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『上』

重いし、暗いし、重いし、暗いし・・・

彼女の話とは違って、明るさなんてありません。




俺には、前世の記憶がある。

遠い遠い世界での、俺と彼女との記憶。

それらの記憶が幾重にも重なり、今の俺となっていた。


最初に彼女と出会ったのは、俺の中で一番古く、一番長く生きた世界。

俺はその世界で神だった。

それは、俺の思い込みでも、誰かのでっち上げでもなく、本当に神だった。

人々の思いを集めて力とし、大地を潤わせる。それが俺が神としてやっていた事。

しかし、俺にとって神としてやっている事は、やらなければならない事ではなかった。ただ、そういう存在になるように人々に願われ、生み出されたからそうしていただけ。他にやるべき事も無かったから、そうしていただけで、人と呼ばれる彼等に興味など無かった。


それでも、人々は俺に祈りを捧げ続けていた。

それは、俺の住処が積み石から、お社となり、巨大な神殿と呼ばれる建物になるほど長い、長い時間。

そうして気付いた頃には、俺の住処には、人が住み着くようになっていた。その者達は、男が神官。女が巫女と呼ばれ、俺の事を話しては、周りの人々に敬われていた。


意味が分からん。

俺は、光と共に、人々の前に降り立った覚えはない。

俺は、俺の住処に住み着いた者達に、教えと言うものを説いた覚えもない。

そもそも、俺の住処に住み着いた者達と、話をした事もなければ、姿を見せた事もない。


ただ、いつの頃からだったか、思いを集めて大地を潤わせる。という役目が面倒になり、俺の住処に住み着いた者達に、その力を分けるようにはなっていた。

おかげで俺は何処かに行く事もせず、集まった力を適当に分けるだけで、住み着いた者達が勝手に各地へ行き、大地を潤わせてくれる。

はっきり言えば、楽をしたかっただけだ。


そんな怠惰な日々を送っていた俺だが、全く何もしていなかった訳ではない。


俺は人々の生活を眺めていた。人々が神という存在に求めていた、見守るとは随分違い、何もしてはいなかったが。


そんな折に、彼女を見つけた。

俺の住処の中庭で、孤児達を集め、彼女の作った物語を披露している彼女を。


『昔々あるところに、お爺さんとお婆さんがいました。爺さんは毎日山に聖剣を抜きに、お婆さんは毎日川にドラゴンを手懐けに行っておりました・・・・』


何故か何時もお爺さんとお婆さんが活躍する話ばかりで、偶に若者も出てきても、最終的には、爺と婆が大活躍する話になってしまう。その話を聞き、子供達は。


「私絶対に、お婆ちゃんになる!!」

「僕も!!立派なお爺ちゃんになって魔王倒す!!」

「私はドラゴンを飼う!!」


と口々に叫び、目をキラキラと輝かせていた。

俺は、そんな彼女の物語が好きで、もっと聞きたくて、俺は身体を適当に人間達に似せて、彼女の前にたった。

今考えれば、この時既にただの興味では無く、人間の言う()に近い感情を持っていたのだろう。俺の身体は自然と、彼女と簡単に親しくなれる同性では無く、警戒されるはずの異性の身体になっていたのだから。


そうして、彼女の前に立った俺は・・・


「きゃああああぁぁぁぁ。」


叫ばれた。

今考えれば馬鹿な事をしたと思うが、当時はそれが普通だったのだから、仕方がない。

そもそも俺は神と呼ばれ、様々な物をお供えされたが、俺が彼等から実際に何かを貰った事はない。

それらは、全て俺の住処で暮らす者達に振り分けられ、よく分からんお札と呼ばれる紙達は、祈りの言葉とやらを呟かれながら燃やされた。実際に俺の手に届いた物など、何もない。

だから、全裸・・・身一つで彼女の前に立った俺は悪くない。


それに、全裸だったおかげで、俺の事を、山賊に出会い身包み剥がされた、()()()()と言う名の病気の、かわいそうな人だと勘違いしてくれたのだから、まあ結果的にアレで良かったのだろう。


ララベルは、俺に様々な事を教えてくれた。

服を着る事の大切さや、食事のマナーに、人間達から見たこの世界の事。

そして、とても複雑な感情も・・・


「他の者を見ないでほしい。俺だけを見てほしい。

他の者に触れないでほしい。俺にだけ触れてほしい。

他の者に話しかけないでほしい。俺にだけ話しかけてほしい。

君の姿が見えないだけで、寂しくて、心が押し潰されそうになる。側にいるだけで、心が温かくなって、このまま一つに溶けてしまいたくなる。この気持ちを何と言うのだろう?」


今までに感じた事のない複雑な感情。その感情を何と言うのか俺は知っている。

知っているが、一言で言うには勿体無くて、その答えを彼女の口から聞きたくて、わざと聞いてみたのだが、ララベルは顔を真っ赤に染めながら、一歩、俺から離れて行く。


「それは・・・気のせいです。」


「気のせいとは思えない。こんな風に思えるのは、君だけだ。他の者達など、そこら辺に落ちている石ころくらいにしか思えない。しかし、君は俺にとって・・・うむ・・・そうだな、女神だ!!人々が言う女神の様な存在だ。」


そう言って、俺は一歩近寄ると彼女の手をそっと掴む。

暖かくて小さな手。その手を俺が掴んでいると思うだけで、身体が熱くなり、渇いた喉が水を欲しがる様に、もっともっと触れたいと思ってしまう。


「いや・・・女神って・・・どうしたんですか?記憶喪失が治らないうちに、視力まで無くしたんですか?」


「視力は極めていいぞ。なんなら国の端にある砦で、兵士の一人が誰にも見られていないと思い、華麗なステップでダンスを踊っているのが見えるくらいに。」


「冗談はその辺で、そろそろ手を離してください。」


「嫌だ。君が側にいなければ、地底に引きずり込まれる様に胸が苦しくなる。側にいると胸が高鳴って苦しくなるが、地底に引き込まれる様な胸の苦しさより、断然心地いい。」


「・・・・それはきっと不整脈です。病院に行った方が・・・。」


そう言いながら、肌を真っ赤に染める彼女は、そっと視線・・・どころか、顔を背けた。


「病院には行った。」


「行ったの?」


背けていたはずの顔を高速で俺に向け、大きく目を見開き驚いている彼女。

そんな表情も可愛いい。


「ああ、何故だか心臓の音が聞こえないと、首を傾げられたが、症状を説明したら『ああ、それは病気じゃありませんよ。良かったですね、ハイハイハイハイ・・・』と何故かすっごく悔しそうに言われた。だから『どうすれば治る?』と聞いたら『知るかああああぁぁぁ。相手にそのまま言えばいいんじゃないの。好きにすればいいじゃないか!こっちは、忙しくて出会いなんて無いってのに!!なんだよもぉ、かえれよぉ。』と半泣きで怒鳴られた。」


何故か俺が話している間、彼女は遠い目をしていたが、話終われば彼女は頬を染め、逃げる様に一歩後ろへ下がってしまい、俺は彼女が逃げられないように、掴んでいる手に少しだけ力を入れる。


「でも・・・私は巫女で・・・私の身は神に捧げているから・・・」


俺の住処で暮らす者達は、一応俺に人生を捧げているらしく、異性との接触を極端に避ける事が美徳とされている。とは言っても、結婚は認められている為、表立って何かしなければ特に問題視される事も無い。


しかし、神に一生を捧げている言うのなら、仕方がない。


俺はゆっくりと姿を変える。

人々が長い年月をかけて作り出した、神と言う名の俺の姿へと。


輝く様なシルバーブロンドの髪に、金色の瞳、白く滑らかな肌に、適度に筋肉のついた肉体。

俺には、何が良いのか分からないが、人々には、この姿が美しく見えるらしい。

ポカンと口を開き固まっている彼女の前に俺は跪くと、掴んだままになっている彼女手をそっと引き寄せ、その甲へと唇をおとす。


「君の身が神に捧げられているのなら、君は俺のものと言う事だな。」


俺的には、悪戯が成功した様な気分だったのだが、今思えばコレが悪かった。


俺の姿を見た者達が一様に頭を下げ、身体を震わせていた。中には泣き出す者までいたが、それでも、俺には関係ないと思っていた。俺にとって重要なのは彼女の言葉だけなのだから。


「君・・・ララベルの気持ちを聞かせてほしい。」


名を呼べば、ララベルはビクッと身体を震わせ、困った様に俺の瞳を見つめる。

俺の住処で暮らす者達は、産まれた時に付けられた名を呼ばない。産まれた時の名には魂がこもっているとされ、俺の住処で暮らす者達はその名を神に捧げる。だから呼んで良いのは、神か魂の半分を預けるとされる伴侶だけとされている。


「神・・・様・・?」


「そうだな、ここの者達にはそう言われているが、私は私だ。君を愛した、ただの男だ。」


「あの・・・私は、ただの人で・・・」


ララベルの瞳から、ぽろぽろと水の粒がこぼれ出す。この感情を俺は知っている。悲しいという感情だ。

ララベルは悲しんでいる。何故だ?何故悲しむ必要がある?


「ただの人ではない。俺の愛する人だ。」


彼女から聞きたかった言葉だが、悲しむ彼女を見れば、言わずにはいられなかった。

愛している。だからどうか怯えないでほしい。逃げないでほしい。俺を見てほしい。


「私は人・・・貴方は、神様・・・何故、私にその姿を見せたの?神様だと知らなければ、一緒にいられたのに・・」


力強かったはずの声が徐々に小さくなり、ララベルの目から更に水の粒がこぼれ落ちてくる。

その姿に、胸の辺りがキュッと苦しくなるのに、同時に俺はそんな姿に歓喜していた。

ララベルは、俺が神でなければ良いと言っている。神でなければ一緒に居たいと言ってくれている。ならば、やる事は一つだろう。


「分かった。俺は神を辞める。」


「・・・・は?」


「この時より、俺は神を辞める。」


俺の言葉に、周りから雑音が聞こえる。少し煩いが、気にするほどではない。

それより、ララベルの涙が止まった様で良かった。今は、目を見開き・・・うむ、少し怒っている。


「ちょっと待って、何を言っているの。」


「そもそも、ここが大国を言われる様になった頃から、神などたいして必要でもなかったのだ。だから俺は神を辞め、ララベルの伴侶になる。」


俺がそう宣言すると、俺の住処で暮らしていた者達が叫び出した。何を言っているのか、聞く気は無いが、ララベルの様子を見れば、怒っているのでは無く、祝福してくれているらしい事は分かった。

そうして俺達は、俺の住処の中に、俺達用の部屋を用意させ暮らし始めた。

俺が神である事にララベルが戸惑っていたため、寝室を分けてはいたが、それ以外の時間の殆どは共に過ごし、徐々に互いの距離を縮めて・・・いや、この場合戻していったと言うべきだろう。




そうして、神を辞めると宣言して1年が経った頃・・・




その日は、ララベルが初めて俺に『愛してる。』と言ってくれた日だった。

俺が神だと知ってから、ララベルは何時も遠慮がちで、なかなか俺の気持ちに応えてくれず、1年かけてようやく口説き落とした気でいた。


だから上機嫌で、この国の王と呼ばれる者の呼び出しに応え、王の住処へと出向き、王の退屈な話しにも、その横でピィピィと鳴く、姫と呼ばれる者の話しにも耐えた。


それなのに・・・


「何故だ・・・」


「どうか、されたのか?」


王と呼ばれる者の、胡散臭い声が聞こえる。


「気分が優れないのでしたら、お部屋で休まれた方がよろしいですわ。」


ねっとりとした声を出しながら、俺に近づく姫と呼ばれる女の気配がする。

けれど、そんな事はどうでも良かった。


ララベルの気配が遠ざかって行く。

それは、肉体の距離の問題では無い。

魂が、遠ざかって行く。この世界から遠ざかって行く。

俺を置いて行かないで・・・


俺は、王の側に控えている男を見ると、その腰に下げられた剣を引き抜いた。


「なっ何をなさるつもりですか!!」


王の声が聞こえる。

何を? 何故そんな事を聞くのだろう?そんな事決まっている。

しかしその前に、一応聞いておこう。


「何故ララベルを殺した。」


「なっ、何の事でしょう。」


明らかに動揺した声と共に、男の感情が見えてくる。

王の娘が俺に恋をした。娘を溺愛する王は、ララベルを悪女として殺してしまえば、俺が娘を選ぶと、本気で思っていた様だ。

そして、それに俺の住処で暮らしていた者達も便乗した。俺の住処で暮らす者達は、俺が人になると宣言してから、俺の恩恵を受ける事が出来ず、権威を失いかけており、ララベルを悪女として殺してしまえば、俺が神に戻ると思っていた様だ。


彼女は、きっと気付いていた。自分が殺されるだろう事に。だから今朝『愛してる』と言ってくれたのだろう。

あの言葉に嘘偽りは無かった。ララベルの心からの言葉だった。だからこそ俺は上機嫌になったし、何の疑いもしなかった。

ならば俺がやる事は一つだけだ。ララベルが俺を『愛して』くれているのなら、やる事は一つだけ。


「そうか、分かった。」


そう言って俺は、自分の胸に剣先を向ける。

俺が消滅する方法は、二つだけ。

一つは、人々が俺の事を完全に忘れた時。

そして、もう一つは俺が自分でこの世界から去ると決めた時。


「なっ何をする気ですか!」


「何?見ていて分からないのか?」


「どうして??」


俺の行動が、予想外だったのだろう。慌てる王と姫に、最後だからと返事をしてやる。


「何故そんな事を聞く?ララベルが居なくなったこの世界に興味など無い。だから去るだけだ。」


ララベルと出会う前であれば、自分から消滅する事は無かっただろう。存在し続けたいという気持ちを持った事は無かったが、消滅したいという気持ちも無かったから。

しかし、ララベルと出会って変わった。ララベルが俺の存在理由だった。

存在理由が無くなった世界に何の意味があるのだろう?


「そんな・・・神である貴方を失って、私達はどうすれば良いのですか?」


「何故俺に聞く?お前達は今までだって好きにやって来ただろう?まあ、しかし目的が欲しいと言うのなら仕方がない。」


ララベルの居ない世界に興味はなかった。それよりも直ぐにララベルを追いたかった。

しかし、目的が欲しいのなら喜んでやろう。


「ならば、お前達が生き続けるために、狩り続けなければならない命をやろう。」


「それは、どういう意味でしょう?」


「この世界に魔物をやろう。狩らなければ、お前達を狩に来る魔物達を。」


「なっ、なんという事を。」


この世界に魔物は存在しなかった。物語の中だけに存在する彼らは、子供の躾の為に生み出された架空の存在。悪い事をすれば、魔物が来る。夜に出歩けば、魔物に連れ去られる。

そんな話を、この世界の者達は聞かされて育つ。


「お前達は、俺から大切な者を奪ったのだ。ならば、奪われる覚悟も出来ているのだろう?」


そう言い残し、俺は俺の胸元に剣を突き立てた。

俺の身体から魂が抜け、ララベルの後を追う。

一瞬だけ振り返れば、俺の身体だった物から、黒い新たな魂が無数に生まれ出ていた。




話の中に出てきた、彼女が子供達に聞かせていた物語の内容は、《異世界昔話》 お爺さんは山へ聖剣を抜きに、お婆さんは川へドラゴンを手懐けに行ったそうです。

と、いうタイトルで上げておりますので、気が向いたら一緒に読んでみて下さい。

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《異世界昔話》 お爺さんは山へ聖剣を抜きに、お婆さんは川へドラゴンを手懐けに行ったそうです 女性主人公が作中で、子供達に聞かせている昔話です。よかったらこちらもどうぞ!!
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