の側面に直撃して視界がブレる。途端、空と大地が目まぐるしく入れ替わり、全身を打ちつけた。

 捲き上る土埃から守るように目を瞑るが、相手の気配はもうすぐ側にある。

 私は体勢をなんとかうつ伏せにして手のひらと爪先で地面を滑り、勢いを殺し切る前に目をこじ開けてトカゲの姿を目視した。


「……アははっ!いったいなぁ!」


 まだこんな力隠し持ってたのかよ。出し惜しみしやがって、舐めんじゃねぇ。

 四つん這いのまま膝を曲げて身を竦めると、前方へ飛び上がるように体を起こして握った拳を放った。トカゲは左腕でその衝撃をドッと受け止めると、横へ払って弾き返す。

 私の重心は横へ崩れ、息つく暇もなく頭上目掛けて降りかかって来た深緑の塊を転がって避ける。

 さっきまで私の居た地面は無残にも砕け散っていた。

 それを横目に、私はバッと素早くお座りをする犬のように体勢を立て直し、トカゲに向かって吠えた。


「女子だぞ!!」

「知るか!!」


 その端的な返しに私はニヤッと笑う。そうだよねぇ、関係ないよなぁ、そんなこと!

 トカゲの容赦の無い蹴りが眼前に迫り、私は慌てて後方に跳んだ。鼻先を足が掠め、巻き起こった疾風が顔面を襲って目を細める。

 続けて放たれた裏蹴りをしゃがんで回避し、トカゲは身を翻して次は下段に蹴りを放つ。私は咄嗟に地面から足を離してびょんっと跳び上がるが、私の行動を予測していたかのような3撃目は避けようが無かった。「ふぎゃっ」と変な声が出る。いってぇ!

 ずしゃっと無様に崩れ落ちた。


「……くふふっ」


 別に痛いのが好きなドMじゃないけど、這いつくばりながら何だかふつふつと湧き上がって来る感情があった。

 何て言うのかな。燃え滾るような感じは怒りとも似ているけど、もっと愉快で……そう、『こいつに勝ったらどんだけ気持ち良くなれんだろう』って感情!


「まだまだヤれんだろォ!?立てよオラ!!」

「ったり前だろーがッ!!」


 土を握り込んで腹から声を出す。体にグッと力を込めて立ち上がり、限界まで助走をつけて飛び蹴りを放つ。


「くたばれえッ!!」


 ドッ……と足裏がトカゲの腕と衝突した瞬間、体中に重低音の振動が走った。手足が、脳天が痺れる。

 私は衝撃を緩和する為に打ちつけた脚を曲げ、バネのように反発して空中で大きくバク転する。天地がひっくり返った中、私を見上げるトカゲの挑発的な視線とかち合って舌打ちをした。

 数十メートル離れた先の地面に沈み込むように着地をして、重心を前に持って行きながら土で後ろに滑る。足の内側の側面を地面に擦り付けてブレーキをかけ、勢いを殺し切ってから間髪入れずにトカゲ目掛けて走り出した。


 今の私は強い。こんなトカゲ野郎よりずっと。

 だから負けちゃいけないんだ。だって、負けたらそいつより弱い存在になるから。

 『強い』なんて言えなくなるから。

 魔王城の連中に強さを証明できないから。

 でも、でもでも、負けちゃいけない一番の理由は———


「あハははハハっ!!」


 高低差の狂った不安定な笑い声を上げる。

 楽しい!強いって、こんなにも楽しい!

 手放してたまるかってんだ。

 最高に!絶対的に!今の私が一番強いのだから!


 握り込んだ拳を力任せに振りかぶる。

 躱されてしまったけれど、勢いのままクルッと一回転して裏拳をもう一発。今度は腕で受け止められて全身が痺れた。

 襲い掛かるカウンターは即座に避けて、ついでとばかりに蹴りつける。その前にトカゲの拳が降って来たけれど。

 絶え間無い応酬に自然と口角が吊り上がり、同時に今の自分の強さを実感して無性に泣きたい気持ちになった。


 悔しかったんだよ。

 情けなかったんだよ。


 私は月日を追うごとに自分が弱くなって行くのを感じていた。

 それは目に見えた腕力の差で、性差による体格の違いであったり、把握できる世界が広がった事による比較対象の増加だったり、生まれ持った『何か』であったり。

 幾ら強がっていても私は女だから、そうなる事は頭では分かっていたけれど、ソラの前では強い自分でいたかった。


 だって、ソラが憧れている私が好きだったから。ソラの中の私はとっても強くてカッコ良かったから。

 表面上だけでもそう在れなくなってしまったのが、とてつもなく悔しくて情けなかった!

 だから、神様がこの世に存在するのなら、お礼を言わなくてはいけない。

 最初もうちょっと魔法要素のある加護が欲しかったってガッカリしちゃってごめんなさい!今めっちゃ最高な気分です!神様わかってるぅ!って。


「いくぞトカゲぇえ!!」

「かかって来いやア!!」


 両者同時に腕を振りかぶり、タイミングを合わせたかのように拳を前方へ勢い良く突き出した。

 双方から投じられた腕は交差し、拳は捻じ込むように捻りを加えて真っ直ぐにお互いの顔へ直撃する。歯を食いしばって睨み合っていた。

 どちらも引けなかった。勝利への熱量は、執着は、お互い勝るとも劣らない事には気づいていた。


 ———それでも私は!


 永遠にも感じる一瞬が過ぎ去り、私の拳はトカゲに競り勝った。

 直ぐには理解できなかった。負けるとは微塵も思っていなかったけれど、勝てるとも思えていなかったからかも知れない。

 トカゲは城の壁面に背中を打ちつけ、力無く崩れ落ちる。立ち上がる様子は無い。

 私は満身創痍の状態で肩で息をして、直前に殴られた頬を腕で拭う。口内に広がる鉄の味も、ヒリヒリとした焼けつく痛みも、何もかもが吹っ飛ぶくらいの高揚感が湧き上がる。

 気づくと中指を立てて叫んでいた。


「勝ってやったぞ!!私の勝ちだ!!」


 途端、地響きでも起きたかのように周囲がどっと騒がしくなる。今まで忘れていたギャラリーの存在を思い出し、私は周囲に目を向ける。

 中庭を囲んでいた魔族たちは先程よりも倍近く増えていて、一様に興奮した様子で盛り上がっていた。怒号のような賛辞が飛び交い、場の雰囲気は私の存在を歓迎して受け入れている。

 体からは徐々に力が抜け、勝利の高揚感が安堵へと移り変わる。手足がぶるぶると震え出して、思わずその場にしゃがみ込む。


 やった!やったんだ!これで私は……!


 しかし、束の間の熱気は、怒気を孕んだ絞り出すような叫びに掻き消された。


「「オレはこンな所で負けちゃいけねェんだよオオッ!!!」」


 耳の鼓膜を(つんざ)く己を鼓舞する悲鳴は、獣の咆哮と幾重にも折り重なって聴こえた。

 残響に包まれた空間でトカゲは目線を下げたままゆらりと立ち上がり、再び喉が裂けんばかりに叫ぶ。

 次の瞬間、トカゲを中心に竜巻が巻き起こった。周囲の空気が一気に掻き回され、服が激しくはためいて土埃が舞う。

 私は腕で顔を覆いながらトカゲに意識を集中させて、しゃがみ込んだまま突風に耐えた。そして、静けさの中ゆっくりと腕を下げ、竜巻が消え去った後の光景を見て目を疑う。


「……ド、ラゴン?」


 真っ先に思い浮かんだ単語を唖然と呟き、深緑の鱗に覆われた巨大な生き物を天を仰ぐように見上げる。中庭を圧迫するような存在感に圧されて言葉が続かなかった。

 一軒の家を見上げているような、規格外のダンプカーを前にしたような、そんな心地。

 何でドラゴンが?魔王さんはドラゴンと竜人は別の種族だって言ってた筈だけど。


「「負けらンねェ……オレはテメェに負けてル場合じゃねェんダ『1番』にナレなきゃ生キてる価値ねェンだッ!!!」」


 視界を覆い隠す光線がトカゲの切羽詰まった咆哮と共に放たれる。

 当たったら死ぬと直感が言った。けれど、起き上がろうとした体は糸が切れた人形のように地面に倒れ込む。

 魔力、すっからかんだ。体が言う事を聞かない。

 ちくしょう。どうせ死ぬんなら心臓が止まるその瞬間まで戦い続けてやりたかった。


 諦念に打ちひしがれて光が体を飲み込む直前、誰かに抱え上げられるふわりとした感覚がした。

 死んだ?と思ったのだが、次に目に入ったのは見慣れた地面で、ガッシリと腰の辺りを何かにホールドされ、宙ぶらりんになっている状況に疑問を抱く。

 あれっ?死んでない?


「ギリギリセーーーフっと!」


 頭上から聴こえて来た能天気な男性の声に顔を上げる。そこには満面の笑みを浮かべる精悍な顔つきのマッチョ……バッファローを彷彿とさせる大男が居た。

 誰!?いや、なんか見た事あるような……?


「「邪魔すンじゃねェダグラスッ!!」」


 私が思い出すより前にトカゲの入り混じったような声が響き渡り、思考していた意識が現実に引き戻される。

 大男はドラゴンと対峙している状況だと言うのに落ち着き払った様子で大きな溜息を吐くと、私を地面に下ろしてから前へ進み出る。


「勝負は着いた筈だろう、ラドヴァン。それに今のはルール違反だ。今回の戦いは肉弾戦のみだと聞いていたんだがなぁ……」


 そうして一度言葉を区切ると、わざとらしく考え込むような仕草をして「違ったのか?」と若干挑発的に笑いかた。

 私は大男の余裕たっぷりな態度に焦りながらドラゴンを見上げる。そして案の定、ドラゴンは言葉に詰まった末に逆ギレした。


「「部外者ガ口出しすンじゃねェ!邪魔しヨウってんナらテメェ容赦しねェぞッ!!」」

「おっ、やるかあ!?あー!でもここでやるには狭過ぎんだよなぁ、俺の大事な部下を巻き込みたくはねえしここは……」

「「ゴチャゴチャうっせェんだよ!引っ込ンでろクソジジイッ!!」」

「よし!一旦落ち着けクソガキ!!」


 小気味の良い快活な大声が上がり、大男は向かって来たドラゴンをミサイルのような強烈な拳で一蹴した。

 やっべぇ……しか言葉が出なかった。


 ちなみに、中庭を囲んでいた壁面は大胆にも一部崩壊したのだが、巻き込まれそうになった部下の文句を大男は「やっちまったな!」の一言で済ませて、ガハハと豪快に笑っていた。

 いろんな意味ですげぇ人だと思った。



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