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しゃがれ声

エルザは魔法学校の現役の教師である。

冒険者として復帰したが、魔法学校の教師をやめたわけではない。

だがクラスを担当しているわけではない。

きわめて成績優秀な者だけが受けられる

週に1コマだけの特別な授業を受け持つ特別教師なのだ。

エルフであり「3属性」の2つ名を持つエルザは、

高待遇を許されていた。

・・・

その日の授業が終わり、

エルザは教員室の窓から休憩がてら、

ぼうっと校門の方角を眺めていた。

そろそろ魔法学校のすべての授業が終わろうとしている、

そのタイミングで登校した生徒がいた。

「しゃがれ声」とあだ名される女子生徒だ。

このあだ名は、彼女の声、彼女が持つ喉の疾患に由来する。

あだ名という形をとった言葉の暴力だった。

彼女は高い魔法の才能を持っていた。

その結果、心無い者から妬まれてもいた。

・・・

彼女のカバンのあちこちには擦り傷のような跡があった。

彼女のカバンは今朝、誰かに奪われ、そして隠された。

カバンの中には今日使う教科書が入っており、

教科書がなくては今日だけでなく今後ずっと勉強に支障が出る。

いままで必死になって探し、夕方近くになってようやく

カバンを発見した。

学校は放課後といってよく、もはや受けられる授業はない。

それでも学校に来た。

彼女は放課後の学校に何かをしに来たのだ。

エルザは彼女を見て少し考え、自嘲気味に少し笑い、

そして教員室から出た。

・・・

「あなた。遅刻よ。」

「す、すみません。」

「今日受けられなかった授業はどうするの?」

「あ。教員室で、教科書のどこのページを

やったかを聞こうと思って。」

「ふうん。わかったわ。

それで遅刻の罰のことだけれど。」

「は、はあ。」

「遅刻の罰を受ける?それとも受けない?」

「え…。」

エルザは唇を舐めた。ニヤッと笑った。

彼女は背筋が寒くなった。

「遅刻の罰を受けます。」

「いい心がけね。」

「それで罰というのは何を。」

「定番中の定番。便器掃除よ。」

「え?」

「校舎にある全部の女子トイレで、

便器をきれいに掃除してちょうだい。床はいいわ。便器だけ。」

「女子トイレの便器を全部…?」

「そう。全部。便器だけよ。」

彼女は途方にくれた。

膨大な仕事量に思えた。

「今日はしなくていいわ。

明日から放課後、頑張って便器を掃除しなさい。

そうね。7日間よ。頑張り次第では日数を短くしてあげる。」

「7日間も…?」

「最大で7日間よ。

頑張り次第では1日で解放するかもしれないわ。」

彼女には、たとえ頑張ったとしても

1日で解放してもらえるとは思えなかった。

このような場合、必ず7日間頑張る羽目になる。

それが彼女の経験則だった。

「わ、わかりました。頑張ります。」

「ルールが4つあるわ。よく覚えておいて。」

「メモしていいですか?」

エルザは頷いた。

彼女はカバンから木板とえんぴつを取り出す。

「メモして。ゆっくり話してあげる。

1.きれいな布を小さい布片に切ってウェスにし、

ウェスを使って便器を拭き掃除すること。

床は拭き掃除する必要はないわ。

教員室のアタシの机の上にきれいな布を大量に置いておくわ。

毎日、放課後になったら取りに来てそれを使いなさい。

アタシは毎晩チェックするから不正できないわよ。

きれいな布を一気に大量に取っておいて実際は使わなかったり、

逆にきれいな布をまったく使わなかったりしたらすぐにわかるわよ。

2.ウェスは使い捨てること。

新しいウェスを贅沢に使って便器を拭き掃除しなさい。

捨てる時はトイレにポイでいいわ。

雑巾みたいに水で洗って再利用するのは禁止よ。

もしきれいな布を何か別の理由で欲しいならアタシの机の上の

きれいな布を持っていけばいいわ。メモを残してちょうだい。

3.気合を入れて便器を拭き掃除すること。

必死、あるいは必殺、そういう気合を込めなさい。

そうね。汚れが残っていたら、あなたの大事な人が死んでしまう。

それくらいの覚悟で拭き掃除しなさい。

拭き掃除するのは便器だけなのだから気合は入れられるでしょ。

4.便器の拭き掃除が終わったら、

この魔法の長杖を新しいウェスで気合を入れて拭き掃除しなさい。

これも教員室のアタシの机の上に置いておくわ。

杖の掃除を忘れたら、せっかくの便器の掃除が無駄になるわよ。

ルールは以上よ。」

彼女は真面目だったのでなるべく正確な言葉でメモした。

メモしきれなかった時は、軽く手をあげてエルザを止め、

もう1回ルール説明をお願いした。

ルールについては正確な言葉でメモしたが、

エルザがルールを念押ししたり補足説明している部分は

(毎晩チェックされる)

(杖の掃除忘れ=トイレ掃除が無駄。絶対忘れない!)

のようにキーワードを書いて、ぐるぐると丸で囲んだ。

書きながら読み、理解できた時はエルザに頷くようにした。

「繰り返すけど、アタシは毎晩、

アタシの机の上をチェックしにくるから、

不正は出来ないわよ。」

彼女はルールを見直した。

真面目に取り組むしかない。

いったん、遅刻の罰を受けると宣言した以上、

やっぱり罰を受けるのをやめますというのは

戦わずに敗北を宣言するような気がした。

それに、ウェスを使い捨てていいのであれば

随分拭き掃除が楽になるのではないかという気がした。

実際にやってみてキツイのであれば、

机の上にメモを書き置きして謝れば許してくれるだろう。

理不尽な要求に従う必要はない。

「わかりました。頑張ります。」

「頑張りなさい。期待しているわ。」

彼女はハッと気づいた。

このような詳細なルールが決められている場合、

何かしら意味がある。

このルールは決して気まぐれで決めたものではない。

最後の魔法の杖の拭き掃除で何かをチェックされるのだ。

エルフの教師がわざわざ毎晩学校に来てチェックしてくれる。

そもそも、エルフの教師に魔法を学ぶために入学したのだ。

やると決めた以上、真面目に取り組むと彼女は決めた。

・・・

翌日の夜。

エルザは魔法学校の教員室にやってきていた。

自分の机の上には

マジックチャージ可能になった魔法の長杖があった。

昨日まで、この魔法の長杖はウノとエルザ以外にとっては

廃棄品同然だったもの。

エルザは木板を取り出し、エンピツで次のように書いた。

・・・

初日で終わらせるとは驚いたわ。

頑張ったわね。

遅刻の罰から解放よ。

ご褒美にチャージ可能な魔法の長杖1本と

残りのきれいな布を全部あげる。

毎日のように拭き掃除して、

ずっと大事に使いなさい。

あなたには掃除スキルがあるわ。

日々訓練あるのみよ。

・・・

数年後、彼女は、

便器の拭き掃除のルールを書き留めた木板のメモを活かし、

掃除スキルの習得方法を教える特別教師となっていた。

特別教師として学生に教える傍ら、

マジックチャージ済みの魔法の杖を活用する

新しい理論と戦術を次々と生み出した。

彼女が書いた

「魔法の杖の運用方法」

「魔法の杖を活用した高速戦闘術」

は魔法学校の教科書に採用された。

彼女はいつの間にか凄腕の魔法教師として扱われ、

「ハスキーボイス」の2つ名で呼ばれるようになった。

「ハスキーボイス」が学生に熱心に指導したため

魔法使いにとって掃除スキルは一般的なスキルとなった。

掃除スキルとマジックチャージの効果的な運用方法は、

人間という種族の長期的なアドバンテージとなった。

・・・

エルザが発見したノーリスクの掃除スキル習得方法は

エルフの種族繁栄には貢献しなかったが、

人間という種族の繁栄に大きく貢献した。

さらに、エルザは冒険者として完全に復帰し、

多くのモンスターを殺すことで大量の経験値を稼いだ。

エルザは既存の神々に並ぶほどの神格を得た。

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