第14話
湖の見えるところまで来たとき、湖の前に龍宮の姿があった。
昼間はどこか出かけると聞いていたので姿を見たとき、なんだか嬉しくなって声をかけようとしたが、いつにない真剣な表情をしていて声をかけるタイミングを失った。
龍宮の足元には白い花が咲いている。一輪摘み取るとそっと口元へ持ってゆく。
湖を見つめると湖面が輝き、水鏡になる。そこに誰か人影が映る。
その姿は立体的になり湖面へ浮かび上がる。キラキラと光る姿がだんだんと顕になってゆく。
現れたのは女の人。かなり昔の人ようで、かすりの着物を着ている。龍宮を優しい微笑で見つめている。
それをとてもいとおしむような目で見つめる龍宮。
ゆっくりと湖に近づき、その映像にそっと手をふれようと、白い花を持ったまま手を差し出す。
だが、これはただの映像で、ふれた部分が揺らぎ、白い花が湖面へ落ちて浮かぶ。龍宮は白い花を失った手を握りしめ、まるで泣いている様な表情を浮かべる。
あまねはショックだった。
いつもあまねの前では口の悪い龍宮で、あんな表情を一度も見せたことはない。
龍神なので、愛とか恋とか寂しさとか悲しさとか人間らしい感情などないと思っていたのだ。
何があったのかはわからないが、あの女の人が龍宮の想い人だということだけはわかる。
そっと湖を離れると、あまねはふもとへと降りていた。
どこをどうやって降りたのか覚えていない。
ただ胸が締め付けられる変な感覚だけがそこにあった。
夕方からはお稽古が始まる。
稽古場に行くと龍宮が普段どうりの表情でそこにいた。
あまねは龍宮を見て、昼間の龍宮の表情を思い出していた。
あまねは稽古に気が行かず、ボーっとして手が止まっては龍宮に扇子でびしびしはじかれていた。
「今日はここまで・・・あまねさん、今日は何があったのかわかりませんが私事と稽古とは、きっちり分けるように」
そう釘をさすが聞いている様子はない。
みなもとみさとは身の回りの物を片付け、さっさと部屋を出て行った。
二人だけになり、ふっと表情を和らげる龍宮。
「何があった?ちびすけ・・・今日はおかしいぞ・・・」
「なにも・・・」
そういいながら龍宮の顔を見上げる。
龍宮の顔を見ていると昼間の龍宮の表情を思い出す。
「なにもないです!」
目をそらしながら、少し怒ったような言い方で、身の回りのものをさっさと片付けるとすっと立ち上がり、部屋を後にする。
「何もないわけないだろう・・・そんな態度で・・・」
ため息をつきながらつぶやく・・・・