第23話
龍宮がいなくなって半年・・・あまねにとって紫藤は心のよりどころのような存在になっていた。
龍宮のことはあまねが落ち込み、身体をこわしかけてから誰も話にも出さなくなって、話題にすることはタブーになっていた。
ある日ふとみなもはため息混じりに龍宮の話をもらしてしまった。
「た・・・つみやせんせい・・?それ誰なの?みなも姉さん・・・」
すっかりあまねの記憶からなくなっていた。
みなもはふともらしてしまった自分の一言を後悔した。だがそれ以上にあまねが龍宮のことを忘れてしまったことに驚く。
あまねは龍宮のことをみなもに根掘り葉掘り聞いた。
半年前のことを忘れてしまうなんて自分でもどうかしてると思ったのだ。
それにその名前を聞くと心のそこに何か形のないものが湧き上がってくるのだ。
”なぜ・・・記憶がないの・・?舞いもうたいも習っていた人なのに・・・本当にそれだけだった・・・?”
不安になる心を紫藤に話す。
紫藤はあまねを胸に引き寄せ、頭をなでる。
「気にしないで・・・わたしがそばにいますから・・・」
紫藤に頭をなでてもらうといつも心が落ち着き楽になった。
けれど今回はなんだか違う気がして紫藤から離れる。
「ありがとう・・・紫藤さん・・・もう大丈夫」
にっこりと笑顔を浮かべる。
「無理はしないでくださいね」
心配そうな顔で覗き込む紫藤。
紫藤と別れた後、まっすぐ神社に戻る気も起きなくて神社の御神体の山を登っていく。
”小さな頃はこうやって龍神様に会いに行ったっけ・・・”
登りながら小さなころのことを思い出す。
舞やうたいの練習をしたことや、猫にかまれて熱をだし、みんなに心配をかけたことなど・・・
山の上にのぼると湖が見えてきた。
湖全体を見渡せる原っぱに立つ。湖は色あせ、木々は生気を失い、新緑の季節になっているというのに新しい芽吹きを感じられない。
「どうして・・・?」
昔見た湖とはまったく違って光を感じられない。
自然と涙が流れてくる。
「あれ・・・?何で涙が・・・」
後から後からあふれてくる涙。
湖での記憶ががフラッシュバックしてくる。
誰かがいた・・・独りではなく、誰かにうたいや踊りを見せていた・・・
≪・・・何やってんだ・・・ばかちび・・・≫
突然脳内に声が響く。
はっと辺りを見回すが誰もいない・・・
≪見せてもらうぞ、何が一人前の巫女と言うのかを・・≫
一人の男の姿が思い出される。
「龍宮・・・先生・・・」
あまねはすべてを思い出した。
なぜこんなに大切な人を忘れてしまったのかわからなかったが、思い出すと同時に押しつぶされそうなほどの絶望も感じる。
龍宮には二度と会うことはないかもしれないのだ。
でももう龍宮のことを忘れることはない。この思いを胸に抱えながら龍宮がいつ帰ってきてもいいように、一人前の巫女と認めてもらえるようがんばっていくだけだ。
何かを吹っ切ったように袖で涙をぬぐうとにっこりと笑顔になる。
「大丈夫!私巫女修行しながら待つんだから!」
両手を拳にぎゅっと握り大きく伸びをしながら叫ぶ。
「思い出しちゃったんですね・・・」
ため息をつきながら紫藤が現れる。
「紫藤さん・・・」
「私・・・龍宮先生を待ちます。なぜこんな大切な人を忘れていたのか・・・でも思い出してしまった。今まで紫藤さんには優しくしてもらって・・・ありがとう・・・でも・・・もう会えない・・・会えば私きっと甘えてしまう。それじゃ大口たたいて一人前の巫女になるといった約束を果たせなくなると思うの・・・それにこんな気持ちのままお会いするのは紫藤さんに失礼ですもの。ごめんなさい紫藤さん・・・」
「私は・・・あなたをそばに置きたい・・・あなたのこと本気ですから・・・そのために今まで待ちました」
びっくりした表情で紫藤の目を見つめるあまね。
紫藤もあまねの瞳を見つめる。
「・・・しかしやはり私はあまり待つことを得意としないので、その方のことはもう一度忘れてもらいましょうか・・・あまねさん・・・あなたはもう私のもの・・・私とは契約を交わしてるんですから」
そういうとあまねに近づきあごをくっと持ち上げキスを交わす。
あまねは抵抗できない。
ずっと前に交わしたキスは契約の証。意のままに操れるよう幻術をかけているのだ。
「あなたの力は本当にすばらしい。大地に愛され、その力を歌と舞で意のままに操ることができる・・・あなたは私のパートナーとしてこれからはそばにいてもらいますよ」
「・・・どうして・・・こんなこと・・・」
「おや・・・幻術が完全に効いてないのですか?心配することはない・・・これから私があなたを大切に・・・愛して差し上げましょう・・・」
あまねを自分のそばに引き寄せ抱きかかえる紫藤。
「い・・・や・・・」
「あなたに選択権はありませんよ・・・・さて・・・あなたの意識には眠ってもらいましょうか・・・」
紫藤がそういうと意識がだんだんと薄れていく。
薄れていく意識の中で龍宮の名前を何度か呼ぶ。
≪龍宮先生!龍宮センセ・・・・・・・・・ひ・・じ・・り・・・・≫
最後に龍神の真名を意識の中でつぶやく・・・
完全に意識をなくすあまね。
目を瞑り再び開けたときには感情のない無表情なあまねがそこにいた。
「あまね・・・今日からは私の元で私だけを見て私のために舞い、私のためにうたいなさい」
そう紫藤があまねに向かって言うと
「はい」
と感情のない声で返事をする。




