第17話
湖の上流、生い茂る森を抜けると、滝の流れる崖の上。
あまねは崖の突き出た岩の上に立っている。
意識は完全にのっとられている。
『こんなに探してもあの人はいない。私のことをもう忘れてしまったのだわ。あの人のいないこの場所に未練はないわ』
そういうとあまねは目を瞑り、手を広げ、岩の上から滝つぼへと飛ぶ。
ゴオー
風が吹き、天から白く光るものが降りてくる。その光るものはあまねを救い上げ、滝の下の岩の上へと降りる。
それは白銀の龍だった。龍は龍宮へと変化しあまねを抱えている。
「おい!おい!!」
あまねをゆすぶり起こす。すごく真剣な表情。
「あ・・・龍宮センセ・・・もう帰ったんだ・・・」
あまねはゆっくりと目を開け、龍宮を確認するとほっとした表情で少し微笑む。
「ばかやろう!」
そういってあまねのほほをぶつ。
びっくりするあまね。いきなりなことで、ぶたれた意味がわからない。
「お前は死にたいのか!!私が気がついてここに来なかったらどうなっていたと思う!自分の状況を自分で感じてみろ!」
息を切らしながらどなる龍宮。あまねを支えている手がかすかに震えている。
「え・・・?」
自分の内側に焦点を当てると自分ではない女の人がいる。支配されていた間の心の暗闇を感じる。
女の人が残した想い。それがこの地に留まりさまよう理由。
最後はこの滝から飛び降りて死んだのだ。
「あ・・・あたし・・・もしかして・・・のっとられてた?」
龍宮の後ろには切り立った崖。今いるのは滝つぼのそばにある岩の上なのだ。
「お前は1日も一人にしておけないのか?このバカちび!」
いつも以上に真剣に怒っている龍宮。こんなに真剣に怒った龍宮は見たことがない。
しかしあまねには、支配されていた間の行動はどうしようもなく、行き場のない感情に、あまねは何かが外れてしまったように叫んでいた。
「何よ!!私はばかでちびだよ!かわいげがなくって疎ましい余計物だから父さんや母さんにも捨てられたんだから!
センセは・・・センセだけは違うんだと思ってた。いつもの悪態だって・・・龍神様なりの私への愛情表現だと思ってた」
「あんな・・・優しい顔ができるんだ・・・愛してる人がいて・・・その人の前ではあんな顔をして・・・私の前では1度だってあんな優しい顔したことない。そうだよね・・・余計物の私じゃ・・・愛されるわけがないもの・・・」
ぽとぽと涙が落ちてくる。
そしてあまねは湖での龍宮の表情に引き出された、今までの愛されない自分を重ね、小さな頃からの思いや、龍宮への思いが重なり、余計なことまで口走ってしまう。
「ちびすけ・・・おまえ・・・」
「私はあまねだよ!あまねって名前がちゃんとある!ちびすけじゃない!
もうあの頃の小さなちびすけじゃないんだよ」
そう叫ぶと涙を袖で拭く。
涙をぬぐった腕を下ろすと、意を決したように、まっすぐ龍宮の目を見つめる。
あまねのその顔には、今までのあふれる感情は感じられない、冷たい表情だ。
「この人は・・・あたしが自己管理できてなかったから呼び寄せてしまったもの・・・
自分で何とかします」
「助けていただいてありがとうございました。龍宮先生」
他人行儀な挨拶をすると、きびすを返し、ふもとへとかけて降りる。