前途多難
シドとロランが馬車の中で久しぶりの会話を楽しんでいる間、シュレット家の長女は自宅で盛大に頭を抱えていた。
原因は勿論、シドの事を不審者と誤解してしまった事だ。その所為で大勢の人間に迷惑がかかり、シド本人に至ってはもうまともに顔を合わせる自信がステラにはない。
「……いっそ消えてしまいたいわ」
「そんな大袈裟な……正直に謝ればきっと許してくださいますよ」
幼い頃からステラの世話役を任されて来たメイドのアイナは呆れた顔で消沈しきったステラの髪に櫛を通していた。
「別に悪意があった訳でもなく、ただの勘違いだったのでしょう? 素直に謝罪すればきっと許してくださいます。だからそんなに落ち込まなくても――」
「いいえ、あなたはあの人の事を見ていないからそんな事が言えるのよ」
「?」
「フードの隙間から見えた背筋がぞっとするようなあの目付き……アレは受けた恨みは絶対に忘れない執念深い人の目だわ」
「……お嬢様、人を第一印象で決めつけるのはよくありませんよ?」
「貴方もあの人に会えば私の言っていた事がわかるわよ。きっと震え上がるはずよ」
腕を大袈裟にさすり、その時の恐怖を思い出してわざわざ身震いまでするステラ。
「私たちメイドはどの様な方のお世話をすることになっても決して態度を変えない様に徹底的に教育されておりますのでご心配には及びません」
「……あっそ」
しかし年上の幼馴染であり長年ステラのお世話係を勤めて来たアイナの返事は素っ気ない。
生真面目な性格の彼女にはこの手の冗談や揶揄いが効果が薄い事を改めて思い知ったステラ。大げさなリアクションをした自分が馬鹿みたいだとわざとらしい演技を止めた。
するとアイナはタイミングを見計らっていたかのようにステラの髪を梳かしていた櫛を置き、彼女の肩にそっと手を置いた。
「――お心の準備はよろしいですか?」
「……」
すると、先ほどまで興奮した様子で喋り続けていたステラが黙り込んだ。
そんな彼女の両肩に手を置いたままアイナは励ます。
――優しく、静かに、けれども力強く。
「――反省も後悔もしたのなら、あとはもうただ覚悟を決めるだけです」
肩に乗せられたアイナの手の暖かさを感じながら、ステラは思う。
――この人はずるい。
いつもは素っ気ないくせにこちらが落ち込んでいる時、必ず背中を押してくれる。
迷い、立ち止まり、時には動けなくなった時、自分の背中を押すのはいつもこの人だった。
「……うん、わかってる。もう大丈夫」
そしてこの人のこの不器用で素っ気ない優しさがステラは大好きだった。
だから大好きなこの人がいつまでも自分を好きでいてくれる様、いつまでもウジウジしている訳にはいかない。
――もう覚悟は決まった。
背筋を伸ばし、顔を上げて瞳に力を込める。
「……馬車の音が近づいて来ましたね」
――背中も十分押された。
あとの結果は自分次第だ。
――さぁ、度胸を見せろステラ。
緊張で震えそうな身体に喝を入れ、足を前に踏み出す。
「行くわ」
「はい、お嬢様」
メイドのアイナを後ろに伴いつつ、父とあの人を出迎える為に屋敷の玄関へと向かう。
踏み出す足はまだ緊張で震え、心臓の音はその足音よりも速く激しく脈打っている。
――あの人に何と言われるか考えただけで震える。
正直、今すぐにでも自室に戻って引きこもるか、何処かへ逃げ出したい気分だ。
だが、これは自分がしでかした不始末なのだ。
自分にはその責任をとる必要がある。
「うん、行こう」
――玄関先に到着したステラは二人を出迎える為に屋敷の外へと通じる扉を自らの手で開いた。
そして――
「――あっ」
「――え?」
――目があった。
丁度向こうも扉を開こうとしていたのだろう。
屋敷の玄関の前に立っていたシドと見下ろされる形でばっちりと目が合ってしまった。
――双方にとってこれは完全な不意打ちだった。
特にその不意打ちをまともに喰らったシドは目も逸らす事も出来ず、目の前の少女の次にとるだろう行動にただ身構えるばかりだった。
しかし……
――バタンッ!!
目の前でとても勢いよく扉がしまった。
「え?」
今、何が起きたのかと呆然とするシド。
一瞬だけだが、シドの目には先ほどの少女が真っ赤な顔で扉を勢いよく閉めるのが見えた。
そして閉め出さる形で取り残された自分がいる。
「これは……参った」
首筋をさすりながら固く閉ざされた扉の前で自分の現状にただただ呆然とするシド。
……王都来日初日、どうやら自分の前途は多難になりそうだとシドは深く重いため息を吐いた。
……そしてシドがため息を吐いていたとほぼ同時刻、扉の反対側では――
「いきなり何やってんのよ私~~~!!」
再び盛大に頭を抱えて悶えているシュレット家の長女の姿があり、それを端から見ていた世話役メイドのアイナは無表情で小さくため息を吐いていた。
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