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悪役令嬢だって、うるうるできるんですよ!!!

作者: ゴムねこ

初投稿です。よろしくお願いします。

「お前との婚約は解消する!」


 栄えある卒業パーティーで王太子アベンディール殿下はその玉顔を盛大にしかめながら、そう宣言した。その大声にたくさんの卒業生に在校生、保護者や来賓で賑わっていたパーティー会場は静寂に包まれた。

 王太子殿下の隣には金髪に大きな緑の目をした令嬢が寄り添っている。その周りには王太子殿下の取り巻きである宰相閣下のご子息フランシス様、近衛騎士団長のご子息で護衛兼側近のラストゥール様が立ち並んでいる。


 あ、これ、恋愛シミュレーションゲーム『花園へようこそ~ドランジェスト王国物語~』の断罪シーンだ。突然前世でハマっていたゲームの記憶が頭の中に流れ込んできた。

 悪役令嬢は私、公爵令嬢システリーナ・フランブル。ヒロインは殿下の隣で大きな瞳を何故かうるうるしている男爵令嬢アルメリア・ハーバル。悪役令嬢はヒロインに嫌がらせを繰り返し、更には危害を加えようとした罪で国外追放となるはず。


 私、嫌がらせなんて全く身に覚えがないわ。

 王妃教育が忙しすぎて、そんな暇なかったっていうのに。


「お前はこのアルメリアに対し、暴言を吐く、教科書を破く、ドレスにワインをかけるなどの嫌がらせを行い、更には階段から突き落としたというではないか! 幸いにも命に関わることはなかったが、腕を負傷してしまった。優しいアルメリアはお前を庇い、今日までお前の犯行だということを隠していたのだ。私達が誰の犯行か教えてくれと懇願し、先程ようやくお前の名前を聞き出したのだ!」


「わたくしは一切そのようなことはしておりません。全く身に覚えの無いことでございます。何か証拠があるのですか?」


「被害者であるアルメリアがお前の犯行だと言っているのだぞ!」


「私……私いつかシステリーナ様は嫌がらせを止めてくれると信じていました。だって未来の王妃様になられる方ですもの。ご自身がどんなにひどいことをなさっているか、ご自身で気付いてくださると思っていました。けれど……どんどんエスカレートしていって……(うるうる)」


「アルメリアかわいそうに」


「今まで嫌がらせに耐えて頑張ってきたんだよね」


「アルメリアはこんなに優しいのに、あの女は……」


「お前のような女はこの国の王妃にはふさわしくない! よって婚約は破棄することとする!」


 王太子殿下の宣言に、誰しもが驚嘆した。

 私の目の前にいる王太子殿下とフランシス様とラストゥール様だけが怒りの表情でこちらを睨んでいる。

 ちらりと目を向ければ、保護者として卒業パーティーに出席していた国王陛下は絶句していて、殿下を止めようとする動きがない。隣にいる宰相閣下や近衛騎士団長も茫然自失となっている。


 フウッとため息をつく。

 これはあんまりではないか。10歳で2つ年上の王太子殿下の婚約者となってから6年間、王妃教育に一所懸命に取り組んできた。中には王妃にこんなスキルが必要なの?って疑問に思うものまであったけれど、これも王太子殿下のため、国民のためと頑張ってきたのに。


 殿下に寄り添っている令嬢を見る。

 何かにつけて目をうるうるさせながら男を侍らせていると報告は受けていたけれど、成績が優秀な訳でもなく、立ち居振舞いは野暮ったく、社交も自己中心的な言動で敬遠されていると聞いていたことから、まさか殿下が彼女に現を抜かすとは思わずに放置してしまった。

 ここがゲームの世界だなんて考えもしなかったわ。攻略対象者はみんな攻略されてしまったようね。このままでは国外追放でお先真っ暗。やるしかないわ……。

 クワッと目に力を込める。


「そんな……婚約破棄だなんて……」

 うるうるうるうるうる


 盛大に瞳を潤ませて殿下を見つめる。


「うっ……」


 殿下は目を見開いたあと、絶句している。頬が少し赤い。

 取り巻き2人も信じられないものを見たと驚愕し、ヒロインは唖然としている。


 それもそのはず。未来の王妃たるもの、他者に心情を覚らせてはいけないと、無表情もしくは微笑みしか表情筋が動かなかった私が、今にも泣きそうな顔をしているのだ。いや、もう泣いているといっても過言ではない潤み具合である。


 以前は王太子の婚約者としての矜持が人前で泣くことを許さなかったが、普通に泣いたり笑ったりしていた前世を思い出した今ではそれほど抵抗はない。それなりにあざとくもあった前世の私は涙を有効に使っていたぐらいだ。今世の私の表情筋は死んでいただけに、会場内も私の変わり身にざわつき始めた。


「王太子殿下……わたくしは嫌がらせなどしておりません。ましてや、階段から突き落とすなど、そんな恐ろしいことできませんわ。信じてください……」

 うるうるうるうるうるうるうる


 私の容姿は銀髪に紫の瞳で、自分で言うのもなんだけれど超絶美少女。かわいいよりも綺麗系で、表情次第ですこぶる儚げな印象を他者に与えるはず。ヒロインはかわいい系で美少女ではあるけれど、負けはしないだろう。しかも彼女は今、目を見開いてムンクの叫びみたいになっているし。「悪役令嬢がうるうるしてるなんて……ゲームと違いすぎる……」とブツブツ呟いてるところをみると、彼女も転生者なのね。


「し、しかし、アルメリアがお前の……システリーナの犯行だと……」


 殿下は困惑したようにモゴモゴと言う。


「そ、そうだ! アルメリアが嘘なんて付くはずかない。痛々しい包帯姿で泣いていたんだぞ!」


「ラストゥール様……階段の事故があったのはいつ頃なのですか?」


「3日前の放課後だ! 左腕に包帯をして、目を潤ませているから何事かと思って聞いたら、階段から落ちて怪我をしたと言うではないか。なにか様子がおかしく思えたのでしつこく聞き出したら、誰かに押されたと渋々教えてくれたのだ。何度聞いても犯人の名前を言ってくれなかったが、先程ようやく告白してくれた。そんなアルメリアが嘘をついているわけがないではないか!」


 は~いはい、あざと女子の典型的手法ですね。匂わせってやつだ。明らかに誰かを庇ってると匂わせて問い詰めさせ、言いたくなかったけど言わされたことにしたいんだよね。自分は優しいよアピールと信憑性を与えるために。

 ゲーム通りに動かない私に業を煮やしたのかもしれないけれど、冤罪をつくるなんて最低だわ。私も前世はあざといことたくさんしたけれど、誰かに罪を被せたり、誰かに断罪させたりなんてしなかった。と、いうか、冤罪被せて断罪するのは犯罪でしょうに。


 私は国王陛下に視線を移す。陛下は私の意図を察して頷いてくださった。話しても良いと許可をいただきましたわ。

 それにしても陛下、今すぐにこの茶番劇を止めさせる気は無いのですね。王太子の婚約者である私がここまで糾弾されているのだもの。私自身がこの場で身の潔白を証明しないといけないということでしょうね。


「3日前ですか……? 3日前わたくしは国外におりました」


「なに!?」


「「ええっ!」」


「国外!? あなた学園に来ていなかったの?」


「そうですわ、アルメリア様。わたくしは隣国ブルングルド王国の第一王女リリティリア様の誕生パーティーに出席するため、ここ数日はこのドランジェスト王国を留守にしておりました」


「そんな……嘘よ……」


 またまたムンクの叫びですか。

 詰めが甘いわよ。


「3日前はブルングルド王宮で、リリティリア様とお茶会をしておりましたわ」


「そ、それを証明する者はいるのか?」


 殿下……もしや嘘だと思っているのですか? さすがにこんな嘘は誰もつきませんよ。


「国王陛下もご存知でいらっしゃいます」


「父上が……」


 国王陛下へ目を向けると、眉間にしわを寄せ苦々しい顔をされた陛下が頷く。


「そうだ。システリーナには5日前にブルングルド王国へ行ってもらい、帰って来たのは昨日だ。我が王家は王妃は亡くなっているし、王女はいない。女性同士の外交が弱いのが我が国の悩みどころだったのだが、成人した1年前からシステリーナは次期王妃として積極的に外交に取り組んでくれている。今や様々な国からシステリーナ宛に招待状が届いているのだ。」


「1年前から外交をしていたのか……」


「はい。まだまだ拙い身ではありますが、精一杯務めさせていただいております。それで学園も度々お休みをいただいておりました。2学年上の王太子殿下はあまりご存知なかったかもしれませんわね」


 殿下は以前他国の社交界で失態を犯してしまったことで、国内はともかく外国での夜会やパーティーには出席していない。殿下を刺激しない為、私が外交していることは秘密にされていたから知らなくても不思議はない。

 卒業後は地獄の王太子教育が待っていると聞いていますわよ、殿下。ご愁傷さまです。


「それに15歳の成人を迎えてからは、外交に加えて宰相閣下や近衛騎士団長閣下との授業も追加されましたので、更に学園に来る時間が少なくなってしまいましたわ。学園のカリキュラムをこなすのが精一杯で嫌がらせをする時間などありませんでした。信じてください」

 うるうるうるうるうるうるうるうるうる


 うるうるも疲れてきたなぁ。

 でもこれのおかげか、殿下の取り巻きであるフランシス様、ラストゥール様は、最初にこちらを睨み付けていた形相から一変して、優しさすら感じるほど表情を緩めてこちらをみているわ。……涙目の威力はすごいわね。


 アルメリア様はもう儚げなご令嬢の皮を被る気がないのか、こちらをギッと睨み付けている。

 殿下は考えるところがあるのか、押し黙ってしまった。

 

 「システリーナ様、父上から授業を受けているのですか? どのような?」


 あら、宰相閣下のご子息フランシス様でも知らなかったのね、私が帝王学を宰相閣下から学んでいたことを。

 王妃に帝王学が必要なの? とも思うけれど、学べと言われたものは仕方ないものね。まあ、当たり障りのない範囲でお答えしましょう。


「そうですわね。たとえば政策100案づくりとその施行における課題を考察していく授業ですわ」


「!? あの地獄の政策100案づくりをされているのですか? システリーナ様が?」


「フランシス様もご存知でしたか。ええ、ようやく65案まで終わりましたわ。ときには5時間耐久会議と称して政策案の可能性をとことん議論したこともございました。とても充実した時間でしたわ。

 ——そうですわよね、宰相閣下」


 陛下の隣でこちらの話を聞いていた宰相閣下に話しかける。


「ええ。あのときは刑罰の軽い囚人の更生に向けての議論でしたな。一度犯罪に手を染めたものはなかなか更生できず再犯を繰り返していたのが問題になっていたのですが、その打開策として収監所での職業訓練や放免後の職業斡旋など様々な提案をしていただいて、本当に有意義な会議でした。それを実施したところ、再犯率が下がっているという報告が挙がってきています」


「まあ、さすが宰相閣下、すでに施行されていたのですね。少しでもお役に立てたのであれば、これほどうれしいことはありませんわ」


「あの再犯防止の為の政策案を出したのはシステリーナ様だったのですか。素晴らしい案だと感心しておりました。では、学校の義務教育制度や学校での給食供給案、保険制度などもシステリーナ様が提案されたのですか?」


「はい、そうなのですが、課題や問題が多く実現するには難しいものばかりですわ」


 前世を思い出したのは今日だったけど、無意識に前世にあった制度を提案しちゃってたのね。今世のこの社会情勢では実現が難しいものが多いのが残念だわ。


「そうだったのですか……システリーナ様が……」


そうしてフランシス様は押し黙ってしまった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 思えば私が悪役令嬢として、ヒロインに嫌がらせをしなかったのは無意識でも前世で21歳まで生きた感性を持っていたからなのだろう。

 10歳で王太子殿下の婚約者になったときは、将来の国のビジョンとして、子供たちみんなが教育を受けられ、誰しもが職業を選択することができ、理不尽に虐げられることが無い世界を思い浮かべた。

 そのビジョンを現実のものにするために今まで必死に努力してきたし、いろいろな知識を詰め込んできた。

 その中で王太子殿下との交流を最優先にしてこなかったのは私の落ち度だ。前世を思い出した今となって思うのは、21歳の感性を持っていた私が、婚約したとき12歳だった殿下に好意を持つのは難しかったのだろうということだった。最初に恋愛対象外だと思ってしまった私は僅かばかりの好意しか殿下に抱けなかったのだ。

 でも今になって私は思い出してしまった。恋愛シミュレーションゲーム『花園へようこそ~ドランジェスト王国物語~』での私の一番にして唯一の推しは王太子殿下アベンディール様だったことを。

 ちらりと殿下を見る。美しい金髪と王族特有の宇宙から見た地球のように光輝く青い瞳。通った鼻筋と形の良い唇は素晴らしい配置で収まっている。なんで今まで殿下に恋愛感情を持たなかったのかしらって思うほど、カッコいいわ。あぁ本気でうるうるしてしまう。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ねえ、みんな! どうしたのよ! 早くあの女を国外追放にしちゃってよ!」


「う、うむ……しかし……この状況では……」


「アベンディール様、フランシス様、黙りこくってないで何とか言ってよ!」 


「……………」


「……………」


「もう! 私があの女に嫌がらせを受けていたことは事実なんだから! 私はとっても辛い思いをしたのよ! 悪役令嬢は国外追放って決まっているんだから!」


「ひどい……わたくしはそんなこと、しておりませんわ……」

 うるうるうるうるうるうるうるうるうるうるうる



「国外追放って……アルメリア様は何を言っているのかしら」


「悪役令嬢って何? システリーナ様かわいそう……」


「一方的に責めるなんてひどいわ」


「アルメリア様のあの恐い形相見ろよ。あんな人だったんだね」


「階段のことも、その日いなかったシステリーナ様を犯人にしようとしていたんだろう? 本当は嫌がらせも捏造だったんじゃないかな」


「あの方、言葉づかいを少し注意されただけで意地悪されたって泣きだす方ですのよ。マナーも常識も通用しないのですわ」


 今まで固唾を飲んで様子を伺っていた会場内の人々が、口々にアルメリア様を非難しはじめた。国外追放だと叫ぶ姿は異様であり、その内容は異常だった。自分が辛い思いをしたから国外追放などというおかしな主張を、どうして許容できるというのか。


「しかし、システリーナ様は外交、政策とご活躍されていたのですね」


「それなのにテストでは毎度1位でいらっしゃったわ」


「学園ではあまりお姿を拝見しなかったので、不思議に思っておりましたが、お忙しくされていたのですね」


「本当に未来の王妃にふさわしい方ですわ」


「以前はあまりに冷静で凛とされていらしたので近寄りがたい印象でしたけれど、あのように瞳を潤ませていらっしゃるお姿を拝見すると、とてもお可愛らしくて守ってさしあげたくなりますわね」



 あららら、周囲のみなさまは私を好意的に見てくださっているみたいね。涙目なんて王妃にふさわしくないって言われるかとビクビクしていたのに。


「なによ! 私はヒロインなのよ! みんなに愛されて、いずれ王妃になるんだから! それなのになんなのよ! なんであんたが評価されるのよ!」


 うわ~っ、掴みかからんばかりに近づいて来た。激昂しすぎだわ。そんなことしたら益々周囲の評判が悪くなるのにね。 


 目の前に来たアルメリア様は手を大きく振り上げた。


「ええっ!?」


「何をするつもりなの?」


「システリーナ様逃げて!」


「アルメリア止めろ!」


 大人しく叩かれる気はないわよ。


「うりゃー!!!」


 ズダーーーンッ!!!


 ふふふっ! 一本背負い決まったわね。


「「「「「ええええぇっ!!!!」」」」」


 床に叩きつけたけれど、ドレスのスカートにボリュームがあるから、そんなに痛くはないはず。

 アルメリア様は「なんで一本背負い……」と呆然としている。


「アルメリア! 大丈夫か?」


 困惑した表情をしながらも、ラストゥール様は床に転がり呆然としているアルメリア様を抱き起した。

 王太子殿下やフランシス様は一歩踏み出そうとしたが、ラストゥール様が助けに行ったのを見てその場に留まったようだ。


 誰しもが唖然とする中、パチパチパチと拍手が聞こえた。


「さすがですな、システリーナ様。やはり体術は素晴らしいです。近衛騎士たちと毎日早朝訓練をしている甲斐がありますな」


「近衛騎士団長閣下ありがとうございます」


「近衛騎士たちと早朝訓練? 父上どういうことです?」


「お前は早朝訓練に参加したことが無いから知らないだろうが、王妃教育の一環として剣術体術があるのだ。未来の国王陛下に一番近い距離にいることになるからな。パーティー会場など、どうしても近衛がお側にいられない場合に備えているのだが、まあ、剣術体術と言っても普通は嗜む程度で終わらせることがほとんどなのだ。しかしシステリーナ様は体術の才能がお有りで、時間の許す限り早朝訓練に参加しておられる」


「体を動かすと心も体も頭もスッキリしますのよ。近衛騎士の方々とご一緒に訓練をするのは、とても有意義ですわ」


 前世では小さいころ兄と一緒に柔道教室に通っていたからか、今世では体術が得意なのよね。体捌きが見たことないものだと近衛騎士様たちから言われていたけれど、柔道技だったのね。今世に無いはずだわ。


「お前も早朝訓練に参加してみてはどうだ。学生ということもあり、早朝の訓練はそこまで強制はしてこなかったが、女に現を抜かす暇があるのなら、いかようにも時間をつくることはできるだろう」


「父上、現を抜かすなどそのようなことは……」


「ではその令嬢の証言を鵜呑みにし、事実確認を怠っていた件はどう弁明するのだ。王太子殿下の側近であるお前が過ちが無いように動くべきだったのだ」


「うっ……」


「それを言うなら当家の愚息も同じですな。宰相の子息であるものが、証拠もなく糾弾するなどもっての外。鍛え直しが必要です」


「父上、その通りです。宰相家に生まれながら、私は愚かにも一方の意見だけを聞いて信じてしまいました。国政を補佐する宰相家の者ならば、冷静に双方の意見を精査して穏便に解決しなければいけなかったのに、恋に目を曇らせて一方的に糾弾してしまいました。システリーナ様、申し訳ありませんでした」


「フランシス様!? そんな女に頭を下げるなんて!」


「アルメリア、私は君のことばを信じた。私たちと親しくしていることで、令嬢たちからはいじめられ、システリーナ様には目の敵にされて嫌がらせを受けていると。だけど君はさっき国外追放しろと叫び、暴力を振るおうとしていて、いつもの君の儚げな様子からは想像もできない姿だった。第一君は嫌がらせの理由をシステリーナ様の嫉妬だと言っていたけれど、外交も行い政策にも関与して王を守るための訓練まで受けている彼女が婚約者から外されることはまず無いんだ。逆に嫌がらせなどして品位を落とすことこそ得策ではない。彼女はその計算ができないはずがない。あんな素晴らしい政策を考えることができるんだから。君が嫌がらせを受けたと言っていた日時や場所は書き留めてあるんだ。後日それを精査して双方の意見のどちらが正しかったのか判断するよ」


「えっ……日時を……?」


「日時や場所がわかれば当時の様子が調べられるからね」


「そ、そんな……私を疑っているの……?(うるうる)」


「ごめん、アルメリア。私はもう愚かな真似はしたくないんだ」


「……………」


「システリーナ様、俺も謝りたい。すまなかった」


 隣でガバッと頭を下げたラストゥール様にアルメリア様は瞠目した。


「ラストゥール様も……なんで……」


「早朝訓練にどこかのご令嬢が参加しているのは聞いていたんだ。騎士たちが言うには強くて優しいご令嬢だと。いつも無表情だが、勝ったときに一瞬浮かべる笑顔がとても可愛くて、元気をもらえると言っていた。道具の手入れや片付けも騎士たちと同様に行うし特別扱いを嫌がると。そんなご令嬢が、君が話していたシステリーナ様と全く結びつかないんだ。君が話していたシステリーナ様は学園をサボりがちで、出てきたときは、他のご令嬢たちと君をいじめることを楽しんでいる悪辣な人だったはずだ。今はとても信じられない。だから、俺もフランシスとともに何が真実かを調べようと思う。謝ったのは一方的に非難したことについてだ」


「フランシス様、ラストゥール様、その謝罪お受け致しますわ」


 私は満面の笑みを浮かべて礼をとる。


 周囲からはその笑顔の美しさに感嘆の声が上がった。


「システリーナ」


 今まで黙りこくっていた王太子殿下がこちらに近づいてくる。その姿の素晴らしさに否が応でも顔が熱くなる。


「アベンディール様!」


「アルメリア、今はシステリーナと話がしたい」


「……っ!」


 王太子殿下が助けに来たと思ったのだろう。うるうるとすがるように見つめたアルメリア様だったが、そのそっけない対応に息を飲んだ。


「システリーナ。お前はまだこの婚約を続ける気はあるのか?」


「もちろんですわ。王太子殿下」


 私は微笑みながらハッキリと答えた。なるだけ美しく見えるように。なるべく魅力的に見えるように。


 目の前の王太子殿下は虚をつかれたように一瞬呆然としたけれど、覚悟を決めたように口をきゅっと結んだあと、徐に口を開いた。


「12歳で婚約したとき、お前は10歳だった。10歳のお前はとても大人びていて、何もかもが完璧だった。お前は私のことを弟のように感じていたのだろうか、私の方が2つ年上のはずなのに、お前はいつも姉のように振る舞っていた。私はそれが堪らなく嫌で、どうにかお前に認めさせようと必死で頑張ってきた。しかし、結果は惨憺たるもので、意気揚々と出かけた外国の社交の場で私は失態をおかしてしまった」


 少し俯き息を吐き出して、顔を上げた。


「私はそこで諦めた。お前に認めさせることも、精一杯努力することも。お前が王妃教育に熱心に取り組んでいることを知っていた。国の為に、国民の為に少しでも知識を得ようと市井に赴き、そこに住む人々の話を聞いていたのを知っていた。それなのに私はお前から目を背け、安穏と学園生活を送ることを良しとした」


 殿下は何かに堪えるように拳を握った。


「アルメリアからお前に嫌がらせをされていると聞いたときは、なぜか安堵している自分がいた。私だけが愚かではない、私だけが醜いわけではないと。お前の悪辣な行為を耳にする度に、私は安心していたんだ。お前は学校をサボり、いじめを繰り返している。王太子としての責務から逃げ出した私よりも、余程ひどいではないかと。お前が宰相に国政について学んでいることを知っていた。近衛隊の訓練に参加していることを知っていた。それでも私はアルメリアから聞くお前の姿が本当のお前だと信じたかった。劣等感から解放されて楽になりたかった。だからこんな卒業パーティーでお前を断罪し、婚約破棄を叫んだ。」


 殿下は一旦ことばを切り、私としっかり目を合わせた。


「けれど、お前が私の代わりに外交を担っていると聞いて、その為に学園を度々休んでいると知って、もうアルメリアの虚言を信じることはできないと思った。もう自分を騙すことも。ブルングルド王国のリリティリア第一王女の誕生パーティーは当初王太子である私に招待状が届いていた。欠席を謝罪する手紙を書いたのは私だから、よく覚えている。その名代としてまさかお前が選ばれるとは思わなかった。お前に私の責務を押し付けていたなんて思わなかったんだ。私は……本当に愚かだ」


「王太子殿下……」


 私は目の前の、悔恨にさいなまれている殿下を見る。


 ゲームの中のこの人は完璧な王子様だった。悪辣な悪役令嬢を憂い、清廉潔白なヒロインを愛し、国や国民を思い、責務に励んでいた。外交に失敗した過去も無く、こんな悔恨の念に堪えることも無かった。悪役令嬢とヒロインが転生者だったことで、この人を歪ませてしまった。


 この人を傷つけたのは……私だ。


「王太子殿下……アベンディール様、わたくしは貴方をお慕い申し上げております」


 自然と涙が盛り上がり、頬に流れていった。


「愚かなのはわたくしの方です。何よりも大切にしなければいけない貴方を大切にできなかった。不安や焦りを与えてしまった。どれだけ王妃教育を頑張ろうとも到底許されることではありません」


 アベンディール様は12歳でそうとは知らずに、21歳の知識チートを持った女と対峙しないといけなかった。2歳年下だと思っている者が実際はその年齢よりも10歳以上も上なのだ。それは焦るだろう。そしてその焦りが外交の失敗に繋がった。

 16歳だったアベンディール様には本来ならば外交の際はお目付け役のベテラン外交官が付くはずだったのだが、自分一人で十分だとそれを断ってしまった。それは早く一人前と認められたい、私に認められたいという思いがあったのだろう。

 そうして一人で他国の国王の誕生パーティーに出席したアベンディール様は側妃の名前を間違えて呼んでしまう失態を犯してしまった。タイミングが悪く側妃の交代が直前にあったこと、側妃の名前が前側妃とかなり似通っていたこと、母国語ではなかった為、読み方の違いに気づけなかったことが原因だった。

 怒ってその場を退出してしまった側妃にアベンディール様はどんなにショックを受けただろう。本来ならば少しの名前の違いなど受け流してしまうものなのだが、その側妃は今でも素行が悪くマナーも教養も無いとこの国まで聞こえてくるような人なのだ。不運だったとしか言いようがない。

 それからのアベンディール様は国王陛下や外務大臣がどんなに窘めても宥めてもすべてを投げやりにしてしまうようになった。


 本当に本当にごめんなさい。


「わたくしは貴方にとって何の支えにもなれなかった。それでは婚約を破棄されるのは当然ですわ」


 後悔してもし足りない。私はアベンディール様自身を見ていなかった。もっともっと寄り添って焦りや不安に気付いてあげなければならなかった。いや、しっかりと見ていれば焦りや不安など感じさせもしなかったのに。


「お前はこんな私を許すのか? 多くの人の前でお前を断罪しようとしたのだぞ」


「許しが必要なのはわたくしの方ですわ。もしアベンディール様がわたくしを許してくださるのであれば、もう一度チャンスをください。婚約者として貴方の側にいる権利をいただけないでしょうか」


「——お前が望むのであれば……」


「——はいっ!」


 私は今どんな顔をしているのだろう。後から後から涙が溢れてくる。きっと瞼は腫れぼったく鼻は真っ赤になっているだろう。けれどきっと、満面の笑みを浮かべている。

 私の顔を見てアベンディール様は笑った。涙を堪えているような笑みだった。


 その後、国王陛下によってアベンディール様、フランシス様、ラストゥール様、アルメリア様は騒ぎを起こしたとして一週間の謹慎を言い渡された。その後の調査で虚言が証明されたアルメリア様は退学となり、今は領地に引きこもっているという。


 私とアベンディール様は良い関係をつくろうと努力しているところだ。私は王妃教育を減らし、何よりアベンディール様を優先することを決めた。アベンディール様は卒業後に予定されていた地獄の王太子教育を青い顔をしながらも真摯に取り組んでいる。



うるうるうるうるうるうるうるうるうるうるうる


 ある日、アベンディール様に教えてもらったことに、私は目を潤ませた。

 12歳のとき婚約を結ぶために用意されたお茶会で、私に一目惚れしたのですって。




悪役令嬢だって、うるうるしちゃうんですよ!!!




ありがとうございました。


誤字報告ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 赤面を表すのにスラッシュ3文字は使わない方がいいでしょう。 文章で表現できないくらい文章力がないと言ってるようなものです。
[良い点] 悪役令嬢~婚約破棄ものですが、別の切り口からのお話で面白かったです。
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