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はじまりの記憶

 



 私にはひとつ年下の幼馴染がいた。

 出会いは小学生の低学年頃。家が近所で度々見かける事はあったが、実際に接点を持ったのは暫く後だったと思う。



 近所の子供たちが集まる公園で、周りの子と比べるとやけに細身で小さな男の子が、木の下の日陰で丸まっていた。

 私の意識がその男の子に向いたのは、ただ単にあまり見かけない男の子を珍しく感じたのと、遊び仲間を探していたからだった。


 何にせよ少し興味を引かれ、男の子の背後から手元を覗き込む。木の枝で地面に熱心に絵を描いていた男の子は、そんな私に気づく様子は無い。


「なあ、サッカーしない?人数足りないんだ」


 背後から唐突に声をかければ、当然のように男の子は驚愕の表情を私に向けた。絵に描いたような驚き方だ。

 それが何だか可笑しくて思わず噴き出すと、男の子は何を思ったのか不服そうに顔を顰めた。


「……絵、かいてるから」

「えーいいじゃん、外でしかできないことしよーぜ。ほら、早くしないと始まっちゃうし」


 男の子の拒絶の言葉を軽く聞き流し、公園の開けた場所で2チームに分かれている集団を指差す。みんな公園の近所に住んでいる小学生で、私の同級生やその兄弟などの集まりだ。

 誘った私ですらあまり知らない人がいる集まりなので、男の子も馴染みやすいかと思った。しかし、男の子はそれを見て反抗的な表情から打って変わり、尻込みするような気弱な表情になる。


「でもぼく、すぐ疲れるからみんな楽しくないと思うよ」


 男の子の態度が突然変わった事は不思議に思ったが、私はその理由に思い至るほど聡くはなかったし、とにかく押しの強い子供だった。


「だいじょーぶ、だいじょーぶ、そんなこと誰も気にしないから。おーい!こいつもサッカーやるってー!!」

「ちょ……っ、言ってないんだけど!?」


 こうして私は嫌がる男の子を引きずり、自チームの戦力として加えた。敵チームより人数が少なかった所為もあり、男の子は当然のように大歓迎される。

 当の男の子はその大歓迎ぶりに戸惑い、サッカーが始まってからもボールを目で追いながら右往左往していた。しかし、後半戦に入った辺りからは段々と乗り気になってきたようで、みんなに馴染んで割と普通に楽しんでいるように見えた。


 日が暮れて、男の子は相当ばてた様子で地面に座り込んだ。後半戦しかまともに参加していなかったというのに、始終全力で走り回っていた私よりも汗をかき、呼吸も荒い。

 さっきまで同じボールを追いかけていた仲間たちは薄情なもので、門限を理由にさっさとそれぞれの家に帰って行った。


「おまえ体力ないな」

「ぜえ、はぁ、だから、そう……言った、のに」

「そーだっけ?あ、おまえ名前なに?おれはアキラ」

「そ、ソラ……」

「おう、よろしくソラ。また遊ぼうな」

「えっ!?」


 信じられないと言いたげに驚いたソラの反応に、私はまたしても噴き出してソラは不服そうに顔を顰めた。

 一頻り笑って満足した後、座り込んだソラに手を差し出す。ソラは困惑したように差し出された手と私の顔を交互に見た。どうやら本当に意味が分からないらしい。


「手だよ。立てるか?」

「……あ、うん」

「おまえも門限あるだろ?早くしろよ」


 意味を理解してからも迷っているような素振りでなかなか手を出さないので、私が強めの語調で急かすとようやく手が伸びてくる。緩慢な動作が焦ったくて、待ち切れずに自分からソラの手を掴み、ぐいっと上に引き上げた。

 ソラは多少ふらつきながら立ち上がり、私はしっかり立ち上がったのを確認してから手を離す。公園の時計台に目を向けると、針はもうすぐ6時になるところだった。


「じゃ、おれも帰るから。またな!」

「うん、また……」

「絶対またこいよ!」

「う、うん」


 背を向けて公園の出口へと駆け出すが、一度振り返って歯切れの悪いソラに念を押すように「絶対だからな!」と繰り返す。

 ソラは決して断言はしなかった。しかし、それでも私が振り返った時に見た、不器用だが屈託の無い笑顔は『絶対に』ソラはまた来るのだと確信させた。


 それからソラは公園におずおずと顔を出すようになった。頻度はあまり多くは無かったが、姿を見せれば私が毎回強引に仲間に引き入れる。それが恒例だった。

 今、改めて思うとデリカシーの欠片もない行動だったが、勇気の出ないソラにしてみれば、それくらいが丁度良かったのだろう。

 本気で嫌がっていたのなら、そもそも公園に来たりはしないと思う。


 ソラは虚弱体質というものらしく、体は小さい上に細っこい。体力は無いし、免疫力も低いので病気にかかりやすい。なので遊んでいる時によく貧血で倒れていたが、ソラは案外強かった。

 自分の虚弱体質を遊び仲間には心配されたくないらしく、深刻な問題に感じさせないようにいつも笑顔でいた。気弱で弱音は吐くけれど、諦めたり逃げたりはしない奴だった。

 そうやってソラは年々、私がわざわざ仲間に引き入れる必要が無くなるくらい私たちに馴染んでいった。


 ちなみにソラは私が中学生になるまで、私を男だと勘違いしていた。私の制服姿を見て狼狽する様は大爆笑必至の、忘れられない思い出である。

 確かに私の名前は男っぽいし、あの頃は見た目も男寄り、言葉遣いも男そのもので、周りの友達も男ばかりとくれば本人も男であると考えるだろう。

 私は別に男になりたかったのではなくて、ただ元々の性格が男っぽかったのだ。外を駆け回るのが大好きで、女子の会話にはついていけなかったし、女っぽい格好をするのも何だか嫌だった。他にも理由はあるが、大体そんな感じだ。

 しかし何年も気づかないものだろうか。私の同級生はみんな知っている事実だったというのに。


 ソラが中学生になる頃には、貧血で倒れる頻度はいつの間にか減っていた。

 そもそもソラの虚弱体質の原因は、小食のくせに好き嫌いが多く、その所為で体力が無くて運動不足になっていたからだ。

 私が細すぎるソラを心配して「とにかく食え」とソラの口の中に栄養のありそうな野菜や肉、牛乳を突っ込めば涙ながらに食べていた。

 運動不足は体力を使う事しかしていなかった私たちの遊びで解消したのだろう。

 ところが、もう虚弱体質は改善したのではないかと思われた頃に事件は起こった。



 ―――ソラが交通事故で死んだ。



 確かに、何かの間違いでもなく、タチの悪い冗談でもなく、本当に、確実に、私の目の前で死んだ。

 あかい、あかい、あかい、血を見た。


 ソラが死んだのは私がまだ中学生の時だった。今はもう、高校卒業を控えている私にとっては遥か昔のようにも思える。

 たかが3年、されど3年。目まぐるしい変化に悲しいという感情はどこかへ行っていた。


 私は持って来ていたスナック菓子を頬張る。お供え物として持って来た物だが、1秒たりともお供えしていないソラの好物だったお菓子だ。

 目に付く範囲に誰もいない墓場で私を咎める者はいない。

 もしも幽霊が存在するのなら、ソラが必死に注意しているだろう。しかし、あいにく私には見えやしないので関係無かった。


 そういえばソラは死ぬ前に軽い中二病を患っていたなと思い出す。

 ソラはもともと趣味としていた漫画、小説、アニメ、ゲームなどに没頭し、その影響から妙な方向へと走り出した。

 ブラックコーヒーを飲んで格好つけるだけなら良かったものを……。まあ黒歴史になる前に死んだがな、と笑えない冗談が思い浮かんで、私はため息を吐きがっくりと項垂れた。


「ソラはもう成仏して生まれ変わったかなぁ?」


 ソラの好きだった小説風に言うと『転生』だろうか。

 今度こそ大食いで、食べ物の好き嫌いをしない、病気知らずの健康体に転生していればいいのだが。

 感慨深く頷きスナック菓子が空になったところで、私は後片付けをする為に立ち上がる。

 また数ヶ月……いや、来年、再来年、何年後かには来てやろう。


「ん?」


 それは前触れも無く訪れた。

 石が敷き詰められている筈の地面が唐突に光を放ち、アニメや漫画で見るような魔法陣が浮かび上がる。それは明らかに私を中心に展開されていた。


「え、何これ、えっ?」


 私は逃げ出す事も忘れて呆然と立ち竦む。

 最悪な事にスナック菓子を頬張っていた時と変わらず、私の周りには誰もいなかった。助けてくれるような人物も、私がこんな目に遭っているという目撃者すらいない。

 数秒ほど固まってようやく一歩、足を前に出した時には既に遅かった。


 視界は真っ白に塗りつぶされ、次に目にしたのは仰々しい格好をした人たちの群れ。その中でより一層目立つ神官姿の爺さんが、感嘆したように言い放つ。


「おお、勇者さま!よくぞおいでくださった!」


 到底受け入れられない現実に暫し硬直する。そしてみるみるうちに唖然とした表情を驚愕の表情へと変え、私は遂に叫んだ。


「何が起きた!?」


 この日、私は奇しくも勇者として異世界に、イリアーレス聖王国に召喚された。



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