2 再会は不穏な空気を連れてきた
翌日の朝。今までは意識していなかったから目に入らなかったのに、意識した途端にバス停で木下に会った。
と、思ったらどうやら違ったみたいだ。バスに乗り込み、席が空いていたから並んで座ったら、木下が言ったのだ。
「昨日、東野木君が言ったじゃない。いつもこのバスに乗るって。私は普段、もう一本早いバスで行くのよ」
だ、そうだ。まあ、同じ職場だと昨日聞いたことだし、研究所に着くまでの話し相手が居るのはいいことだ。そう、思うことにしよう。
俺が勤めているのは、とある会社の研究所だ。そんで、俺の研究チームと彼女の研究チームは、建物の端と端にあることがわかった。もし顔を合わすとしたら、建物に出入りするときか食堂でだろう。それも、同じ時間に休憩にならなければ、会うことは適わない状態だ。
就職して2年。今まで顔を合わすことが無かったのは、まあ、当然だよな。
尽きない思い出話をしているうちに、研究所へと着いた。木下と入り口を入ったところで別れて、自分の研究室へと彼女に背を向けて歩き出した。
「東野木~」
そんな俺に声をかけてくる奴がいた。振り向くと爽やかな朝(と言っても、今日も曇天だったけど)に、ふさわしくない恨みがましい目で見てくる男がいた。というか、ハンサムが台無しな顔をしているぞ。もう一つ付け加えるなら、声も陰気くさかったぞー。
「おはよ、榊原」
「なんで、お前が木下さんと一緒にいるんだよ」
恨み節的な榊原の言葉に、すぐに俺は納得するものがあった。なので――。
「ちょっと、待てや。お前、変な誤解してないだろうな」
「誤解……つまり、昨日二人は示し合わせて休みを取って、キャッキャウフフと楽しいことをした……と」
「おい!」
こいつは木下と俺のことを、どこから見ていたんだ? 確かこいつの家って、俺たちが乗るバス停の次だったような……。それに、いつもなら俺より先に着いているはずなのに……。
いや、その前に、なんで他の研究室の木下の休みを知っているんだよ。
「彼女が僕の想い人なのを知りながら、手を出したんですかー。東野木は酷い奴ですねー」
「こら! 変な思い込みをするな。昨日たまたま会っただけだって」
「それにしては、すごく仲良さそうに話をしていたじゃないですかー」
「だから、前から知っていて、再会したことが嬉しくて、話が弾んだだけだって」
変な迫力を出して詰め寄ってくる榊原に、なぜか俺はしどろもどろに答えていった。
「再会……つまり、二人は前に恋人同士だったとー?」
「だから、ちげーって。頼むから、落ち着け。迫ってくんな。そして、話をちゃんと聞いてくれ!」
俺は壁際に追い詰められながら叫んだ。そのそばを、怪訝そうな顔をしながら、他の研究室の奴らが通り過ぎていく。
(誰か、助けてくれー!)
そう思った時に、天の声が聞こえてきた。
「そんなところで何してんのさ。他の人の邪魔だろ。さっさと研究室に入れよ」
「勝亦! ちょうどいいところに。榊原を研究室に押し込めてくれ」
「なんでですか! まだ、話は終わってませんよ。東野木は木下さんと……わあ~」
「はいはい。話はラボの中で出来るだろ。ほら、行くぞ」
ガタイのいい勝亦に引きずられて、榊原は研究室へと入って行った。俺も、すぐに後を追ったとも。……他の人の視線が痛かったからじゃないからな。
部屋の中に入り、勝亦に押さえつけられるように椅子に座らされた榊原は、ジトーッとした視線を俺に向けてきた。
俺は榊原の誤解を解くために、昨日のことから、木下が高校の同級生だったことまでを話して聞かせた。
「あと、榊原。お前が木下に気があることは聞いていたけど、その木下が彼女だっていうのは知らなかったからな。知ってりゃ、とっとと紹介したっつうんだよ」
榊原のことを睨みながらそう言ったら、なぜか榊原はパアッと顔を輝かせた。
「紹介! 是非! してくれ!」
……現金な反応に、勝亦と顔を見合わせた、俺だった。
フフッ
同級生同士の恋だと思ったあなた!
残念でした。
さあ、このあとどうなっていくのか、次をお楽しみください。